少年?(2)


「ねぇねぇ?どこで待ち合わせしてるの?」

「ラグーンの中央広場だったかな?あーでも、まだちょっと早いんだよなー時間が」


 腕時計に目をやる。

 まだ待ち合わせの1時間前だった。


「えっ、ほんとに!じゃあ、いろんなとこ行けるじゃん。行こ行こ」


 少年は、俺の袖を引っ張って走る。

 少年につられるように俺も走る。


 しかし、この少年の走る速さは凄まじい。

 さすが、子供だけあって体力が有り余ってるようだ。


 俺はというと、ぜぇぜぇと息がキレ、胸の鼓動もどんどん速くなっていく。

 大学に入ってから遊び半分の運動しかしてこなかった。ましてや、会社に入ってからは運動はほとんどしていない。

 完全に体はなまっていた。


「着いたーーーー」


 少年と共に立ち止まると、目の前には、オシャレな外観のお店があった。

 少年はクリクリの目を潤ませながらお店を見つめている。

 一方の俺は、両膝に手を置き、呼吸を荒くしていた。


「ほら、早く行くよ!」


 足取りの重い俺を引っ張り店内へと入っていく。

 すると、目の前にはショーケースには、色鮮やかなたくさんのスイーツが綺麗に並べられていた。


 どうやらケーキ屋のようであった。

 店内には甘い香りが広がっているが、体力が限界の俺にはキツイものがあった。

 思わず嗚咽しそうになる俺。

 そんな俺には目もくれず、少年はスイーツに釘付けになっていた。


「うわーっ!どれにしようかなー!チョコレートケーキ美味しそー!うわ、あのシュークリームも!こっちのプリンもうまそ〜」


 ショーケースを覗き込むように見ながら、嬉しそうに独り言を言う少年。

 そして、時折俺の方をチラチラと見てくる。


 どうやら俺に何か言って欲しいようだ。

 答えはだいたい分かっている。

 だが、いちいち言わないといけない事にかなりめんどくささを感じていた。

 それと同時に、子供を持つ親の苦労が身にしみた。


「3つとも頼んだらいいんじゃないのか?」


 俺は少年が求めているであろう言葉を口にした。


「ほんとに?やったーーーー!!」


 待ってましたかのようにニコニコとして、その場を飛び跳ねて喜ぶ少年。


 子供をあやすように、少年を落ち着かせ俺は店員に注文をした。

 そして、2人がけのテーブル席に座り、ケーキやドリンクが来るのを待つ。

 少年は、さっきのスイーツ3つにオレンジジュース。

 俺は、アイスコーヒーのみ。

 今年で23歳のおっさんには、バテバテの体で重たい物を食べるのはきつい。


 スイーツが届くと、少年はお腹を空かせた犬のようにスイーツをパクパクと口に入れる。


「美味しい!うわっ、これも美味しい!こっちも美味しい!やばい!どれも美味しい!」


 口の周りにクリームをいっぱいつけて、本当に幸せそうな表情をする少年。

 そんな少年の姿に俺は、自分の子供でもないのに、まるで我が子のような愛おしさを感じた。

 これが親心というものなんだろう。


 俺は、持っていたハンカチで少年の口を拭いてあげる。


「んっ…ふぁりがと」


 口をモグモグさせながら喋る少年。

 どんどん自分の子のように思えてくる。


 あっという間にスイーツ3つをたいらげた少年は、グラスに残ったオレンジジュースをグビグビと飲みほした。


「ぷはーっ!どれも美味しかったー!ごちそうさまでした!あっ!次どこか行きたいところある?」


 少年の言葉に俺はハッとなる。

 本来の目的を忘れている事に気づいたのだ。

 本来の目的。

 それは、魔術媒体である杖を買う事である。


「杖を買いに行きたいんだけど。どこか良いお店とかあるかな?」

「うん!あるよ!魔法の杖だよね!買いに行こ!ん?でも……それって杖なんじゃないの?大きさ的に」


 少年は、俺の側に置いていたビジネスカバンを指さす。

 俺もそちらに目を向けると、ビジネスカバンは開いたままで、老人からもらった麻袋に包まれた杖が丸見えになっていた。


 慌てて俺はカバンを閉める。


 老人から授かった"血の契約を結び杖"。

 大事な時、大切な時にしか使用してはならないと老人から聞かされている。

 だから、むやみに誰かに話してはいけないような気がして、俺は適当な理由をひねり出す。


「あっ、あーこれね。これは単なる木の棒だよ。何か落ちてたの目についたから拾ったんだよ〜。あははっ。あははっ」


 下手くそな笑い声をあげて、幼稚な理由で何とかこの場を切り抜けようとした。

 少年は、不審に思ったのか、じーっと俺を見つめる。


 この少年は、俺が迷子である事も見抜いた、勘の鋭い少年だ。

 これまでも気づかれるとまずいと思い、俺は目を細くして、必死に作り笑いを続けた。


 すると、少年はこくりと頷いて席を立った。


「ふーん。それなら木の棒であいつらに対抗すればよかったのに。まあ、いいや。ほら、早く杖買いに行くよ!」


 また、少年は俺の袖を引っ張り、俺を席から立たせた。去り際に少年は、店員さんに「おいしかったよー!ごちそうさまー」と元気良く挨拶をし、俺達は店を出て行った。

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