ようこそ、魔術塾へ!

少年?


「なあなあ!早く答えたろよ〜。早く早く〜」

 抱きつきながら、俺のシャツをツンツン引っ張る少年。


 何なんだこのガキはと内心思いつつ、めんどくさい事が嫌いな俺は、適当に少年をあしらう事にした。


「おっ、おう。カッコ良かったよ!まるでマンガやアニメに出てくるヒーローみたいだった!」

 俺は、誰でも分かるような作り笑いをしてその少年の問いに答えた。


「ほんとっ!カッコ良かった?やったーーー!」

 ニコニコしながら、俺の顔を見つめる少年。


 しかし、離れるそぶりは全く無く、相変わらず抱きついたままだ。

 むしろ、その言葉が嬉しかったのかシャツを握る手が強くなっている気がする。


 少年は、俺をしばらく見つめた後、何かをひらめいたかのような顔をして俺に再び問いかける。


「ってか、マンガとかアニメって何?」


 "ギクッ"


 痛いところを突かれて、俺は思わず顔が引きつる。

 ここは、俺のいた世界とは別世界である事を忘れていた。


「んー、話すと長くなるから、また今度な。とにかく君は、ヒーローみたいでめちゃめちゃかっこ良かったって事だよ」


 優しい口調で少年に語りかけ、何とか話をそらす。

 だが、内心はめちゃくちゃイライラしていた。


「そうだよな!ヒーローだよな!クゥ〜、その響き良いなー!」


 完全に逆効果であった。


 少年は、満面の笑みを浮かべる。

 相当ヒーローという響きが嬉しかったようだ。


 子供なんてそんなもんか。

 俺もそういう時があったのかもしれないな。


 ふと、遠くの方に視線をやり、自分の少年時代を思い出し懐かしさを感じた。

 そして、今の自分は笑顔の数すら少なくなったなと少しばかりの虚しさも感じていた。


 ひとしきり物思いにふけったところで、再び少年の方に目をやる。

 すると、少年は未だに目をキラキラさせてこちらを見ていた。


 そして、目の前の自体を把握し、正気に戻る。


 そろそろこの少年、いや、このガキから逃げないと、余計にめんどくさい事になると感じた俺は、この少年に告げた。


「じゃあ、お兄ちゃんはそろそろ行くから、離してくれるかな?」


 俺は少年の両肩を掴み、優しい力で離そうとした。


 だが、少年は離れようとしない。

 今度は少し強く離そうとした。

 それでも、少年は離れない。

 さらに力を強くしても少年は離れない。


 こいつどんだけ握力あんだよ……と内心焦りつつも、俺は、全体重をかけて力の限り少年を引き離そうとした。


 しかし、少年はビクともしない。


 ガックリと俺はうなだれる。


 一方の少年は、目を輝かせながらこちらを見て言う。


「えっ!どこにどこに!俺も付いてく〜!」


 最悪の展開だ。


 大きなため息が思わず出てしまう。


「ん〜。お兄ちゃん、お友達とちょっと待ち合わせしてるから、ここでバイバイしようね〜」


 顔がひきつる俺。


 しかし、子供相手に語気を強めるのは情けないと思い、なるべく優しく少年に語りかけた。

 すると、俺の言葉に少年は少しうつむいた。


 少年、いや、ガキには悪いが、これで俺はこいつから解放されると内心ホッと安堵する。


 しかし、少年はすぐに俺の方を向き、イタズラっ子のようにニヤリと口角を上げた。


「えー俺も一緒に行く!てか、何でこんなところにいるの?ここは、廃墟街だよ。こんなとこ普通の人は誰も来ないよ?あれあれ〜?もしかして迷っちゃったの〜?」


 俺は。図星を突かれて目を見開く。

 まさか子供に見抜かれてるとは……。

 しかし、子供になめられてはいけないとすぐに平然を装う。


「その反応は、やっぱり迷ってたんだ〜。じゃあ、なおさら一緒にいないとダメだね〜」


 少年はニコニコして俺に言う。


 俺は、この少年からしばらく解放されないと悟る。

 実際、道がわからないのは事実だから、仕方なく案内してもらう事にしようと嫌々ながら決心を固める。


「んーそれじゃあ、案内してもらおうかな」

「ほんと!?やったー!やったーー!!」


 飛び跳ねて大喜びする少年。


 そんな少年に嫌悪感を抱きつつも、ある案が俺の頭に浮かんだ。


 それは、メインストリートに出た瞬間、適当な口実をつけてその場を去るという作戦だ。


 俺は自分の心の中で芽生えた作にうなずく。


「んじゃ、とりあえず離れてくれるかな?」

「えっー!んー、けど、このままだと歩きにくいし仕方ないか」


 少年は素直に俺から離れた。

 しかし、すぐに俺の服の袖をちょこっと掴んで俺の横に並んだ。


「ニシシー!これでもう迷わないでしょ!」


 白い歯を見せ無邪気な笑顔を放って言う少年。


「俺は休日のパパじゃねえぞ!」とツッコミたくなる衝動を、ゴリラのように自分の右胸を強く叩き、抑えつけた。


 そして、俺は大きなため息をついて、少年と共に歩きだした。

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