どうしよう……にやけるのを抑えられない

「それでね、千代ったら私をからかうの。まったく、酷い子なんだからっ!」

「百合は本当に千代ちゃんが大好きだね」

「なっ!? ……今の話を聞いてどうして、そういう結論になるの? 柊こそ、千代のことを気に入ってるわよね。もしかして、ああいう子が好み?」

「確かに千代ちゃんは可愛いよね」

「む~」


 目の前で、何時もの椅子に座っている彼を睨みつける。

 あのね? 私がどう想ってるのかは知ってるでしょ? 知ってるわよね? 千代曰く、バレバレなんだから。

 それなのに――確かに千代は凄く可愛いけれど、それとこれとは話が別だ――あろうことか私の前でそんな事を言うなんてっ!

 ほら、千代も何か言って……千代? どうしたの、テーブルに突っ伏して。


「うぅ……ただでさえ、2人がいちゃついてるのを見せつけられて心が弱ってるのに、そこに……か、可愛い、だなんて……柊さん、駄目です。私はまだ、親友と恋敵になりたくありません」

「千代ちゃん」

「はい」

「本当に可愛いね」

「はぅ……」

「柊! 千代!」

「あ、勿論、百合も可愛いよ」

「ええ、そうですね。百合は可愛いですよね!」

「……2人共?」


 ジト目で見ると、示し合わせたように頭を下げる。

 もうっ! からかわないでっ!

 怒りに任せて、苺のタルトへ向けてフォークを振り下ろし、大き目にカット。

 ――今日のも美味しいわ。

 私が幸せな気持ちになっていると、千代は暗い声を出す。


「……百合はさー」

「何?」

「どうして、柊さんのお菓子をそんなに食べて太らないの……私だったら、間違いなく……こ、怖いっ、怖いわっ。体重計が、怖いぃぃぃぃ!」

「簡単よ。私はその分、運動してるもの。千代も一緒に走る?」

「無理ー。だけど、ケーキは食べたいー」

「なら……大丈夫、私達は成長期なんだもの。多少、増えても、ね」

「きー! その、優越感に浸ってる視線が、むーかーつーくー!」

「おや? だけど、百合もこの前、『……どうしよう。今月、もうケーキは』って――」

「柊っ! マ、マナー違反!!」

「そうかい? だって、百合は僕に何時も嬉々としながら体重を教えるじゃないか。『聞いて! 500グラム減ったの!』って」

「柊っ!!」

「へぇ~」


 千代の視線が突き刺さる。

 ち、違うのよ……べ、別に変な話じゃなくて。

 小さい頃から一緒だから、そういうところを報せるのに抵抗感がないだけ。

 千代だって、自分のお母さんには教えるでしょ?


「百合、柊さんは貴女の何?」

「……ごめんなさい」

「分かればよろしい。あ、柊さん、このタルトすっっごく美味しいです♪」

「ありがとう。レモンのタルトもあるけど、食べるかい?」

「う……た、食べ……」

「千代、体重計。あ、柊、私は食べるわ。ちょっとだけ小さくして」

「はいはい。千代ちゃんは」

「…………食べます。ええ、食べますともっ! こんなに美味しいタルトを食べずに帰る程、私は女子を辞めていませんっ! 私も小さくしてくださいっ!」


 凄くカッコいい事を言ってる風だけど、きっと、明日は後悔の嵐よ?

 まぁ、だけどこんなに美味しいなら仕方ないけどね。


※※※


「バカ」

「本当に、最近、百合は僕に酷いね」

「柊の方が酷いもん」

「そんな事はないよ」

「そんな事あるもん。さっきだって、千代のこと、その……可愛いって言うし」

「客観的事実だからね」

「む~」


 面白くない。とっても面白くない。

 ……折角、昨日は、ちょっといい雰囲気、というか違った風だったのに。

 今日になったら、普段を変わらずなんて! 

 あれ? もしかして、一回言っただけじゃ駄目なの?? 

 そ、そんな……私が、どれ位、勇気を振り絞って言ったと思ってるのっ!


「百合はさ」

「……何ですか!」

「今日も甘やかされたいのかな?」

「!?」

「ああ、別にそうじゃないならいいんだ。僕の勘違い」

「待って。精神を整えるから。少し待って。ゆっくり急ぐから」

「うん?」


 深呼吸を繰り返す。

 良し! 

 意を決して口を開く。


「――甘やかしゃれ……違うから。今のは無し」

「ぶふっ」

「無しなのぉ~もうっ!」

「もう、仕方ないないなぁ」

「わっ」


 柊が私の肩を軽く抱き、自分の肩とぴたっとくっつける。

 ふぁぁぁ……。

 急速に何かが回復していくのを感じる。

 こ、これ癖に――へぅ。


「毎回、思うけど百合の髪は本当に綺麗だよね。さらさら」

「いや、あの、えっと」

「それと、百合の百面相はますますキレを増してるね」

「う~だ、だってぇ」

「嫌かな?」

「……嫌じゃない」


 どうしよう。

 まだ、今年は随分と残っているのに、私はもう一年分の幸運を使い果たしてしまったんじゃないかしら?

 

 肩には柊の体温。

 頭には優しい手。

 

 どうしよう……にやけるのを抑えられない……!

 こんなに幸せで本当にいいのかしら?


「百合」

「?」

「――可愛いよ」

「!!!?」


 あ、駄目だ。本当に駄目。

 こ、こ、こんなの心臓が持つ筈ないじゃないっ!

 柊の腕を引く。


「柊」

「うん? どうしたんだい?」

「あのね。さっきのもう一回、言ってほしい」

「百面相だね」

「ちーがーうー。もうっ――」


 肩を抱かれ、耳元で囁かれた。


「本当に可愛いよ」


 ……その日の晩、私の部屋にいる猫人形がどうなったかについては、皆さんの御推測に委ねたいと思う。

 可愛い。可愛いって――えへ。えへへ♪

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