仏頂面が綻ぶ時

新木稟陽

かわった落とし物


「くぅっ……さっ…さみぃ…」


 まだマフラーや手袋は必要ないけど、朝方や夜になると少々冷えるようになってきた。そんな時期の、朝七時。

 寝起きは低血圧の俺にとって、この時期はもう既に布団が俺を掴んで離さないには十分であった。

 はっはっはっはっ、とハスキー犬よろしく荒い息遣いのままなんとか布団を這い出して朝のコーヒーを入れる。手動のコーヒーミルで豆を挽き、一~二杯飲む。毎朝の俺の習慣であり、朝食の代わりだ。朝腹が減らないということではないのだが、なにぶん作るのが面倒くさい。で、結局毎朝これだ。


 テレビを付け、適当にチャンネルを回すがめぼしい物はない。

仕方なく録画したアニメ(この回を見るのも既に四回目なのだが)を見ながらコーヒーを啜る。

 最近の朝の情報番組は半分以上どうでもいい情報しかやらないのはいかがなものか。朝はニュースだけやっていれば良いのだ。騒ぐのはバラエティに任せておけ。…と、言っても今度はそのバラエティさえつまらない。

 ここのところはネットの進歩が激しく、対照的にテレビがしぼんでいるな。


 歯を磨き、制服に着替え、家を出る。

 ああ、億劫だなぁ、学校。


「いってきまーす」


 玄関で一人、家に挨拶をして鍵を閉める。返事が無いのは当然、俺の両親は三年前、俺が中二の頃に事故で死んだのだ。

 若くして両親を失ったのは勿論悲しかったが、元々両親共働きだったこともあって独り暮らしスキルはそれなりにあったし、家で一人でゴロゴロするのも好きな質だったから立ち直りはそれなりに早かった。

 以降、俺は両親の残した一軒家で独り暮らしをしている。都内までは一時間ほどの首都圏、それなりに田舎。独り暮らしには大きすぎるが、一般的には大きくも小さくもない家。

 こんなエロゲの主人公みたいな暮らしだが、お節介な後輩が毎日朝食を作りに来たり、ツンデレな幼なじみが偶然タイミングが合った、と装って一緒に登下校してくれたり、というイベントは無い。

 だがしょっちゅう友達をあげたり泊めたり、たまに祖父母や叔父叔母が遊びに来たり。

 家には俺しかいないから「なんか学校めんどいなぁ」と思ったときにはサボりも自由。成績も問題ない為、「体調を崩した」と電話すれば担任はこちらの心身なんかに妙に気を遣って優しく承諾してくれる。

 かなり充実した日々を送っていた。


 学校までは自転車で三十分程。かなり近い。

 その道中、家と学校のちょうど真ん中ほどの座標にある公園。そこを横切った時だった。目の端に不自然な物が移った。

思い切りブレーキを握り、付けていたイヤホンを外す。

 公園、と言ってもかなり広く、半分は林のような場所だ。そしてその林の中に、何やら不自然なものが…。

 いやいやいやいや!見間違い見間違い!ありえねえって。きっと日々の疲れからの幻覚だ。まだ月曜日だけど。

 一応、一応もどって確認してみよう。家のドアの鍵と同じ。ちゃんと確認しないと一日中もやもやしちゃうからね。

 俺は自転車を降り、少しバックして公園の中を覗くと。



 そこに、銀髪の美少女が、全裸で横たわっていたのだ。



 いた。いやがったよ。

 まるで棺桶に安置された遺体のように安らかな寝顔で、手を腹の上で組んでいる。腰まで伸びた銀髪は枝毛が一本もなく、シャンプーのCMのように綺麗に纏まっていた。それは美しいを通り越して神聖とすらいえるような光景だった。

 冷静に考えたら田舎の公園で全裸で寝てるなんて、神聖とは程遠いけど。


 だが、そんなことはどうでもいい。問題はそこではない。

 全裸で眠る絶世の美少女。如何にして俺はそれを前にこんなにも冷静に理性を保っているのか。


 あまりの美しさに性欲すら忘れ見惚れたから?

 違う。


 眠る女性に手を出すなど、そんな強姦まがいなことは出来ないから?

 まあそれはそうなんだが、この問いに関して正解ではない。


 あまりにも安らかな寝顔から死んでいるのではないか、とビビったから?

 違う。


 そろそろ肌寒くなってきたこの時期に屋外で全裸という行為にドン引きしているから?

 それも違う。


 そもそも野外での全裸活動にドンドン引きしているから?

