のんびりし過ぎた少女
「ごめん、教科書見してもらえる?」
最初にまともに会話したのは、たぶんそんな事だ。席が隣で、あいつが教科書を忘れた時。
友人とよくギャーギャー騒いでいる男だったが、良くも悪くも特に具体的な印象は持っていなかった。
それからは何となく話すようになった。昨日見たテレビの話とか、嫌いな教師の愚痴とか。少し趣味も合う事がわかってからはゲームの話とか。
だんだん仲良くなって、ボーリングやらカラオケやらにもいくようになった。英也やら亜美やら、所謂いつメンがそろいだしたのはその頃だ。
ある日、彼の家に泊まる事になった。え、異性なのにいいの?と思ったが、彼には両親がいない。私は女友達の家に、と両親に嘘をついて泊まった。亜海や夏鈴がどうしていたかは知らない。
多少は緊張したが、間違いが起こる気配すら起きなかった。
それから彼の家は、私たちの第二の家と言ってもいいような存在になった。明かりを消してホラー映画を見たり、夜通しゲームをしたり。
単に友人として楽しかった。
その気持ちを抱くようになったのは、いつからだろうか。
何か、ピンチの時に助けてもらった、とか。いつも気にかけてくれる、とか。そういうエピソードはない。
顔はそこそこだけど性格だってそこまで優しくはない。結構毒も吐くし、それがぐさりときたこともあった。
いつからだろうか、そんな彼を意識するようになったのは。
電車で出かけるときにさりげなく隣に座ったり、泊まった時に『うちで朝飯はでないぞ』と言われて面倒だけど作っていた朝食も、いつしか率先して作るようになっていた。
私は、彼らと出かけたり泊まったりすることを今までとは違う意味で楽しんでいた。でもそれは、今までの意味では楽しめないということ。
それでも想いを伝えずにその関係を続けていた。
このままがいいとは言えないけど、このままでよかった。今は満足していたし、この関係が崩れるのが怖かった。
勿論、私をふっても彼はいままで通り接してくれるだろう。それこそ、また家に泊まらせてくれたり。彼はそういう男。でも、万一そうならなかったら。私どころかほかの皆の関係も崩れてしまったら。
それが怖くて、動けなくて動かなくて。
「わーい!晋也だいしゅきぃ!」
「はいはい、俺もですよー」
何の時だったか、何かお礼を言うときに勢いで言ってみた事があった。
だが、返事は冷たいものだった。
勿論私が冗談っぽく言ったのもあるだろう。でも彼は顔色一つ変えずに私をあしらった。これは、少なくとも今はだめだな、と。そう思った。
そうしてずるずると時は過ぎて、ある日。晋也が学校をサボった、ある日。
友人と彼の家を襲撃したら、留守。居留守かはたまた秋葉にでも出かけたか、でもバイクが無いからそこまで遠出ではないか、そんな話をしながら家の前で駄弁っていたら、バイクの音が聞こえた。
今日一日会えなくて萎んでいた私の心に、ぱあっと明かりが広がるような。
全く、一日会えなかっただけでなんだ、と。自分でも思いながらその音源を見たとき、血の気が引いた。
おおよそ二輪で担ぐ量ではない荷物を抱えていたから、ではない。
彼は後ろに目を見張るような美人を乗せ、それはもう楽しそうに笑っていた。
言葉を失った。
ほかの皆が声をあげて晋也を責め立てる中、私一人はその場で一人呆然と立ち尽くしていた。
「…あ、綾香、大丈夫?」
「……え、と。」
晋也がその女の子を連れて家に入った後。夏鈴が心配そうに聞いてきた。夏鈴だけでない、皆が私に同じ目を向けていた。
気づかれてないと思っていた。うまく隠せていると。
皆、気づいていたのだ。
ああ、馬鹿だなあ、私。
皆の関係を崩したくない、とか言って。
もう既に、皆私に気を使っていたのだ。ある意味、ずっと前から崩していたといえるかもしれない。
それでも私は何とか取り繕うとした。わかっていて、しらばっくれようとした。が。
「だ、大丈夫って、な…にが、」
「綾香…」
いつの間にか、涙がこぼれていた。止まらなかった。
あれ、おかしいな、私、なんで泣いてなんか…。
言い訳しようとする前に、夏鈴に抱き寄せられた。らしくもない事をする彼女の胸で、らしくもなく泣いた。
やがて夏鈴ももらい泣きはじめ、亜美も泣きながら抱きついてきて、更には英也と改もくっついてきて。
馬鹿みたいに大泣きして、そのまま変なテンションで皆で馬鹿みたいに奇声を上げた。ご近所さんごめんなさい。
それで、少しすっきりした。
そして、今はと言うと。
「晋也さ、ミカちゃんの事好きなの?」
「あたりめ」
「…即答スカ。」
わかっていても、グサッとくる。
腹いせに晋也の脇腹を結構強めに抓る。「うおぅ」と声を漏らして自転車が左右に揺れて、慌ててやめた。
「もしかして俺のこ──」
「殺すぞ自意識過剰」
「痛い痛い痛い!」
晋也が何か言いかけるのを慌てて遮る。あんたからは言わせないからね。
私は、あきらめない事にした。ミカちゃんがなんだ。幼馴染がなんだ!いきなり現れてかっさらっていくとはいい度胸だ。
確かに彼女は超のつく美少女。知ったことか。美少女上等、負けるもんか!
「……自意識過剰が。」
私は固い意志を確かめるように、もう一度晋也の脇腹を思い切り抓った。
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