告白
「ぬあーん…疲れたぁ…」
「おつかれ。」
家に入るやいなや、ソファーに倒れこむ。
そこまで動いたわけではないけれど、なんだか物凄く疲れた。
「じゃあ、ご飯作るね。」
「おう、さんきゅ」
ミカは当然の如く台所につく。なんとなく流したが、とんでもなく幸せな光景である。
あの後。
ボーリングは結局ミカの無双によって幕が引かれた。三ゲームだけだったが、あんまり長引いても指が辛くなるだけだから丁度よかった。
その後は特にやることもなく、うだうだするうちにショッピングモールへ移動、フードコートでたこ焼きやらドーナツやら各々好みのものを食いながら駄弁って解散。俺とミカは帰りに買い物をして帰ってきた。
ちなみにミカは当然の如く何も食わないため、それに合わせて俺も「腹減ってないから」と何も口に入れなかった。
「ミカさあ、あんまし無理すんなよ?」
機械であるミカに『疲労』という概念があるのかはわからない…というかあるはずはないが、自分はだらだらしてミカに働かせるのが忍びなくて声をかける。
しかしミカは「大丈夫」とだけ言い、首を横に振る。
エプロンを装着し、台所で作業をする彼女の姿は、なんというか見ているだけで幸せ指数を押し上げられるような気さえした。ミカが家で待っていてくれるというだけで、どんなキツイ仕事さえやっていけそうだ。まあ、高校生なんだけど。
やがて食事が出来上がり、二人で食卓を囲む。といっても食事を摂るのは俺だけなのだが、ミカはどうも正面に座って俺をまじまじと見たがる。少々食いにくいが、まあ、いいだろ。
今日のメニューは親子丼にお吸い物、ほうれん草のおひたしに大葉ときゅうりの浅漬け。俺は自宅に帰ったつもりが、どうやら定食屋に来ていたらしい。
「いただきます」
「召し上がれ。」
相変わらず、文句なしの出来栄えである。俺の好みに合わせて、少し濃い目の味にされている。
…が。
「あと一押し、もうひとこえ濃い味になりませんか?」
「だめ。それ以上は体に悪い。」
そうですか。
しかしこれも俺の体を思っての事だと思えば、嬉しい事だ。
「おいしい?」
首を傾げるミカに、口の中身を呑み込んでから「そりゃあもう」とだけ答えると。
「良かった。」
ミカもまた、それだけ言ってほほ笑む。
ああ、畜生。かわいいな、コノヤロウ。随分素直に笑うようになったじゃねえか。
いやはや、それにしてもこの二日間はかなり疲れた。
夢の国に行ったと思えば夜にはスリープという新ギミック、泊まりになればあいつらに居場所がバレ、翌日付き合う羽目に。密度濃すぎるだろ。
…ん?そういえば。
「なあミカ、そういや昨日なんか言いかけてなかった?」
あれは…そう、スマホに連絡が入って、そいで話が途切れたんだ。その時に何か言いかけていた気がするのだが。
しかし、ミカは首を横に振りながら。
「別に。なんでもない。」
「そか。」
何の迷いもなく、言い切った。
ミカがそう言うのなら、そうなのだろう。
なんて。
なんでもないはず、ないだろうが。
今までにミカが、少なくともミカ自身が何でもないと思ったことを口にしたことがあっただろうか。
冗談の通じない、こいつが。
しかし俺は、なんでもないと思いたかったのだ。
「じゃ、いってきまーす」
「いってらっしゃい。」
翌朝。
これまたミカに朝食を作ってもらい、それを腹に入れてから家を出る。「いってきます」を言う相手がいる生活というのも慣れてきた。懐かしい感覚だ。
懐かしいといえば俺は小学生、それこそまだ両親のいた頃から登校は一人だった。家を出るタイミングがバラバラだったからだ。寝坊して時間すれすれの事もあれば、教室に一番乗り、なんて時もある。
そういった俺の習性は今現在も健在なのだ。
「おう晋也!一緒行こうぜ!」
だからこんな風に英也が表で待っているなんてことは、普段はありえないのだ。
「どした?急に。」
「いやさ、今日はいつもより早く家出たからちょっと待ってみようかなって。」
「ほーん」
気まぐれ気まぐれ、らしい。
英也の家はうちよりも少し学校から遠い。我が家の前を通るルートは最短ではないが、それでも最短と大差ない為、一人の時もちょくちょく使っているらしい。
俺の自転車が停まっていたから、何となく待ってみた、と。だったらインターホンくらい押せばいいのに。
「機嫌良いな。」
「そう?ミカが作ってくれた朝食のお陰かな?」
「あっそ」
田んぼの中、道だけがある道を並んで走る。
「お前、最近露骨に元気だよな。」
「んー、そう?」
英也は呆れ気味に「そーだっつの」と言われる。学校ではそんなに変わってないつもりなんだけどなあ。
まあでも、そうかもしれない。
家族のいない生活に、慣れてはいた。慣れてはいたが、枯れてはいない。
「『いってきます』とか『ただいま』とか言う相手がいるってのは、やっぱいいもんだからなあ。」
「…返しにくい事を言うな。」
「おめーからふったんだろ」
いつもは退屈な通学時間も、やはり誰かと話していると短く感じる。気が付けばもう学校に着いていた。
「オウ晋也、調子はどうだ?」
「ハーイシンヤ、元気?」
「は?普通だけど…なに?きめえわ…」
教室に入るなり、改と亜美が外国人のような挨拶をかましてくる。するとそれに続けて。
「おはようございます。ご機嫌いかが?」
「あー、結構なお手前で。」
優等生ぶったようなわざとらしい口調は一見、というか一聞するといつも通りの夏鈴だが、やはり『ご機嫌いかが』は不自然すぎる。
つまるところ、夏鈴もまた様子がおかしい。が、問い質してもしらばっくれやがる。
なにこれ?新手のいイジメ?精神的に俺を削ろうとしてる?
