罰に潜む影(9)

「おいおい、嘘だろ!とにかく、止まれー!!」


 俺は、掴んでいた箒の柄の部分を思いっきり引っ張り上げる。


 止まれ……止まれ止まれ!


 箒のスピードが急激に落ちていき、何とか壁にぶつかる寸前で箒は止まった。


「ふぅー。助かった。危うく死ぬとこだったぜ」


 ホッと胸を撫で下ろす俺だったが、束の間の安堵も、すぐに現実に戻されるのだった。


 ん?何だこの感じ……頭に血が上ってるような……。


 俺の視線は、用具室の床と対峙している。


 その瞬間、俺はハッとなった。

 そう、今置かれている状況が最悪だという事に。


 箒を引っ張り上げすぎたおかげで、箒と俺の体は床に対して垂直にはならず、俺は箒ごと反対に向いてしまっていたのだ。


 俺は、子供の時の鉄棒のように、慌てて態勢を直そうと必死になって起き上がろうとした。

 しかし、今年で23歳の男には、子供の頃のような運動能力も柔軟性も残されていない。

 俺の努力は虚しく、起き上がる反動で、むしろ両手で箒を掴んだまま宙づりの状態になってしまった。サーカスの空中ブランコのように。


「クッソ!成功したと思ったらこの仕打ちかよ」


 とことん運に見放されてる自分を情けなく思うと共に今の状況に焦りが増していく。


 しかし、キマイラはお構い無しに猛スピードで俺の方に向かってくる。


 そして、スピードのついた助走で再び飛び上がり、鋭い牙で宙づりの俺に噛みつこうとする。


 とっさに足を上げ、間一髪避ける俺。


「あっぶねぇー。ギリギリセーフだったわ。避けきれてなかったら確実に俺の足ちぎれてたな……。しかし、どうすればいいんだ、これから」


 何度も俺に飛びかかってくるキマイラ。

 どうやら、キマイラの飛び上がる高さは限界らしく、上げた足のスレスレで歯を噛み締めていた。


 足を噛み切られる恐怖にヒヤヒヤしながら俺は、頭をフル回転させる。

 しかし、どう考えても答えは1つしか浮かばなかった。


「仕方ない、やるしかないか」


 一つ大きく深呼吸をして、覚悟を決める俺。


 俺は、飛びかかるキマイラの4足が床につくタイミングを見計らって、箒を掴んでいた両手を離した。


 そして、キマイラに向かって急降下すると、何とか無事にキマイラの背中に着地する事に成功した。


 キマイラは、背中に乗った俺に気づき、唸り声をあげながら俺を振り落とそうと右往左往に暴れだす。


 振り落とされないように、必死にキマイラの体毛にしがみつく俺。


 だが、先程宙づりになっていたおかげで握力はもう限界にきていた。


 力が入らない……。


 歯を食いしばり何とか堪えるが、振り落とされるのも時間の問題であった。


「クッ!何かないのかよ!」


 俺は、箒のように、何か打開出来るものを探し、辺りに目をやった。だが、左右に激しく揺れているため、全く何があるのか分からない。


 やばい、もうそろそろ限界……。


 俺は、歯を食いしばり、俯いた。


 その時。

 俺の視界に見慣れない物が映った。

 よく見ると、そこには紋章のようなものが描かれていた。


「何だこの紋章?」


 そう言った時、右手に持っていた杖の赤い光がさらに光を増していく。


 杖が反応してる……まさか!


 俺は、杖を紋章に向けた。


 すると、紋章からは、黒い妖気のようなものがユラユラと発せられた。


「互いが反応し合っている。これはもしかして……。とにかくやってみるか。確か、キマイラは火属性だったはず……対抗できるのは水属性魔術」


 俺は、ルーナがキマイラの猛火に対抗した魔術を思い出す。そう、あの水の波動である。


 ルーナが発動した時の姿を自分に照らし合わせ、目を瞑りじっくりとイメージをする。そして、自分の思い描くイメージがピークを迎えるタイミングを見計らう。


 よし、今だ。


「術式を構築!これで最後だ!術式解放!ピスト・アクエリア!!」


 杖から強烈な水の波動が放たれ、その波動は、紋章とともにキマイラの体を貫いていく。

 キマイラは大きな唸り声と共に、霧のように黒い妖気と共に消えていった。


「かっ、勝った……俺が魔術で勝った」


 床に降り立った俺は、両膝を床につき天井を見上げる。完全に体力は尽きていた。しばらく動く事はできない。


 すると、誰かの笑い声が俺の耳を響かせた。


「クックックッ!楽しませてくれますね〜」


 背後から聞こえてくる奇妙な男の声。


「だっ、誰……だ」


 覇気ののない、疲弊した声で、その声の主に問いかける。

 ただ、体力の限界がきた俺には背後を見る余裕すらない。


「君はそんなもんなんですか〜。もっと私を楽しませてくださいよ〜ねっ?翔太くん」

「なぜ、俺の名前を……知って」

「クックックッ。それは、な・い・しょ」


 その言葉を残し、背後から感じる男の気配は消えていった。


 俺はその男を引き止める言葉も出ず、そのまま意識を失い倒れていった。

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