私の想いはそんな事で揺るがない

 放課後、手紙に書かれていた共通棟の屋上へ向かう。

 少し怖いので千代も一緒だ。勿論、隠れててもらうつもり。告白だったら、相手に悪いと思う位には、私も常識人なのだ。

 同時に、私一人で行って、妙な事になるのもちょっと……中等部時代に、男子から告白されたトラウマが蘇る。あの時程、自分の運動神経と、体育で柔道を習っておいて良かったと思ったことはない。


「それじゃ、千代、行ってくるわね」

「うん。御武運を」

「はいはい」


 屋上の入り口で千代と別れ、目的の場所へ。

 うちの学園は中高一貫校なので、共通施設を一つの建物に集めている。

 そして、その屋上は生徒達にも開放されていて、カフェテラスになっているのだ。お昼時は戦場そのもの。因みに、私と千代は一度だけ使ったけれど……思い出すのは止めよう。まぁ、大変だったのだ。

 ただ、そんなカフェテラスも、放課後になると人はまばら。もう、部活の時間だから当然だけど。

 目的の場所――カフェテラスの角、人目につきにくい場所で私を待っていたのはやはり女の子。リボンの色は中等部。三年生かしら? 

 緊張した表情で私を見ている。

 

「お待たせしたようね」

「い、いえ……私も今、来たばかりなので」

「そう。それで、話ってなにかしら?」

「はい……」


 俯く後輩。眼鏡をかけていて、見るからに大人しそうな子だ。

 こういう子が、手紙を書く、それはとても勇気がいる行為だろう。

 近くにある自販機で、珈琲とお茶を買い、テーブルの上に置き。


「え?」

「落ち着いて。それでも飲んで、ゆっくりでいいから。話したいことがあるのでしょう?」

「は、はい。あ、ありがとうございます」


 ひらひら、と手を振り、椅子へ座る。

 珈琲は家と行きつけの喫茶店でしか飲まないので緑茶。

 飲みつつ、手紙のことを考える。さっき、千代にはああ言ったけれど……やっぱり、憂鬱だ。どうやって、お母さんを説得しようかしら。

 大体、勝手なのだ。

 中学時代に私を置いて、自分達は海外へ行ってしまったくせ(いやまぁ、それ自体は私の希望にも即したものだかったけれど)に、今更『一緒に暮らしましょう。大学もこちらの方が』云々だなんて。

 ちょっと、成績を高く維持し過ぎたのがいけなかったのかしら? 

 うちの学校は決して勉強第一ではないけれど、地域内ではかなりの優秀校。

 そして、私自身の成績も……まぁ悪くはない。

 両親からすれば『そのまま大学へ進むつもり』とお正月に言われたのを気にしたのかもしれない。もう少し、手を抜いても……でもでも、あんまし悪いと彼に心配かけてしまうかもしれない。それは何があっても避けたい、

 取りあえず、素直に『私はそっちへ行くつもりもないし、海外の大学に行くつもりもないから』と伝えよう。お母さんは決して物分かりが悪い人じゃないし、大丈夫な筈。お父さんはお母さんが『分かったわ』と言えば、何も言わないだろう。

 良し。大丈夫。方針さえ決まってしまえば、怖くない。

 私は柊から生涯離れるつもりはないのだ。


「あ、あの」

「ん? もう大丈夫? 話せる?」

「は、はい。や、八重垣先輩」


 後輩が俯かせていた顔をあがて、私を見る。

 決意の目。ああ、だけど、ごめんなさい。私はその想いに応えられないのよ。


「――好きです」

「ありがとう。だけど、ごめんなさい。私は、貴女の気持ちに応えられないわ」

「わ、分かってます。私なんかが、先輩の隣に立てるとは思っていません。ですが……あの男が先輩に相応しいは思えません」

「……貴方、今、自分が何を言ったのか分かってるの?」


 一瞬、意識が沸騰しかけたものの、自制心で抑えつける。

 人はまばらだけど、いないわけじゃない。ここで、大きな声を出したら目立つ。良くも悪くも、私は(千代もだけど)名前を知られてしまっているのだ。

 剣呑の目つきになっていることを自覚しつつ、後を促す。


「は、はい。あんな、へらへら笑っていて、何をしているか分からないような男が先輩の隣にいるなんて――」

「ねぇ」

「は、はい」

「そもそも、どうして、貴女は彼のことを知ってるのかしら?」

「そ、それは……こ、この前、先輩とあの男が連れ立って歩いてるのをお見かけて……」

「覗き見してたってこと?」

「わ、私は先輩が心配でっ!」

「知ってる? そういうのを余計なお世話と言うの。話はそれだけかしら? それだけなら、私は帰るわね」

「待ってくださいっ! 話はまだ」

「もう終わっているわ。貴女の気持ちには応えられないし、彼の件は――あり得ない。二度としないで。したら、私にも考えがあるわ」

「っ! わ、私は……」


 身体を震わしている後輩。

 そんなに怖い声は出してないと思うわよ?

 席を立ち、一瞥。

 はぁ……時折、こういう子に遭遇するけれど、私に幻想を抱くのはなんなのだろう。私は普通の女子高生に過ぎないのに。

 さ、千代と一緒に帰ろっと。


「せ、先輩!」

「……何かしら?」

「ど、どうしてもあの男じゃなきゃ」

「駄目よ。絶対に駄目。私の想いは何があっても揺るがないわ」 

「…………これを見てもそう言えますか?」


 そういうと後輩は一枚の写真を手渡しきた。

 そこには――柊が綺麗な女性と楽しそうに笑い合っている姿。

 む……誰かは分かるけど、ちょっと気にくわない。

 まぁでも今は。後輩に向けて、わざと余裕そうな笑顔を向け、言い放つ。



「これがどうかしたの? 言ったでしょ。私の想いは何があっても揺るがないわ」

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