ほかのクラスメイトは普通なあたり、この調子でいくと…
「おっす、おはよー晋也ー」
「ん、ああ、おはよ。」
「?どうかした?」
良かった。綾香はいつも通りである。
綾香には「何でもない」とだけ言って席に着く。
奴らは聞いてもしらばっくれるし、と言っても何か隠してる、とか様子がおかしい、とか言うにはちょっとインパクトに欠けるというか。
ただただ意味不明である。
で、面倒臭いからもう忘れることにした。
「やあ晋也君。学食にでも行かないかい?」
「…はいはい。」
昼。
やはり不自然に俺を誘うのは夏鈴である。一緒に来た英也と綾香は普段通り、なんら変わりない。…が。
「ハッハッハ!俺たちも同席していいかい?」
「早くいきましょ!食事は待ってくれないわ。」
珍しく改と亜美もついてくるらしい。朝にもまして、ドキュメンタリーの再現VTRの外人のような喋り口だ。鬱陶しい。
「なあ、お前らどうしたよ。」
ラーメンを持って席につき、早速聞いてみる。
すると三人、つまり改亜美夏鈴はわかりやすくビクッと肩を震わせる。もう、わざとらしいほどに。
「なんの事でございましょう」
「そうよ!あなたこそどうしちゃったの?」
「ハッハー!やぶからスティックにねえ!」
あー、もういいわ。うっぜえ。改に至っては再現Vの外人どころかルー大柴だし。
正常な人間(つまり綾香と英也)に何か知っているか聞いてみるも、芳しい返事はない。綾香の方は額に血管が浮いているような気もしたが…まあ、きのせいだろう。
「ところでシンヤ、調子はどうかしら?」
「それは今朝も聞いていましたわよ、ミス亜美。」
「ハッハ―!亜美ってば sake cup ちょいだな!」
俺は一刻も早くラーメンを片付けてこの場を脱出することを第一目標としたのだった。
「うわーコーヒーなんか飲んじゃってかっこつけて、ムカつくー。」
話の通じない化け物から逃れるように学食を離れ、自販機の前で缶コーヒーを飲んでいると、ついてきたのか綾香からいわれのない文句をつけられる。
炭酸の気分じゃなかっただけなんだけどなあ。
「コーヒー=かっこつけって発想が既に頭悪いよな。」
「うっわ普通にムカつく」
コーンポタージュの入ったスチール缶で肩をどつかれる。普通に痛い。
実に理不尽なる暴力である。
「なんかもうめっちゃ疲れたよ。あいつらなんなん。」
「うん…そうだね。」
「?」
…ん、綾香も少し様子がおかしい、か?
普段のこいつならもっとベラベラ話してきて、そのまま放っておいても一人で話し続けるような奴、なのだが。
奴らのように露骨に狂ってはいないが、今日はひときわ大人しい。
「綾香、どうかした?」
「え、いや、別に、どうもしないよ?」
「どうもしない事──」
そこまで言いかけた時。昼休みの終わりを告げる予鈴で、声を遮られる。
「ほら、予鈴だよ。教室もどろ。」
「…おう。」
やっぱり、綾香もいつもと違った。
いつもなら予鈴なんかよりも缶の中の残党、即ち残ったコーンを気にかけるというのに、そんな素振りすら見せずに缶を捨てて教室へ戻ってしまった。
考えられる可能性としては、今日はすっきり全部とれただけ、くらいか。
全く、薄情ではないか。
ほうきを握る手を動かしながら思う。
別に、毎日一緒に帰ろうとか約束しているわけではない。だが同じ自転車通学である英也と改は、よく一緒に下校している。それなのに、俺が掃除だからってなにも言わずにさっさと帰るなんて──
ここまで考えて、我にかえる。
薄情なの、俺だわ。
ミカが来た途端、早く帰りたいがためにあいつら置いて速攻帰ってたわ。
うんまあ…おあいこだな!
