ようこそ、魔術塾へ


 ん?ここは……どこだ。


 薄暗くてヒンヤリとした空間。

 心まで冷え切っていくような空間に俺は一人たたずんでいた。

 そして、少し先の方に目をやると、ぼんやりとした人影のようなものが確認できた。


 俺は恐る恐るその人影に近寄る。


 近づいてその人影は徐々にはっきりとしたものになった。

 その人影は女性の後ろ姿で、白のワンピースに長い黒髪、おしとやかな雰囲気の女性であった。


 俺の気配に気づいたのか、彼女は振り向くと軽く微笑んだ。

 しかし、俺には、綺麗な顔立ちから放たれる彼女の微笑んだ瞳からは、悲しみや寂しさ、辛さといった負の感情が感じ取れた。


「あなたは?」


 俺は彼女に問いかけるが、彼女は無言のまま霧のように消えていった。

 そして、その瞬間、胸が急激に締め付けられる感覚に襲われる。


 くっ……苦しい。なんだこの感覚っ……。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 目が覚める。

 どうやらさっきのは夢だったみたいだ。

 俺は、心臓付近を抑えながら、夢の時の感じた感覚を思い出す。


 あれは、一体……?


 俺は、眠気まなこをこすると何かヒンヤリとしたものを感じる。

 それは頬まで続いていて、どうやら無意識のうちに涙が流れていたようだった。


 なんで俺は涙なんかを。


 指についた涙の水滴を見つめる。

 その時、真横に誰かの気配を感じて恐る恐る視線を向ける。


「おっはよー、しょーた!何か変な夢でも見たの?」


 ベッドの近くに置いてあったイスの上で三角座りをして、ニッコリ微笑むレイスがそこにはいた。


「うわおっ!ビックリしたー!何で勝手に入ってきてんだよ」


 驚きのあまり俺はベッドから飛び上がる。


「えー。だってー鍵閉まってなかったからー。遅刻しないように起こしてあげようと思ってー」

「ノックぐらいするだろ普通!それに入塾早々遅刻なんてしねーよ。もう大人なんだからそれぐらい心得てるだろ」

「えっ?でも、もう授業開始の5分前だよ?」


 レイスが置き時計の方を指差す 。AM8:25。


「えっ?えーーーーーっ!」


 俺は思わず絶叫する。体中に冷や汗がドッと吹き出した。


「おい!レイス早く起こせよ、バカ野郎」

「バカ野郎って何だよ!まあ、ギリギリに起こした方が面白いかなーって思ってさ」

「おもしろがる所じゃねーだろ。お前も遅刻なんだぞ!あーもーー!!」


 俺は寝癖混じりの髪の毛を乱暴にまさぐる。


 元の世界にいた時は、新入社員だから遅刻する事には特に注意していた。

 社会人として、時間の管理はしっかりとしてないと通用しない。


 しかし、この世界ではこのざまかよ。


 俺は、急いでクローゼットに用意されていた制服に着替えて部屋を出る。


「おい!レイス!塾までは、歩いてどれくらいなんだ?」

「んーとねー……20分ぐらいかな?」

「完全に間に合わねーじゃねーか!入塾早々やらかすなんて、ほんとついてねー」

「けど、大丈夫だよ。僕の移動媒体を使えばすぐに行けるよ」


 すると、レイスは俺の手を引っ張ってどこかへ案内する。


 着いた先は、寮の横にある大きなガレージであった。


「ジャジャーン!これが僕の移動媒体だよー」


 レイスが腕を広げた先には、白いビッグスクーターが見えた。

 レイスはそのバイクにまたがる。

 そして俺に親指を立ててグッドポーズをする。


 子供体型で顔も童顔のレイスとビックスクーター。

 俺は、あまりにも不釣り合いな姿に思わず吹き出す。

 どこかのデパートの屋上にあるパンダの乗り物のような感じに見えた。


「何笑ってたんだよ!さっさと乗れよ」


 笑いが止まらないまま、俺はレイスの後ろに座る。


「もう時間ないから、魔術発動して全速力で行くからな」


 そう言うとレイスは、魔銃を取り出した。


「術式構築!!飛ばせよーーー!術式解放!」


 引き金を引いた瞬間、猛スピードで動きだすバイク。

 元の世界だったら、スピード違反どころの騒ぎじゃなくなる。

 たぶん、一生免停レベルだろう。


「うわっ!おい、レイス、これは飛ばしすぎだ」

「良いじゃん良いじゃん!こういうの楽しいー!」

「オエッ!気持ち悪い」


 俺は、乗り物酔いと凄まじい勢いの風が喉の奥を刺激し、嗚咽が止まらなくなる。


 ほんの数十秒ほどで塾の門の前まで到着した。


 俺は、完全に覇気を失っていた。


 バイクから降りると、ルーナが待っていった。

 明らかに機嫌が悪そうであった。


「何、遅刻しかけてんのよ!この凡人変態野郎が」


 ”パシンッ”

 ルーナに思いっきりビンタをかまされる。

 横にいるレイスはというと、ハラリとルーナのビンタをかわしていた。


 結局ビンタをくらったのは、俺だけ。

 朝ぐらいゆっくりさせてくれよとため息混じりで心の中で呟いた。


 ビンタされた右の頬を抑えながら、目の前を見る。

 門の先に広がっていた光景に俺は絶句する。そこには、どこかの世界遺産のような威厳のある白い大きな塔がそびえ建っていた。

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