羨ましさを超えるとそこは……羨ましさが倍増するだけでした。

「おや? まだ、遊んでいるのかい? 百合、そろそろ、お茶にしようよ」

「柊! 口を出さないでっ!! これは、私と千代に問題なの。……友情を考え直さないといけないかもしれない、大事な話の最中なんだからっ!!」

「んー別に構わないと思うよ? 別に隠し立てするような話はしてないし。あ、ノミネートの話はまだ秘密だから、それを話されるのはちょっと困るけどね」

「してませんっ!」

「そう。なら、もういいじゃないか。お湯も沸くしね」

「柊さんっ! 私、一生、付いて行きますっ!!」

「ち~よぉぉぉ!」

「ひっ」


 皆さん、こんにちは。西連寺千代です。

 今、私は親友で、我が学園のヒロインにして絶対的美少女、八重垣百合から厳しく責められている最中です。

 え? 理由は何かですか?

 それはですねぇ……。


「……千代、聞いてるの?」

「え、あ、うん、勿論」

「そう。なら、私が何を言ってたかを繰り返して」

「へっ?」

「繰り返して」

「……えへ」

「千代」

「……ごめんなさい」


 皆さん、知ってますか?

 美人が、しかも百合みたいな黒髪の子が怒ると、それはそれは怖いんですよ?

 私も今日初めて知りました。人生、何事も経験ですね。

 取りあえず、そっと頭を畳へ。

 うぅ……土下座なんて、お母さんに本気で怒られた時以来だよぉ……。


「いい! 人のデートを覗き見するなんて、いけないことなんだからねっ! 二度としないようにっ!」

「ええ!?」

「……どうして、そこで反応するのよ」

「わ、私だって、百合達の甘ったるい会話に、精神をゴリゴリ削られたんだよっ! 私だってこんな事したくなかったの……。でもそれもこれも百合が心配で」

「嘘ね」

「酷いっ」


 うぅ……私の親友が優しくありません。

 そして、そろそろ膝が限界です。

 泣きそうになりながら、柊さんに視線を。助けてくださいっ!

 苦笑しながらの声。


「百合」

「柊、邪魔を――」

「どうかな?」

「……美味しい」

「良かった。さ、手を洗っておいで。千代ちゃんも」

「は~い♪」

「……千代、次したら」

「了解です! 邪魔は致しませんっ!」


 百合の口に柊さんが入れたのは噂のシフォンケーキ。

 地獄で仏とはこのこと。

 はぁ、神様に見えるわ……。

 さて、と……あぅ、足が、痺れて――きゃっ。


「おっと。大丈夫かな?」

「……すいません。ありがとうございます」

「…………お二人共」


 ふ、振り向きたくない……振り向きたきないよぉ……。

 あ、どうせ、酷い事されるなら、えいやっ。


「おやまぁ」

「うわぁ――こ、これは、百合がはまるの分かる気がします――」

「そんな大層なものじゃないよ?」

「いえ……とっても落ち着きます……」

「柊、千代を渡して」


 柊さんの身体、凄くいい匂いがする。

 そう言えば、男の人に抱き着いたのってお父さん以外で初めてかも。

 ……背中には怖い怖い女の子からの視線。

 ちらり、と。あ、うん、無理。


「柊! 離れて!!」

「百合、そんなに怒らない。千代ちゃん、ちょっとごめんよ。離れてくれるかな?」

「え、は、はい」


 柊さんから離れる。

 そして、百合の頭に手をやり、ゆっくりと優しく撫で始めた。


「なっ! ……どういうつもり?」

「んー別に」

「……こ、こんな事で、私の怒りが収まると本当に思って」

「(なでなで)」

「わ、私は怒ってるんだからね」

「(なでなで)」

「……柊」

「何だい?」

「……その、もう大丈夫だから。私、手を洗ってくる。ほら、千代も」

「あ、うん」


 何と言うか……何と言うかっ!

 うぅぅ……私、怒られてた筈なのに。何なの、もうっ!!

 百合の後について、洗面所で手を洗いつつこぼす。


「……羨ましさを超えるとそこは……羨ましさが倍増するだけでした」

「何よ、それ?」

「うん。今の私の率直な想いだよ……。百合はさ」

「?」

「何時も、ああやって、柊さんから甘やかしてもらってるんでしょ? いいなぁ、いいなぁぁ、いいなぁぁぁ」

「べ、別に何時もってわけじゃ。千代、もう抱き着くのは駄目だから。私だって、数える位しかしてもらってない――」

「ふ~ん♪」

「ほ、ほらっ、行くわよ」


 頬を赤らめた百合が洗面所を出て行く。

 はぁ……た、楽しい……。

 普段は大人びているあの八重垣百合が、柊さんのこととなると、ここまで女の子になってしまう。

 恋をするって凄い……。

 戻ると、テーブルの上には、お茶の準備が整っていた。

 真ん中に置かれているのは、シフォンケーキのホール。


「おかえり。さて、切り分ける前に――どっちがいいかな?」


 そう言って、柊さんが見せてくれたのは、生クリームと、ピンク色の生クリーム。こ、これは。


「普通の生クリームと、苺の生クリームを作ってみたよ。好きな方でお食べ」

「柊のお勧めは?」

「僕かい? 僕ならこうかな」


 シフォンケーキを分厚く切り、半分に生クリーム。もう半分に苺の生クリーム。どちらもたっぷりと。


「「それで!」」


 百合と一緒に叫ぶ。もうこの一択しかないわよねっ。

 ――ケーキ自体はとっても美味しく(確かにプロを超えてる……)お茶も美味しかった。けれど、帰り際の百合の一言が私を正気に立ち戻らせた。

 食べ過ぎた……肉が、肉がつくよぉ。

 自分の柊さんに抱き着いたからって……百合の意地悪……。

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