不公平だ。そこは公平であってほしい。

「……何もかも、全部まるごと、柊が悪い。悪いったら悪い」

「何だい? 藪から棒に。酷いなぁ」


 キッチンでティーポットにお湯を注いでいる彼をジト目で見つつ、呪詛の言葉を紡ぐ。

 が、そんな言葉は通じない。相手は、柊なのだ。私が単に拗ねているだけなのはバレバレなのだろう。何時もと同じく、苦笑しながらもマグカップが差し出してくる。一口。あれ?


「どうかな?」

「美味しい。けど」

「けど?」

「てっきり、紅茶かと思ってた」

「昨日から、百合は落ち着きがないからね。珍しくハーブティーにしてみたよ」

「……別に普通だもん。普段と変わらないもん」

「はいはい。ああ、今日はシフォンケーキも焼いたんだけど、食べるかい?」

「……食べる」

「生クリームと苺は?」

「……つけて。生クリームたっぷりで」

「おや? 珍しい。何時もは嫌がるのに」

「……嫌がってないもん。節制してるだけだもん」


 私だって、女の子なのだから甘い物は嫌いじゃない(甘過ぎるのは駄目だけど)。

 まして、それが彼のお手製なら尚更。下手なケーキ屋のそれよりも美味しいし。

 でも、そうやって甘やかされた結果、何が起きるかは自明。

 『百合はもう少し食べた方がいいよ?』じゃないのっ! 

 私は、綺麗でいたし、可愛くありたいのっ! 

 だって、今の段階ですら……その、家族としては大事にされてるのかもしれないけれど、私はもう、それじゃ満足出来ない。

 私は柊の――になりたい。なりたいのだ。

 その為になら努力を惜しむつもりはないだけ。

 

 ……でも、今日は無理。

 

 別に目の前で、シフォンケーキを切り分け、生クリームを使ってデコレーションをし、苺を綺麗に添えている、私の想い人が、私と同じようになっているならいい。そしたら……間違いなく、今より歯止めがきかないだろうけど、納得は出来る。

 だって、想像しただけで……その幸せになれるし……。

 けれど、現実は非情かつ過酷。

 昨日のデ、デートの時は、その、何時もとちょっとだけ違くて、思い返すと……えへ♪

 ……はっ! 違う。すぐに意識がトリップを。

 家に帰ってきて悶え、今も油断するとすぐ悶えてしまう私に対して、柊はいたって平常運転。

 まるで、昨日の事なんかなかったみたいに

 不公平だ。そこは公平であってほしい。

 別に、そこ以外は不公平であっても、大概は容認するし、そのまま不公平であってもいい。仕方ない。だって……好きなんだもん。なのにぃ……。

 私が悶々としていると、目の前にお皿が置かれた。


「はい、出来たよ。お食べ」

「……ありがと――ふわぁ」


 一口食べ、思わず感嘆の声が漏れる。

 な、何これ? 口に入れた瞬間、雲みたいに消えたんだけど!?

 生クリームもとっても滑らかで、こんなのケーキ屋さんでも食べたことない。

 もう一口。はぁ……幸せ……。

 私が浸っていると、視線を感じた。


「何?」

「いや、百合は百合だなぁ、と思ってさ。昔も、突然拗ねるけど、そうやって美味しい物を食べるとすぐに機嫌を直してくれたなってね」

「む。私はそんなに単純じゃありません! 女の子は複雑なんだから」

「そうかい?」

「そうです」

「でも、変わってないよ? 美味しい物を食べてる時に浮かべる笑顔は。昔から天使のままだね」

「へぅ?」


 ななななな、なぁっ!?

 …………待って。落ち着いて、私。うん。

 柊がこういう事をさらっと言うのは何時もの事じゃない。こんなので動揺してたら心臓が幾らあっても足りないんだから。

 ここは大人の対応。そう、私も16歳なのだから。


「そ、そうやってすぐに人をからかうんだから……誰にでも言ってるんでしょ? 他の親戚の子にだって」

「言ってるね」

「ほら……やっぱり。そうだと思った」


 危ない。危ない。ハーブティーで気持ちを落ち着かせる。

 ……別に落ち込んでいるわけじゃない。私だって小さな子にそういう風に言うし。いたって、普通だと思う。

 ケーキにフォークを勢いよく突き刺し、大きめに切る。


「だけど――大きくなってからはみんなにそう言ってるわけじゃないよ」

「はぅ」


 フォークを握ったまま硬直。

 え、あ、そ、それって……。


「百合ー? どうしたんだい? 大丈夫?」

「だ、大丈夫。うん、大丈夫だから」

「そうかい。なら、片付けはお願いしていいかな? 今日は、これからまた延々と書かないといけなくてね」

「あ、うん。了解」

「よろしく。ああ、ケーキ気に入ったら、明日はおやつ代わりに持っていくといいよ。一日経っても美味しいからね。生クリームも、朝作れば大丈夫だと思うし」

「分かった。ありがと。明日は持って行きたい」

「はいはい。なら、また明日ね。おやすみ」

「うん。おやすみなさい。お仕事、頑張って」

「ありがとう」


 そう言って柊は自分の書斎へ向かって行った。

 ケーキを食べる。ハーブティーを飲む。

 ……なるほど。

 人が許容出来る衝撃には上限があるらしい。

 で、それを緩和する為に、麻痺させる機能もあるようだ。一つ賢くなったわ。

 だけどやっぱり、言いたい。



「バカ。こんなのやっぱり不公平よ。一方的だわ。最初から負け戦。しかも、負けても凄く嬉しいって……何なのよっ! もうっ!! ……えへへ」

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