 そうじゃない。



 全裸の銀髪美少女。あらわにされた彼女の肢体。それはおおよそ人間の体のつくりでは無かったのだ。

 一見手足は、というか体も人間のそれと区別つかない。が、彼女の胴体と手足の付け根、そこはさながら可動式フィギュアの関節部分のような構造になっていた。

 更に言うと胴体。バストウエストヒップは人間らしい滑らかな曲線を描いていたが…突起も穴も無かった。あまりストレートな表現はしたくないのだが…つまりはツルンとしていたのだ。


 が、俺はある意味で銀髪の、人間の美少女が寝ているよりも大きく興味を持った。

 あれは、人ではないのだ。ならば何だ!?人形か?先に説明した形状からしてダッチワイフではない。

 俺は迷わず自転車を止めてそれに駆け寄った。

 近くで見ると、その精巧さに度肝を抜かれる。間近で見ても尚、それは人の目を欺く事の出来る精緻さを持っていた。それは、作り物と解っていても唇を奪いたくなるような…。


「日本語、わかりますかー?…なんてね、ははは」


 と、思わず声をかけて人間でないことを確認しながら頬に手を差し伸べた時だった。その人形の目が、さながらホラー映画のワンシーンのように突然ギョロリと目を見開いたのだ。


「うわあぁあぁっっっ!!??!?」

「…………。」


 俺は人目も憚らずに大声を上げて転げるようにそれと距離を取った。ちなみに憚る人目は無い。

 目を開いた人形。今度は起き上がり、じっとこっちを見つめている。あんっ…そんなやめて、人形だと解ってても、解ってるはずなのにどぎまぎしち──


「はい。日本語、わかります。おはようございます。お名前、伺っても宜しいですか?」

中山晋也なかやましんやですあ、石澤先生、おはようございます。すみません、ちょっと風邪ひいちゃって…はい。…はい。はい、ありがとうございます。いえ、そんな大したものではないのでご心配なく。…はい。では失礼します。」


 なんと!この人形、いやロボなのか!?喋るのか!!ついナチュラルに学校にサボりの連絡を入れてしまった!


「中山晋也…私は、ミカ。」


 そのロボ、ミカは握手を求めるようにこちらに手を差し伸べてきた。これ、実は握力がもんのすごくて手を握りつぶされたりしないだろうか、という心配が頭をよぎったが、好奇心に負けて握手を返した。…うん。大丈夫みたい。


「晋也でいいよ。よろしく。あと敬語も使わなくていいけど…そういうプログラミングかなんかされてるのかな?」

「わかりました、晋也。これからは敬語を廃止、タメでいきます。」


 ううむ。


 流れで自己紹介とかしちゃったが、これまずいんじゃないか?だって、こんなハイテクなロボ、見たことも聞いたこともない。何かのドッキリ、ならまだ良い。万一これがどこかしらの極秘機関の実験場から逃げ出した、なんて話だったら、俺の割に合わねえよ。


「ええと、ミカ、はさ。なんつうかこう、記録とか記憶とか、あるの?」

「…──…─…。いえ。全く。どうやら制作者側で意図的に削除されたみたい。」

「へ、へぇ~。」


 やべー…これやっべーーー……!

『制作者側から意図的に削除』とか字面がやべぇーーっっ!!

 やべえなあ、どうしようかなあ。でも記録がないってなるとこのまま放置する訳にもいかないか?警察に持ってくのもなんかなぁ。


「取りあえずさ、これ着なよ」

「……着た方がいいの?」


 今日ちょうど体育があった、のではない。先週持ち帰った体操服を早々に学校に置こう、という魂胆でちょうど体操服を持ち合わせていたのだ。ナイス俺。

 ミカは俺の差し出した体操服を受け取ると首をかしげる。

 はい。是非着てください。ロボでもアンドロイドでも、ぱっと見人間と変わらないその姿でぱっと見全裸は危険です。

 体操服、といってもうちの学校のは見た目ただのジャージ。そのまま買い物やらファミレスやらゲーセンやら、田舎だからというのもあって普通に出かけられるくらいの見た目なのだ。

 あっ、かわいい。非人間的な部分が服で隠れるとああ、やべぇかわいい。持ち帰りたい。一緒に映画なんか見たりして、ちょっといい雰囲気になって、そのまま…ムフフ…な展開になりたい。最初はちょっと顔近づけるだけで照れちゃったりして。でもだんだんエスカレートしちゃったりなんかしちゃったりして。んーでも服脱がすとロボだから、そこまでの甘酸っぱい感じを楽しんだりなんかしちゃったりしたり?

