いい事が起こり過ぎると、反動も凄い

「はぁ…………」

「おはよ。どうしたの、百合? 朝から溜め息なんかついて。あ、分かった。柊さんと喧嘩でもしたんでしょ? それで、思ってもない事を口にしちゃって、一晩悩んで、今も『嫌われたらどうしよう。そんな事になったら、私……私……』的な感じね。ふ、QED!」

「……自信満々なところ悪いけど、かすりもしてないわ。あと、私、今まで柊と喧嘩なんかしたことないから」

「う、嘘でしょ? 学校の百合はともかく、普段の百合は案外と駄目っ子属性ななのに……あ、でもそっか。柊さんだもんね。全部、肯定してくれそう。優しいし」

「優しいのは否定しないけど……はぁ……」

「で、どうしたの? そんなに、暗い顔して。ほら、百合のファンが心配してるわよ?」

「ファン……私は、単なる女子高生なんだけど。でも、それを言ったら千代、貴女にだってファンがいるんじゃない? この前、熱烈なラブレターを貰ってたじゃない。中等部の女の子から」

「百合、私は彼氏がほしいです。出来れば、柊さんを」

「駄目です。十数年前から売約済み。他を当たって。まぁ……彼以上の人なんて、いないとは思うけど」

「うへぇ……流石に朝から、砂糖たくさんはいらないかも……」


 貴女がふってきたんでしょ。

 それにしても憂鬱だ……。

 下駄箱を開け――中からは綺麗な封筒。またなの?

 少しげんなりしながら、それを鞄に入れ、上履きを引っ張りだす。


「おや? ふふーん。ほら、百合にだってくるじゃない。まぁ一頃に比べたら大分、減ったみたいだけど」

「……千代、人をからかっていると、貴女も同じ目にあうんだからね」

「私は、百合みたいに人気者じゃないから、だいじょー……」


 下駄箱を開けた千代がそっと閉じる。

 その表情には乾いた笑い。

 ほらね? 


「まぁ、お互い頑張りましょう。はぁ……色々と重なるものね、本当に」

「あははー。それで、本題は? 何でそんな顔してるの? 何かあった?」

「……後で話すわ」


 取りあえず、午前中を乗り切ってから。

 今日は確か英語と数学が当たるのだ。多少、予習はしておかないと。


※※※


 お昼、何時ものベンチに座り、お弁当を広げる。

 美味しそう。だけど……はぁ……。


「百合、本当に大丈夫なの? 朝から、ずっと溜め息ついてるけど……」

「……ごめんなさい。この前、お母さんから手紙がきて」

「手紙?」

「それ自体は嬉しかったのよ。ただ……明後日、帰ってくるかもって書かれてたのよ。そしたら、突然、朝連絡が来て、『今日から行くわ!』って」

「待って。……百合、もしかして、柊さんと離れるのが嫌で、ずっと溜め息を」

「それもあるわ。だって……2日間も離れ離れになるなんて、中学の時以降、なかったし」

「そーですか。へぇーふーん。けっ……心配して損した。さ、お昼、お昼、と」


 千代が呆れと拗ねが混じったような口調になり、お弁当を食べ始める。

 あのね、幾ら私だってそれだけの理由でこんなになったりしないわよ……。


「千代は、うちのお母さんに会ったことあったわよね?」

「うん。明るい方だった」

「明るくて、行動力があって、何時も笑ってる人なんだけど……問題は、凝り性なことなの……」

「へっ? それが百合の溜め息とどう繋がるの??」

「これ」


 そう言って、私は柊が毎朝作ってくれているお弁当を指差す。

 千代の目には未だ、疑問。


「それが?」

「2日間、私のお弁当を作るからっ! って言ってくれてるんだけどね……間違いなく、無理ね……」

「あ、なるほど……凝り過ぎて、ってこと?」

「そ。下手すると、夕食も駄目ね。出来上がると凄く美味しいんだけど……時間が物凄くかかるのよ」

「う~ん、確かにそれは、ちょっと……ねぇ、百合」

「何?」

「普通に柊さんの家に泊まってもらったら? 2日間なんでしょ?」

「!」


 その手が……でも、彼に許可を取らないと。

 だけど――携帯を見る。ああ、やっぱり。

 軽く、首を振って否定する。


「駄目よ」

「どうして? 柊さんなら笑顔で『いいよ』って言ってくれるんじゃない?」

「言ってくれるけど……駄目なのよ。千代、ちょっと、こっちへ」

「うん?」


 耳元で囁く


「(柊が賞にノミネートされてるのは知ってるでしょ? そのせいもあって、彼、今、少し忙しいのよ。お弁当は、譲ってくれなかったけど……夕食も私が作ろうって思ってたくらいなの)」

「(あ~……なるほど。恋する百合としては、将来の旦那様にこれ以上迷惑をかけたくないと)」

「(旦那様……旦那様……えへ)」


 両手で、頬を抑える。

 やだ、どうしよう。そんな未来を想像してしまったら――


「はいはい、戻ってきてねー」

「……べ、別に何処にも行ってないわよ」

「そうですねー。まぁ、そういう事なら仕方ないんじゃない? 偶にはお母さんと仲良くしなよ」

「仲良いわよ。放任も放任だけど、あの人とうちのお父さん、彼のことを信頼しきってるから」

「あ~それは分かる気がする……普通は、愛娘を従兄の家に預けないもんね。だけど、百合にとっては良かったんでしょ?」

「……ノーコメント」


 言わなくても分かるでしょ。

 放課後は、今朝、下駄箱に入っていた手紙の問題もあるし。はぁ、いい事起こり過ぎると、反動も凄い。

 それにしても――書かれていた『お話したいこと』って何かしら? あの字といい、封筒といい、明らかに女の子みたいだけど。今までのように、『お姉様になってください』的な感じじゃない気がするけど。

 まぁ取りあえず、会ってみてね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る