「おい中山!いつまで同じ場所掃いてんだよ!床なくなっちゃうだろ!」
「おっ、スマンスマン」
同じく掃除の女バス、川野に怒鳴られて掃除を再開する。その突っ込みはどうなの。俺の事なんだと思ってんだよ…。五劫の擦り切れ、的な?
やがて掃除が終わり、教室を出ると。
「やっ」
「おう」
扉の横で壁に背を預けていたのは改でも英也でもなく。
綾香だった。
「えと、誰か待ってたの?」
「うん。晋也を。」
え、俺?綾香は電車通学のはずなんですが。
俺が疑問を投げかけようとすると、それを察したのか綾香は「いいから」とだけ言って踵を返して歩き出す。ついてこい、てことだろうか。
文句も言わずに後につくと、そのまま駐輪場に入る。
「晋也のチャリ、どこだっけ?」
「あそこだけど…いやお前」
「いいから」
いいからって…俺が良くないって。
やがて自転車までたどり着くと、振り返った綾香は両手を腰に当ててふんぞり返る。
「今日は一駅分くらい歩きたい気分なのだ!」
「そうですか、では。」
そのまま帰ろうとする俺の首根っこをガシッと掴まれ、自由を奪われる。
綾香は電車通学。つまり学校の最寄り(と言っても十分と少しほど歩く駅)からの通い。そこから綾香の家の方面に一駅というと、つまり俺の家の最寄り。
丁度いいから付き合え、と?
「めんどくせえ」
「まあまあ!そう言わずに、たまにはいいじゃん!」
でも実際、そのためにわざわざ俺を待っていてくれたと思うと、それを無下にするのは多少負い目に感じることも…いやねえけど。
「わーったよ」
「いえーい」
結局断りきれず、付き合うのだった。
「したら由香のやつえっらそーに『部内でそういうのどうかと思う』とか言ってさ!」
「うっわそれひでえな」
他愛のない話をしながら自転車押して歩くこと、十五分。俺の家は自転車で精々二十分程度だが、それでもしかし歩けば結構時間がかかるものだ。まだ半分にも満たない。
綾香を後ろに乗っけて走ればすぐなのだが、本人が歩きたいと言ってるもんだから何となく、それに付き合ってやろうという気分だった。
別に急ぎの用もないし、なんとなく。ただ何となくこいつの我儘に付き合ってやろう、と。
「晋也ー」
「はいな」
「ちかれた。後ろ乗っけてー」
……………。
いや、いいよ。
いいんだけどさ。
だったらもっと早くからそうしてくんねえかな!
こっちは自転車という文明の利器があるにも関わらず、それを邪魔くさい荷物置きにしてまで付き合っていたというのに。
結局それかよ!
「最初っからそーしてくれよ」
「えへ、そろそろ、大丈夫だから。」
満足した、という事だろうか。
俺がチャリに跨ると、綾香も慣れたように後ろに乗る。というか、慣れている。
俺の家に泊まってそのまま翌日学校に向かう時、俺の後ろはきまって綾香だった。別段決まりがあったわけじゃない。
ただ、そうだったわけじゃない。
「ねえ、晋也」
腹に回された綾香の手に、不意に力がこもる。
「はいな」
「あと何回、こうやって二人乗りするんだろうね。」
唐突に。
突然に、綾香は呟いた。
「知るか。」
んなもん。
別に卒業が近いって事でもねえのに。なに、もしかして引っ越しでもすんの?もしくは…死亡フラグ?この平穏な日本で?バトル展開の予定はないですよ?