 て、いきなり何考えてんの、俺。


「お邪魔しまーす」

「はいはいいらっしゃいいらっしゃーい……………て、あっ」


 しまった!お持ち帰りしたいなぁ、したいなぁと思ううちに、いつの間にかお持ち帰りしてた!

 …し、仔細無い。ひとまず玄関先でうろうろしてても仕方ないから入れよう。随分すんなり入ってくるし。







「そう。困った。つまりミカは行くあてが無いのだ。」

「んー、それはマジで困ったなぁ。」


 家に入り。取りあえず俺は着替え、折角だからミカも俺の小さくなって履かなくなったのに取ってあったジーンズとTシャツに着替えさせた。メンズだが、この組み合わせなら十分かわいくなる。てかコイツならなんでもかわいくなる。

 で、ある程度話したのだが。

 まずこいつが記憶無いのはさっき言っていた。全く、無いらしい。何のために産み出されたかも、何があって放り出されたかもわからない。

 行くあても、行き先も持っていないのだ。

 つまり俺が拾わなかったらあのまま放置だったかもしれない。それどころか変態の家で変な汁まみれにされていたかもしれない。もしくは今から俺がするかもしれない。


「よし、ミカ。取りあえずうちに住めよ!」

「わかった。他に行き先が無い。厄介になる。」


 えっと。

 二つ返事で了承してくれたけど、こいつも行く当てがないからだろうか。

 仕方ないよね!だってここまできちゃったし、放り出せないもんね。大義名分は作り物とは言えかわいい娘を放り出せない、正直に言えば家に置いておきたい。

 よし、じゃあどうしようかなぁ。なにしよっか。うーん、可能性は無限大!素晴らしいなぁ、世界ってこんなにも輝いていたんだ!


「じゃあまず最初に、服買い行くか!」

「服?晋也が買ってくれるのか?何故。」

「そりゃあ、お前何でも似合うからいろいろ着せたいんだよ。うちに女物の服無いしね。」





「これ、お願いします」

「ありがとうございま~す!」

「晋也。そんなに、大丈夫?」


 現在地、某アウトレット。実は私、バイクの免許持ってまして。後ろにミカを乗せてそれをすっ飛ばしてやってきた。高速はまだ二人乗り出来ないから下道使ってね。

 両親の残した貯金プラス生命保険。無駄遣いせずに普通に暮らしてきたからかなり余裕はある。今まで浪費はせずに貯めていたが、そうか。俺はこの時のために金を貯めていたのか。

 緩いニットセーターにロングガウン、トレンチコートプードルジャケット。スキニーデニム、ラップスカートロングパンツ。パンプスローファーハイヒール、ベレー帽キャスケットシルクハットエトセトラエトセトラ。

 嗚呼、幸せや。何を着せても似合う。バイクなのに。帰り荷物運ぶのすんごい大変なのに。いっぱい買っちゃう。郵送なんかしたくない。早く持ち帰って着せたい。愛でたい。


「晋也。大丈夫なの?」

「大丈夫だよ~問題無いよ~」


 ミカなりにこちらの財布を気にしているのだろうか。大丈夫だ、問題ない。

 こんなに楽しい買い物は人生で初めてだった。







「はぁ……幸せ。そしてこれから更に幸せになる。」

「おかしい。服を買ってもらったのは私の方。」


 急遽アウトレットで購入した登山用リュックに服を詰め込み、それをミカが背負い、ミカに元々装備させていたリュックにも服を詰め込み。それでも余った分は紙袋で抱えてようやく帰ってきた。

 服にそれほど興味の無い俺だが…そうか。かわいい女の子を連れて行くのはこんなにも幸せ指数を爆上げしてくれるものなのか。

 …と。幸せメーターが振り切った事で浮かれていた俺は、家の前の人溜まりに気付かなかった。


「ナァニ、居留守かと思ったら遊びに行ってたの、この…………………っ」

「…おう!晋也ァ!おめぇやっぱ学校サボっ………っ」

「先生の優しさにつけ込んで晋也くんばっかずるいぞーーっ…………………っ」

「おいおいおサボりがツーリングとはいいゴミ分だこ……………っ」

「私、そういうの、あんまりたくさんするのは良くないと思……………っ」


 普段、よく一緒に遊んでいる五人。俺がサボったのを察して彼ら彼女らが我が家に来訪していたらしく。


「「「「「誰じゃそりゃぁぁぁっっっ!?!?!??!!?」」」」」


 初日にしてばれた。

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