新たな特技
「あのぅ、ミカさん?」
「……」
恐る恐る、声をかけるも、ミカは何も語らずにぷいっとそっぽ向いて俺を無視する。
「なに、どしたの…ねぇ」
「別に。」
そっぽ向いた顔の方に回り込んで見ても、目を合わせてくれない。
綾香との一連の茶番が終わり、そういえばミカはどうしていたか、と聞こうとしたらこれだ。
こいつらに何か嫌な事でもされたか。もしくは何か吹き込まれたか。
「いや、何もしてねぇよ」
振り返ると、俺の心中を見透かしたように英也が首を横に振る。
俺はまだ何も言ってない。否定から入るとは、怪しいな。
他の者も同じく、といった風に頷く。改と亜美はイチャラブモードに移行してこちらの視線など全く気付いていないが、そこはスルー。
うーん、綾香はずっと俺と一緒にいたしなぁ、と綾香の方を見ていると。
「晋也。」
「ぐぉっ!?」
ミカに胸倉を掴まれて今度は無理やり視線を合わせられる。
…と、思ったらまたすぐにそっぽ向いてしまう。なんなんすか…。
…ん?これってもしかして。
「ミカさん、ヤキモチですか?」
するとミカは俺の胸倉から手を離して少し考え込む様に空を眺めた。そして。
「そうか、これはヤキモチなのか。」
「そんなわけないでしょ(冷徹)」でもなく、「そ、そんなわけないでしょ!(羞恥)」でもなく。それは素直に、まるで数時間悩んでいた問題がパッと解決したかのように、すんなりと認めたのだ。
素直だ。実に素直で、言われたこちらとしてはかなりこっ恥ずかしいものではあるのだが。
「か、かわいくはない…」
「む」
「ああえっと、何でもないっス。」
あれ、かわいくないとか言われると、こいつも気にするものなのか。ならこれからは少し気をつけるかな。
そんな事を考えていると、さっきまで黙っていた、というか狂っていた綾香が注目を集めるようにパンと手を叩き。
「ちょっと!アンタらがイチャコラしてるのなんて見たくないから!せっかく来たんだしボーリングしよ、ボーリング!」
アンタら、というのは俺とミカの事だ。改と亜美の方に関してはもう慣れたというか、諦めたというか…。
とにかく、うだうだパートは終わり、我々は受付へと向かうのだった。
「いぇーい」
「おー、ナイスぅ」
五番目の投手、綾香が初球でストライクを出す。それを見て皆が軽く拍手。
ボーリングはワンレーン四人までだったので、二つのレーンを使っている。完全ランダム、公平公正のぐっぱで別れた結果、隣は改、亜美、英也の三人。つまりこちらは期せずしてハーレムだ。
英也が死ぬほど羨ましそうな顔をしていたが、おそらくハーレムだから、ではないだろう。まぁ隣と言ってもレーンは二つずつくっついているようなものなので、精々座る位置くらいの問題だ。
よしやったるでぇ、と英也は肩をほぐしながら前に出る。順番は夏鈴、改、俺、亜美、綾香、英也。そして最後にミカだ。
前の順番に特に意味はないが、ミカがラストなのは理由がある。
ミカには、ボーリングの知識はあっても、当たり前だがやったことはないのだ。だから見様見真似でも、この素人共の動きを見てから、という計らいだ。
そしてその素人の一人、今まさに英也が一球を投じ。
「っしゃぁ!俺もストライク〜」
「まぁこれは無理だろうけどな。」
「皆と全然違うね。」
「当たり前だろ」
その間、俺らはミカにプロボウラーの動画を見せていた。
「おい」
「ね!ちょっとその関連動画のさ、そ。それ!ストライクギネス記録ってやつ!見たい!」
「やめろ、外で動画見ると通信量馬鹿になんねえんだから!ちょ、おい!やめろーっ!」
「おい!!」
実際、見せるだけだったらこっちのほうがいいだろう。と思っての結果だ。折角ストライクだったのに反応して貰えない英也が何か喚いているが、こっちはミカに教えるので忙しいのだ。後にしてほしい。
「英也ーいえーい」
「ないすー」
「お、お前ら…っ!」
見かねた亜美と改が英也とハイタッチ。俺らの心を鬼にした行為によって彼らの友情がより一層深いものとなったらしい。うんうん、素晴らしいね。
「まぁ、とりあえずやってみて、だろ。」
「わかった。」
満を持してミカのターン。球は9ポンド。それを胸の前に構えてふぅとひと呼吸置き。
「おお…」
「これは…!」
まっすぐ後ろに振り上げられた右手は流れるように美しい弧を描き、やがて地面が近づいた完璧なタイミングで球を離す。
先程動画で見たプロボウラーを、そのままコピーしたような完璧な動きだった。もう、あの動画だけで良かったのではないか。
…と、思ったが。
──ガコン!
