罰に潜む影(2)


「ちょっと、早く起きなさいよ、翔太!」


 目を開けると俺の両頬をペシペシと叩く呆れた顔のルーナがいた。

 その横には俺を心配そうに見つめるクレア。


「翔太さん、ご無事で良かった」

「心配してくれてありがとう、クレア」


 俺とクレアは微笑み見つめ合う。なかなか良い雰囲気だ。


「何デレデレしてんのよ!気持ち悪い!!それよりも、翔太!パパが呼んでるわよ。私と一緒に来なさいっだって。ほら、早く行くよ!」


 不機嫌そうにこちらを見るルーナ。

 俺にはルーナが不機嫌になっている理由が分からない。


 クレアと良い雰囲気になっていたのに、ルーナの登場で全てが台無しになったと残念そうな顔をしてうつむく俺。


「何!何か文句あんの!」


 すると、ルーナは、いきなり俺の胸ぐらを掴んで再び殴ろうとする。


「わかった、わかったから!行けばいいんだろ」


 しぶしぶ答える俺。


「こう見てると、ルーナちゃんと翔太さん、本当に夫婦って感じですね。」


 俺とルーナを交互に見ながら優しく微笑むクレア。


「絶対あり得ないから!!」


 俺とルーナの声が揃う。

 否定するのは以心伝心しているようだ。


 俺とルーナは、クレアと別れ、ジャック塾長のいる部屋へと向かった。向かう途中、俺が話しかけてもルーナは無視。まだ機嫌がよろしくないご様子。


 塾長室に着き、部屋に入ると、ジャック塾長は、腕を組み静かに1人用の、いかにも高級と言わんばかりの赤いイスに座る


「翔太くん。君、セバスくんとの勝負に負けたらしいじゃないか……」

「あっ、まあ、負けてしまいました……」

「ふーん、やっぱりね〜」


 窓を見つめながら、淡々と話すジャック塾長。


 何だこの感じ……不気味だ。


 ジャック塾長は、一つ咳払いをし、深妙な面持ちで俺の方に振り向いた。

 そして、重い口を開く。


「翔太くん。君には、負けた罰として、地下にある用具室の整理をしてもらうよ」

「えっ?罰が用具室の整理ですか?そんなことが罰なんですか?」


 ジャック塾長の言葉に拍子抜けする。

 一方のルーナは、ジャック塾長の言葉を聞いた瞬間、顔色が青ざめていた。


「翔太バカなの!ここの地下の用具室、どんだけ広いと思ってんのよ!〇〇ドーム10個分なんだから」

「嘘だろ!何でそんなバカでかいんだよ。てか、〇〇ドーム知ってんだな」

「へへーん、驚いたかー!翔太の世界に1週間いた時に覚えたんだー」


 どうだと言わんばかりに自慢気な態度のルーナ。

 その世界の住人の俺にとっては、何も自慢になってないと思ってしまうのだが。


「ルーナちゃん、そんな事覚えたのー!偉いね〜、うんうん。さすが我が娘!」


 内ポケットからハンカチを取り出し涙を拭うジャック塾長。

 相変わらずの親バカっぷりである。


「あっ!ちなみに!ルーナちゃんにも手伝ってもらうから」


 鼻水をすすりながらジャック塾長はルーナにサラッと告げる。


「はあ!何で私が手伝わないといけないわけ」

「まあ、一応ルーナちゃんがスカウトして来たんんだし、翔太くんのめんどうみてあげないと。それに……」


 急に深刻な顔になるジャック塾長。


 何かあるのか……恐ろしいことでも……


 ゴクリと生唾を飲む俺。

 一方のルーナは不機嫌なまま、そっぽを向いていた。


 時間が止まったかのように、室内の空気がピンと張りつめる。

 そして、ひとしきりの間を置いて、ジャック塾長は口を開いた。


「夫婦始めの共同作業じゃーーん♡」


 いきなりテンションの上がるジャック塾長。

 その目はキラキラと輝いているように見えた。


 一方の俺とルーナは、呆れて何も言えない。

 2人同時に大きなため息をつく。


「ビックリした?ビックリした?何かマズイ事でも言うと思った?ねえねえ?」

「ほんとっバカバカしい!帰ろ、翔太」

「それもそうだな」


 2人で部屋を出ようとした瞬間、塾長が俺の腕をグッと掴んできた。


「いいのかなー。翔太くん。あの時の、勝負で中庭荒れ放題なんだよね〜。修繕費いくらかかると思ってるの〜?翔太くん払えるの〜?」


 ジャック塾長は不敵な笑みを浮かべる。

 俺は、掴まれた腕から全身に鳥肌が立っていく。


「塾長!用具室の整理やります!」


 即答する。何としてでもお金のトラブルだけは避けたい。新入社員という立場から、そんな大金を払えるようなお金を持ち合わせていないのも事実だ。


「それでよろしい」


 塾長は俺に用具室の鍵を手渡された。


「おい、ルーナ、早く行くぞ」

「ちょっと!離しなさいよ!」

「つべこべ言うな。二人の始めての共同作業」

「何つまんない事言ってんのよ!いいから離せー!」


 俺は、叫び声を上げるルーナの腕を無理やり引っ張り、地下の用具室へと向かった。

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