だから、どうしたというのだろう?

「おはよ、千代♪」

「おはよ。百合ってほんとに分かりやすいわね……また、良いことでもあったの?」

「うん♪ あのね――」


 周囲を見渡す。誰もいない。よし。

 耳元で囁く。


「(まだ秘密だけどね。柊、受賞決定したって)」

「(!!)」


 千代が、目を見開き、ガッツポーズ。

 それを見て改めて確信。あ、本当に大ファンなんだ。

 顔を上気させて、目で訴えてくる。

 大丈夫、決まったら一緒にお祝いしましょうね。

 二人で顔を見合わせていたら、どちらともなく笑ってしまう。


「ふふ」

「ふふふ」

「あは」

「あはは」

「「はぁ、朝から良い日♪」」


 上機嫌でクラスへ向かう。

 そろそろ、春休みも近い。来年は私も高校二年生。外部受験を考えている人達は、本格的に勉強を始めるのだろう。

 まぁ私は上の大学に行くことしか考えていないし、そこから先は一択しかなく。

 大変だなぁ、とは思うものの他人事である。

 そういえば、千代はどうするんだろう? 今度、聞いてみようかしら。

 出来れば一緒の大学がいい。千代は良い子で、私の親友で、大好きだから。


※※※


 クラスに着いた時、様子がおかしかった。

 ちらちら、と視線を感じる。何だろう? 身に覚えはないけど。

 うちの学校は元々女子高だったこともあって、男子の数はまだ少なく、どちらかというと、女子の方が強い。

 強い、といってもそこは地域でそれなりの学校。世間を騒がすような虐めとかがあるわけでもなく(勿論、小さなものはある)比較的穏やかな校風だと思う。通っている子達も、私や千代も含めて、子供を私学へ中学生から通わす事が出来る家庭育ち。大人しい子が多いこともあり、早々、変な事は起きないのだ。

 そんな子達が、ひそひそ話をしながら、私を見ている。

 う~んと……。


「私に何か用かしら?」

「あ、用ってわけじゃなくて……」

「八重垣さんがそんな事するわけないって思ってるんだけど」

「えっと……これ、まだ見てない?」


 そう言って、同級生の女子生徒が渡してきたのは、『号外』と書かれている校内新聞。一面になっていたのは――へ? 

 な、何で、私と柊が手を繋いで買い物をしている写真が? 

 しかも、この題名……。今時、週刊誌だってこんな題名にしない。


『学院のヒロイン。その密会風景!』って。


 別に密会なんかしていない。むしろ、日常風景なんだけど。一緒に買い物をして、だからどうしたというのだろう?

 センスの酷さに思わず苦笑してしまう。

 千代が、脇から顔を出し顔を顰めた。

 そして、滅多に出さない怒気を感じさせる声で、周囲にいた新聞部の子に詰め寄る。


「うわ……これ、盗撮? ねぇ……何時から新聞部はこんな事するようになったわけ? 正気? 喧嘩売ってるわけ?」

「ま、待って、わ、私は知らないのよ。多分、先輩の誰かが作ったんだと思うんだけど……私自身は直接受け取ってないから」

「受け取った……つまり、持ってる人がいるってことは……朝、配ってたの??」

「え、ええ。正門で。すぐに、先生方が気付かれて、配ってた先輩は連れて行かれたけど……」

「なるほど。百合?」


 千代が『どうするの?』という視線を送ってきたけれど、軽く首を振る。

 だって、これどうしようもないもの。悪い事をしたわけじゃないし。


「そ、なら。いいわ。ほら、貴女達も。ああ、だけど……二度とこんな記事を書いたら、百合は怒らなくても……私は怒るからね?」

「う、うん。ごめんなさい。だ、だけど、この男の人っていったい……?」

「私の従兄だけど、何か問題が?」

「あ……そ、そうなんだ……うわぁ……これ、ヤバイかも……」


 そう言って、新聞部の子は青褪めた表情になり、ふらふらと席へ戻ってゆく。

 自業自得、と言えなくもないけど……彼女の場合はとばっちりね。


「千代」

「何っ! もう、百合ももっと怒ればいいのにっ!!」

「ありがと。だけど、私が騒いだら……柊の耳に入るかかもしれないじゃない? 彼の時間をこんな事で使わせたくない」

「百合……ああ、もうっ!」


 そう言って、千代がこっちに抱き着いてくる。

 背中を軽くぽんぽんと叩く。


「大丈夫よ。ほら、いざとなったら学校辞めて、永久就職するし」

「……最近の百合は、何か恥じらいがなくなって気がする。可愛さ減だから、きっと柊さんも気にしている筈」

「そんな事ないわよ。……きっと」


 確かに、自分の中で揺れることは少なくなったと思う。

 まだ、直接告げてはいないけど彼には伝わっていると感じているからかしら?

 ただ、可愛さが減っているのは大問題だ。ただでさえ、私にはその成分が足りていないというのに。これ以上、減るのはマズい、

 新聞の事を忘却し、考えていた私を立ち戻らせたのは教室へ足早に入ってきて、私の机にやって来た担任(女性。確か25歳だった筈)の先生の声だった。

 心なしか、その声色には緊張が混じっているよう。


「八重垣さん、少しいいかしら?」

「はい。何でしょう」

「もう、目にしたと思うのだけれど……校内新聞の号外のこと」

「はい」

「その件で……少し話を聞かせてくれないかしら? 放課後でいいから」

「構いませんけど。ただ」

「何かしら?」

「私、咎められる事は何もしていません。その点は先にお伝えしておきます」

「え、ええ……だけど、ちょっと、こういう写真が出るのは……他の写真もあるし」

「他の写真ですか? それはいったいどのような」

「放課後に見せるわ。それじゃ――はい、みんな席に着いて。朝礼を始めます」



 他の写真? 何かあったかしら? まぁでもこれだけは言える。

 ……彼に知られてたら、幾ら私でもちょっと怒ってしまうかもしれない。

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