私は欲張りなのだ。もっともっと欲しくなる

 ドアを叩くノックの音。


「百合」

「ま、待って! もう少し――あ、後15分。ううん、後10分でいいからっ!」


 部屋の中で、着替えながら私は彼に返答した。

 うぅ……ど、どうしてこんな事に……。

 今回は、前回の反省を踏まえて、事前に着ていく服も決めていたし、バックや靴も準備していた。

 ところが……今朝になって、着てみたら何となくしっくりとこない。

 ちょっと、子供っぽいような気がする……こ、これじゃ駄目。

 そこから、とっかえひっかえ――が、決まらない。

 過ぎて行く時間。タイムリミットは刻々と近付き、先程超過。

 ……どうしよう、泣きそう。

 再度、ノックの音。


「百合、入っていいかい?」


 咄嗟に部屋の中を見渡す。

 大丈夫。下着とかはない筈。

 ただ、服がそこかしこに散乱していて、本当なら見せたくない。

 だけど――時計を見る。うぅ……。


「……どうぞ」

「ごめんよ。また、随分と散らかしたねぇ」

「う~ち、違うのっ! こ、これは違うのっ!! って、柊、にゃにをっ!?」

「えーっと……うん、これでいいんじゃないかな?」


 狼狽する私に構わず、彼は服の中から、グレーパーカとスカートを渡してきた。

 ……こんな服あったっけ?


「その上に、コートでいいんじゃないかな? 暖かくなったけど、少し肌寒いだろうからね。では――30分で支度するよーに」

「……はーい」


 くすくす、笑いながら彼は部屋を出て行った。

 違うの。別に私が負けたわけじゃなく。彼の女子力が高過ぎるだけ。そう、それだけ。

 ……うぅぅぅ~!

 さて、どうして私がこんな失態を演じる事になっているのか。

 話は3日前の夜に遡る。


※※※


「百合、ちょっといいかな」

「何?」


 小首を傾げ、応じる。

 目の前には何時もの白猫のマグカップ。隣には黒猫のマグカップ。今日の中身は、そろそろお仕舞なココア。

 遂、数日前までは、向こう側に置かれていたのだけれど、最近は隣だ。

 つまりは、そういうこと。えへ。


「今度の土曜日、時間があるかい?」

「土曜日? 別になにもないけど。何処か行かないといけないの?」

「いいや」

「?」

「デートをしようか」

「!!?」


 どうしよう……ここ数日、ちょっと幸せ過ぎる、遂に幻聴を。

 だ、だって、柊がそんな風に誘ってくれるなんてあり得る筈ないもの。

 こういう時こそ深呼吸。良し。


「ごめん、もう一回言ってもらっていい?」

「暇ならデートしようか。この前は、待ち合わせだったから、今回は家から一緒にに行こう」

「……柊」

「何だい」

「あのね。物事には限度ってものがあるの」

「うん?」

「ここ最近、私の幸福度は限界を超えてるの。これ以上注いだら」

「零れるのかい?」

「…………取りあえず襲う」

「駄目です。そういう事を言ったり、するならこの話はなかった事にするね」

「うぅぅぅぅぅ!」


 ぽかぽか、と彼の腕を叩く。

 いいじゃない! ちょっとだけ、そうちょっとだけだからっ。

 私だって年頃の女の子なのだ。興味がない、なんて言うつもりもない。

 でもでも――デート、ああ、デート! 何て、甘美な響き……。

 この誘惑に耐えられる程、私は強くない。


「……分かった。襲わない。襲わないから。ぜっったいに行きたい」

「そ、良かった。なら、土曜日の10時過ぎ位に出ようか。お昼はちょっと美味しい物を食べよう」

「うん♪」


 ああ、早く3日間が過ぎないかしら!

 ――取りあえず、服とかは事前に準備をしないと。今回は、流石に千代を召喚するわけにもいかないだろうし。

 可愛く、綺麗に見せる服を選んで、柊を、うふふ……。


※※※


「とか、思っていた3日前の私。現実を見て。女子力という点で、私が柊に勝てる筈ないでしょ? どうして、そんな大それた望みを持ったの? 学年首位になる方が余程簡単よ。しかも……」


 自分の服装を姿見で確認しつつ一回転してみる。

 どうしよう、か、可愛い……いや、私じゃなくて、服が。

 何時、何処で買ったんだろう……記憶にないけれど、少なくともこれは私の服なんだろう。だって、私の部屋から出て来たわけだから。


「うん。似合ってるよ。百合は、本当に何でも着こなすね」

「……柊、優しさは時に女の子を殺すのよ? どうせ、私は自分で自分の着ていく服を選べない子ですよーだ」

「選べないんじゃなくて」

「……何よ」

「僕の為に一生懸命、選んでくれたんじゃないのかな?」

「~~~っ」


 意地悪だ。今日のは柊は意地悪だ。

 だけど、そんな彼も好きだ――仕方ないでしょっ。だって昔から、ずっと、ずっと、好きなんだもん!

 追いかけても、追いかけても、遠かった。

 けど、ようやく今は――少し近付いたのだ。嬉しい、嬉し過ぎる。幸せの意味を噛みしめる日がくるなんて思わなかった。

 でも……私は欲張りなのだ。もっと、もっと欲しくなる。

 なので


「……柊」

「そろそろ行こうか」


 私が行動する前に、機先を制された。

 ――手をそっと握られる。はぅ。


「あーうー」

「ど、どうしたんだい。いきなり」

「気にしないでー換気してるだけー」


 自分の体温が急上昇している。

 心臓は早鐘のよう。

 ――私、今日一日、身体もつのかしら?

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