同級生の八重垣百合は大人びている

 同級生の八重垣百合は大人びている。

 その美貌は、学内を歩いていれば誰もが振り向かずにはおれず、美しい黒髪は漆黒とは光輝くものなのだと私達に教える。

 成績は学年トップクラス。運動神経も抜群。性格も穏やかで誰にでも優しく、教師達からの信頼も厚い。

 これで、真面目なだけなら、高嶺の花扱いされてしまうのだろうけど……信じ難い事に、案外と茶目っ気まで持ち合わせているから、友人も多い。

 

 こんな子が私と同じ高校一年生。つまり、去年までは中学生だったのだ。世の中はちょっとおかしいと思う。


「って私は思うんだけど? そこんとこ、当の本人はどう思ってるの?」

「え? 私はいたって普通だと思うけど?」

「……百合、私はこれでも真面目に聞いてるのっ」


 目の前に座っている美少女――女の私が言うのは変かもしれないけど、それ以外の表現方法が思いつかない。要は、とんでもなく整っている容姿と、嫉妬する気にならない位、スタイルもいい。神様は不公平だ。抗議する。断固、講義する――をジト目で見る。

 が、どうやら本気で分からないらしい。きょとんとし、小首を傾げている。   くっ、とんでもなく可愛い。思わず手を出すと、はたかれた。痛い。


「……暴力反対」

「千代が変な事しようとするからでしょ。まったく、さっきからちょっと変だよ?」

「仕方ないでしょっ! 百合が可愛いのがいけないのよっ! 私は悪くないっ!」

「はいはい。別に私はそこまで可愛くないわよ? 確かに多少は整ってるかな、とは思うし、髪はちゃんと梳いてもら――ケアしてるけど」

「…………鏡」

「?」

「鏡を見てからそういう事は言いなさいっ! まったく、この子はぁぁぁ……」


 分かってる。皮肉ではなく本気で言っているのだ。

 だが、その美的センスを信じてはいけない。

 何しろ、この私を『可愛い』とのたもうのだ。

 私が可愛い? はっ! 残念だけど、うちには鏡があるんですぅー。身の程は知ってるんですぅー。

 ……ちょっと涙が。


「いい? 貴女は本当に可愛いのっ! 一学期の頃なんて、毎日のように告白されてたでしょ?」

「あのね、千代。好きな人に告白されたら、私だって嬉しいわよ。だけど知らない人からいきなり『付き合いましょう』と言われても困る――ちょっと、ごめんね」

「あ、うん」


 百合が席を立った。電話みたいだ。

 何と言うか、今の振る舞い方も同い年とは思えないのよね。

 この店だって――百合がよく行くらしい落ち着いているカフェだ――多分、私だけだったら入ろうとすらしないだろう。その前に、絶対浮く。何しろ制服姿だし。

 けれど、百合と一緒ならあ~ら不思議。何か、ここで珈琲を飲むのが当然と思えてくる。

 ちょっと高いけど、確かに美味しい――と、思う。私の馬鹿舌で分かるのは、コンビニやインスタントコーヒーよりも美味しい、ということだけ。

 それにしても、誰からの電話だろう? 

 百合は私を含め、友人達を話をしている時はほとんど電話に出ない。

 曰く『だって、今は千代と話しているんだもの。余程、緊急な事でなければ、用事があればまたかかってくるわよ』。

 そういう子なのだ。

 が、さっきは何の躊躇いもなくすぐに席を立った。

 

 ……むむ? 何だろう。今、何かを掴みかけているような……。


 学年平均よりやや下の頭を必死に働かせる。

 う~んと、つまりさっきかけてきた人は、百合にとって、私を置いてでもすぐに出たい、『緊急』か『最優先』な相手……おや? ほほ~。ふむふむ。そういう事ですかぁ。

 へぇ~どんなイケメンにも靡かないから、おかしいなとは思ってたけれど……これは追及しないとっ!


「また、変な顔して。どうしたの? お待たせ」

「百合」

「何? あ、そろそろ出る? もうこんな時間。夕飯に間に合わなくなっちゃう」

「さっき電話をかけてきた人って――彼氏?」

「……千代」


 おぅ。ごめん……。

 表情を見て理解。どうやら、この子をして負け戦らしい。

 いや、誰よ? 

 普通の男なら、この子に言い寄られたらすぐにでも手を出すと思けど……男と女の違いなのかしら?


「でも、そっかぁ。百合にそんな人がいるなんて知らなかったわ。どんな人なの?」

「別にいいでしょ。聞いて楽しいものでもなし」

「私が楽しい」

「……とっても意地悪な人よ。無自覚だけど」

「へっ?」


 無自覚にとっても意地悪? 

 どういう人??

 百合を見る。が、どうやら、これ以上は話すつもりがないらしい。

 こう見えて頑固なのだ。仕方ない、今日はここまでにしましょう。


「この後はどうする?」

「ごめん、ちょっとこの後、急遽、用事が出来たの。ここで別れましょう」

「デート?」

「ち、違うわよっ」

「へぇーふーん」

「……本当に違うわ。帰り際に買い物をするだけよ」

「うん?」


 ちょっと違和感。

 う~ん……駄目だ。私の馬鹿な頭ではそれを掴みきれない。

 まぁ、だけど百合にそんな人がいるなんて。ちょっと驚きだ。

 色恋沙汰に興味がないんじゃないか、そう思っていたから。

 何となく――嬉しい。


「千代、また変な顔してるわよ? 可愛い顔が台無し」

「元から可愛くないから気にしなーい」

「……とっても可愛いのに」

「ありがと。お世辞は嫌いだけど、百合は優しいから好きー」

「はいはい」



 同級生の八重垣百合は大人びている。

 ――そして、私の、大事で大好きな親友なのだ。

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