約束

「翔太くん!大丈夫かい!翔太くん!」

 

 目を開けると、ジャック塾長が心配そうにこちらを見つめていた。

 ジャック塾長の左肩には、意識の無いルーナが担がれていた。


「塾長……」

「塾長じゃない!お父さんと呼びなさい!」

「いや、いきなりおかしいでしょ!俺、ルーナの旦那になったつもりないですから!」

「そのツッコミができるなら大丈夫そうだね。それよりもいったい何があったんだ?」

 

 俺は、ジャック塾長に俺達の身に起こった事を説明した。

 用具室掃除中に現れたキマイラの事。

 そして、キマイラを倒した後に現れた奇妙な男の事も。


「んー、なるほどね。そいつの仕業で間違いないだろうね。まあ、無事で何よりだよ!ほら、そろそろ起き上がろう!」

 

 俺とルーナが生きている事にホッとしたような様子のジャック塾長。そして、俺に手を差し伸べる。

 ジャック塾長の手を取り、俺はゆっくりと立ち上がったその時だった。

 ジャック塾長の顔が豹変した。

 何か恐ろしい事が起きたかのような緊迫した表情であった。


「翔太くん。何でこの紋章がこんな所にあるのですか?」

 

 ジャック塾長が真剣な面持ちで俺に問いかけ、床の方を指差した。

 俺もジャック塾長が指差した場所に目を向ける。

 すると、俺が倒れ込んでいたせいで見えていなかったのだが、床にはキマイラの背中にあったものと同じ紋章が描かれていたのだ。


「これは……キマイラの背中にあった紋章と同じ……」

 

 俺の言葉を聞きしばらく黙り込むジャック塾長。

 どうやら何かを考えている様子であった。


「ごめんね、ちょっと用事を思い出しちゃった。とりあえず、ルーナちゃんはお家で看病するから。翔太くんは、まっすぐ寮に帰りなさい」

 

 そう言うと、ジャック塾長はルーナを担いだまま急いで用具室の方へと飛び出していった。


「ちょっ……ちょっと待ってください!塾長!」

 

 ジャック塾長は、俺の言葉には応えず、そのまま走っていく。

 そして、用具室の扉の前まで来たときジャック塾長は、突然俺の方を向いた。


「あのさー……」

 

 ジャック塾長が重い口を開いた。

 

 “ゴクリ”

 

 生唾を呑む俺。

 

 ジャック塾長からとてつもない緊張感が伝わってくる。


「旦那になるつもりないって、どう言う事!こんなかわいいルーナちゃんがかわいそうじゃない。お父さんは悲しいよ〜。とにかく、君にはルーナちゃんの旦那になってもらうからね」

 

 いつものテンションに戻るジャック塾長。

 その言葉を残してジャック塾長は、用具室から走り去っていった。

 

 さっきの緊張感は何だったのだろうか。

 だが、ジャック塾長は、いつも通りしょうもない事を言っているが、表情は初めて会った時みたいに晴れやかな笑顔ではなく、ぎこちなさの残る笑みであった。

 

 きっかけは、床に描かれた謎の紋章。

 ジャック塾長が紋章を見た瞬間に、表情が一変していた。

 まだジャック塾長とは会ったばかりで、性格をよく知っているかと言われると難しい。

 だが、あの反応は、やはり不可解なものであった。

 きっとあの紋章には何らかの意味があるはず……。

 

 俺は、不自然なジャック塾長の反応と謎の紋章の関係について、名探偵かのように頭を巡らせていた。

 だが、いくら考えても、この世界の住人ではない俺には分かるはずもなく……。

 

 俺は、再び紋章が描かれた床に目をやると、既に紋章は消えていた。

 不思議に思いながら、俺は用具室を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る