ようこそ、魔術の世界へ(2)

 

「ふつ……う?」

「そうよ。あなたは特に何の才能も能力も持ち合わせていないただの普通の人よ。」


 ルーナの言葉を聞き俺は拍子抜けする。

 ルーナはそんな俺の様子には目もくれず話を進めた。


「それにあなたの1日は、何の変化も見当たらないわ。朝食をたべて、いつもの電車に乗って、定時まで仕事をして帰って、晩ご飯食べてお風呂に入って寝る。あなたの世界の大半の人は、同じような生活を送っているようだけど。そんなの毎日つまらないじゃない。そう思うでしょ?」


 自分の生活を批判された反面、ルーナは俺の日頃から思っていた不充足感を代弁してくれているようであった。

 満面の笑みで俺に問いかけるルーナが俺には眩しく見えた。

 きっとこの子は、この世界で自分の好きな事で生きているんだろうなと。


 そんな事を思っていた矢先、俺の頭には1つの疑問がポッと湧いてきた。

 考え込むように右手を顎に乗せ、俺はルーナに疑問を投げかけた。


「ん?ちょっと待って。何で俺の1日の流れを知ってるんだ?」

「あー言ってませんでしたねー。私、1週間ずっとあなたの側にいましたから」


 当たり前かのように淡々と応えるルーナ。


 そんな俺は右手を額に当てて目を瞑り、ここ1週間の自分を振り返っていた。


 ルーナと会ったのは、今日が初めてのはず。

 ルーナと出会う前は特に何のアクシデントもなかった。

 まず、第1にルーナみたいな、俺のドンピシャのタイプの子が毎日近くにいたら気づくはずだ。


「1週間も近くにいた?んー思い出して出てこないなー。ルーナみたいな、タイ……いや、印象深い女の子を見たのは今日が初めてだし、1週間も近くにいたなら顔は認識できるはずなんだけどな〜。もしかして、俺の記憶がおかしくなったのか!?」


 思わず頭を抱え込む俺。

 まだ22歳なのにここ最近の記憶が無いのは、完全に頭がボケた証拠。嘆きの感情がフツフツと湧き上がってくる。


 そんな俺の姿を見て、少し首を傾げたルーナは俺に語りかけた。


「へへーん!それはそうですよー。だって、魔術で変装してましたから。気づかれるはずないですもん。それよりも私の変装魔術すごくないですか!ねぇ!ねぇ!」


 俺は頭を抱え込んでいた腕を解放し、目の前に視線をやる。ルーナは、これでもかとばかりに両手を腰において、ドヤ顔をしていた。


 何でドヤ顔?

 まあ、その表情も可愛いから良いんだけども……


 またしてもルーナの表情を見て、照れ臭く感じてしまう俺。

 俺は凝視したら顔のニヤつきがバレるとさとり、斜め下に顔をうつむかせた。


 ルーナは、”私すごいでしょオーラ”を出し続けたまま俺に再び語り始めた。


「朝と会社からの帰りは、通勤のおっさんやOLに変装してましたし、会社や家では、蚊ぐらいのサイズになって部屋中も飛び回ってました。あんな所やらこんな所にもいたんで・す・よ!これも全て魔術のチ・カ・ラ」


 明らかに調子にのっているルーナ。

 元来、自慢したがりのやつを苦手としていた俺には、ルーナの発言にイラつきを覚えはじめていた。


 右足が小刻みに上下に震え始める。


 そんな事には目もくれず、ルーナは話を続けていた。


「けど、ほんと翔太には困ります。会社や家にいる時は、蚊だと思ってめちゃくちゃ乱暴に扱うんですものー。ほんと、翔太はダ・イ・タ・ン」


 チラッと見ると、片目をウィンクしてこちらを見つめていた。かわいいがさすがにこの物言いに、我慢の限界をむかえた。


「うっせー!蚊みたいなん飛んでたら、普通手で叩いたりするだろうが。てか、大胆ってどういう意味だよ!わけ分かんねぇ」


 俺は少し声を荒げていた。こんな口調で喋ったのが久々だったのか心臓の鼓動が速くなっているのに気づく。

 

 俺の怒った表情を見て、ルーナはキョトンした表情を浮かべた。だが、すぐさまクスッと笑いはじめ、次第にお腹を抱えて笑いだした。


「なになにー?翔太それ怒ってんのー?普段怒った事とかないから、怒ってる口調のぎこちなさが半端ないよー。ほんとおもしろい!うわはははっ!」


 ルーナの言っている事が図星だと自分でも理解でき、思わず顔が真っ赤になる。


 クッソーー!

 なんか調子狂うなー。とにかく話を変えないと。


 頭をポリポリと掻きながら、真っ赤な顔が見えないように、足元を見つめるようにした。


「で?今日は何で変装せずに現れたの?」

「それは、今日が翔太をスカウトする日だったからですよ!」

「じゃあ、何であんな回りくどい方法で俺に接触したわけ?普通に俺に声掛ければ良かったのに……まあ、俺が信じるか信じないかは別の話として」


 俺の発言を聞いた途端、ルーナはうつむいた。

 何やら言いにくい事情でもあるかのような空気が2人の間を流れていく。


 これって聞いたらまずいやつだったのか?


 顔がひきつる俺。

 こういう状況には耐性が無いのでどうしたらいいか分からなくなっている。


 しばらくの沈黙の後、ルーナが重い口を開けた。


「それは……」

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