「「「………………」」」
ミカの手を離れた球は、先のフォームなど知らぬとでも言わんばかりに、ほぼ直角に転がって溝にハマり、勢いを無くしてゆっくりと、無慈悲に転がっていった。
「えっ……」
「うーん、難しい」
おかしい。
絶対におかしい。
だって、投げた後のフォーム、足をクロスさせるところまで完璧だったのに、どうしてボールだけがそんな動きをするのか。なんか、ミカとボールの間で時空でも裂けたんじゃないのか?
「そのフォームでその球を投げるほうが難しいなぁ…。」
改は容赦無く言うが、きっと脳が事象の理解に追いついていないのだろう。無理もない。
きっと、フォームから超下手くそとか、フォームが綺麗でも結局ガターとか、それだけなら笑いになったのだろう。しかし不思議なことに、理解の追いつかない事象を前にして我々は困惑を隠せなかった。
「まぁ、最初ですし。こういう事もあります(?)よ。」
次の、つまり最初の投手である夏鈴が微妙な空気を払拭しようと声を上げる。
うん、その通りだ。初めての時なんて、そんなもん…うん、そんなもん、なのだ。…うん。
先は長そうだ…。
「ねぇ、ミカちゃん。どうしちゃったの?」
「どうしたって。同じ投げ方をしてるだけ。」
若干顔を引きつらせた綾香の問いに、何でもないといった様子でミカは返事をした。
というのも、ニゲーム目の六投目以降、ミカは全てストライクを出している。現在三ゲーム目に入っているが、ずっとだ。
記念すべき第一投が惨憺たる有様だったミカだが、まず投げ方を説明したところ真ん中ド直線の軌道へと大きく進化した。しかしこれでは左右にピンが割れてしまい、毎回スピリットとなった。
次に、ネットで『ボーリング コツ』を調べ、カーブやスピリットの対処などを読ませた。ここからミカの真の進化は始まる。
ド直線軌道では無くなり、カーブがかかるようになった。俺でも出来ないのに。
最初はピンが過半数倒れる、くらいだったのが、様々なサイトに目を通して最適化する事によって8ピン、9ピンと増えていき、そしてニゲーム目の六投目、遂に全てのピンを倒したのだ。
そこからは本人の言う通り、『同じ投げ方をしている』だけなのだろう。
全く、チーターである。
「私は…ボーリングでも、ミカちゃんに負けるのか…。さっきまで初心者だったのに…」
「ふ」
綾香がガックシと膝を折る。それに合わせてか、ミカも勝ち誇ったように鼻で笑う。
またも綾香はミカと張り合うのか。ボーリングくらいどうでもよくないか?
他の皆は張り合うつもりはない、というよりそんな気があっても削がれるだろう。ミカのチートぶりを見て苦笑いしている。
「も、もう…」
「ん?」
「ボーリングには来ない…っ」
「えぇ……」
そこまで気にするか。
にしてもミカ、これならプロボウラーとしても食っていけるな。いや、充電していける、か?
他の競技、例えばサッカーだったりテニスだったり、球技でなくても柔道だったり剣道だったり。相手や仲間の動きによって全く違う動きを必要とする競技は厳しいかもしれないが、ピンという動かない物をボールで倒す、状況の変わらない競技なら強いのか。
アンドロイドだから全く同じ動きを繰り返せるんだもんな。
まぁ、これからこいつをボーリングに連れてくるのはやめよう。悔しいという感情は沸かないが、同じ行為を繰り返すだけ、なんて、ミカにとってはきっとただの作業でしかないのだから。
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