「そう──だよね。」
綾香は。
寂しい様子も。
怒った様子もなく。
只当たり前の事を当たり前に頷いた。
その後。特にこれといった会話もなく。
「あれ、晋也」
「駅までくらい送ってくよ。」
家を通り越してもスピードを緩めず、そのまま駅に向かう。
チャリ押して歩いた距離に比べれば大したものではない。
やがて駅前になると、店や人通りも多少は増えてくる。が、平日の昼(というか夕方?)なんて、大して人はいないのだが。
「人もいるし、そろそろ降りよ。」
「ん、そう?」
ぶつかると危ない、というほど人もいないし、見られることを気にするような輩ではないのだが。
また、『歩きたい気分』ですか。
ま、いっか。ここまできたら最後まで付き合いますよ。
自転車を降り、並んで歩く。大通り、というほど上等な道ではないが、そこから一本外れている為歩道はない。人通りも、少ない。
並んで、歩く。
「私」
綾香は不図。
足を止める。
ワンテンポ遅れて、俺もその場に止まり、振り返る。
綾香はまっすぐ、俺の目を見て。
「晋也の事が──」
え、おい、ちょっと待て。
やめてく──
「──好きです。」
シチュエーション作りも、誤魔化す為の空気の読めないエンジン音もなく。
前置きも応援する友人もなく。
その言葉は突然に発せられ、確かに俺の耳に届いた。
「ずっと前…ではないけど、気が付いたら貴方の事が、好きでした。」
よしてくれ。
俺にはあいつが。
俺は。
「付き合って下さい」
足を動かすこともなく、俺たちはただその場に立ち尽くした。
否。
立ち尽くしたのは、俺だけだ。綾香はしっかりと覚悟をして、俺と相対している。
校舎裏でも綺麗なイルミネーションの前でもなく、テーマパークでもない。ただ駅近くの路上で、俺たちは見つめ合っていた。
睨み合い、と言ってもいいかもしれない。
きっと一分もたっていないであろう、俺たちの無言は、しかし俺には数時間にも感じられた。
いや、おかしいだろ、俺。
本来は告白した綾香の方が緊張しているはずなのに。
この沈黙を破るのは、俺でなくてはならない。『想いを伝えたかっただけで、答えは求めていない』なんて、言ってくれる事を期待してしまっている自分に、嫌気がさす。
俺は一度、緊張に乾いた唇を湿らせて。
「ごめん。俺はお前と、付き合えない。」
誠意と勇気の籠った綾香の想い。こちらも誠意をもって答えねばなるまい。
「理由、聞いてもいいかな。」
綾香は泣くでも笑うでもなく、変わらず真剣な表情のまま俺に問う。
理由。
断る、理由。
俺はなぜ、断るのか。
かつての俺なら、違う答えを出していたのだろうか。
可愛い彼女ができると、喜んでいたか。
はたまた、面倒だから彼女なんて作る気はない、とでも言っていただろうか。
どちらにしても、曖昧な答えだっただろう。
しかし今の俺は、違う。
『好きです』と言われたその時、俺は別の女を思い浮かべたのだ。
「俺は」
俺は。
「綾香の気持ち、嬉しいと思っている。」
本当。
当たり前だ。顔はかわいい、性格は明るく、一緒にいて楽しい。
そんな女の子に告白されて、嬉しくないはずがないだろう。
「ただ俺は、お前に告白されたのにミカを思い出しちまった。」
思い浮かべてしまった。
ここで、初めて綾香の表情が曇る。
少し眉を寄せ、視線が下がる。
『やっぱりね』とでも言いたげに。
「俺はミカが好きなのかって言われると、正直わからない。」
最初はただかわいくて、着せ替え人形にして愛でていただけだった。
しかしミカは段々と人間的な表情を見せるようになり、俺の為に何かしようと一生懸命になる姿を見ているうちに、俺のミカへの想いも少しずつ、形を変えていった。
ミカの事が好きなのは違いないが、それがどういった『好き』なのかは本当に自分でもわからない。
自分でもわかっていないからこそ。
「こんな中途半端な状態で、お前と付き合うなんてできない。それじゃああんまりにもお前に不誠実だ。」
と。
ここまで言って、公開する。
これでは、綾香をフる言い訳を、綾香自身に押し付けているようではないか。
優柔不断な俺が悪いだけだというのに。
しかし綾香はそんな事を気にもしないように、ニッと歯を見せずに笑い。
「そっか。わかった。ありがと。」
何に対する、『ありがと』なのだ。礼を言われる覚えなど、無い。
「じゃあ、私、帰るね。」
「あ、おう、じゃあ…」
駅まで送るよ、なんていいかけて慌てて引っ込める。
綾香は俺を追い越したあと、数歩進んでから立ち止まる。
「あのさ」
「おう」
「この事は忘れて、なんて言わないけど、明日から普通に接してくれる?」
「ああ、勿論。」
勿論。
こっちだって、そのつもりだ。
善処する。
「じゃ、これからもよろしくね」とだけ言って歩き出す綾香の背中いつまでも見続けはせず、俺も綾香に背を向けた。
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