芽生える何か


 バイクをとばして二人を振り切って来た場所。


─ただのゲーセン。


 だって俺高校生だし。連れるは身の丈に合わない代物だけど、行先まで調子こいて高級レストランなんかにしたら空回りまくる未来が容易に想像できるし。…てかこいつ食事しねえわ。

 バイクを降り、自分とミカ、両方のヘルメットを持つ。別に変なのに絡まれた経験なんか無いが、ゲーセンだしね。一応ヘルメットは持ち歩く。

 と、俺が店内に入ろうとすると、ちょっと、とミカ止められる。


「ん?…もしかして嫌だった?」

「そうじゃない。ちょっと。」


 ミカはトートバッグ(これもアウトレットで買った)をごそごそと漁ると、取り出したるは赤系統(カーマインというべきか)のベレー帽。それをきゅっと被ると小さく「うん」と満足げにうなずく。


「あああああああああああああ!!!」

「?どうしたの、晋也。」


 ごめんなさい!俺が、俺が買った服だけどさ!そんなかわいい恰好でゲーセンなんか連れてきてごめんなさい!それもう、少なくとも夢の国くらいは連れてかなきゃダメなレベルだよ!

 俺の突然の大声に珍しく驚いたのか、ミカは少し目を見開いた。驚いた、と言っても『!』エクスクラメーションも付かない程度だが。


「や、ごめん。いこっか。」

「ん。」


 ミカは黙って、文句ひとつ言わずについてくる。こんな美少女を侍らせているとどうも悪目立ちしてかなわない。ほら、あそこの女子高生集団なんてきっと「うわ、何あのカップル、めっちゃ不釣り合い!」「ほんとだ!弱みとか握ってるのかな…」とか言ってるに違いない。


「ちょっ…見て!見て!あの子!」

「えっ!?やばいめっちゃかわいくない!?なんで一人でゲーセン歩いてるの?ナンパ待ちですか?なのですか!?」


 はい、俺の事なんて見えてすらいませんでした。泣いても、いいですか。

 まぁよい。今の俺は外野の反応なぞ関係なく幸せなのだ。

 横を見ると、ミカは随分物珍しそうに店内を見まわしていた。


「私、ゲーセン来たの初めて。」

「でしょうね。」


 だって記憶ないもんね。寧ろゲーセンの記憶だけ残す、なんて開発者だったら意味わかんねえよ。なんかむかつくからひっぱたいてやるわ。

 店内を物色し始めて間もなく、ミカはとある台の前で立ち止まり、ガラスに手を当ててものほしそうにその中身を見つめる。

 おう、これはあれか。


「それ、欲しいの?」


 中身を指さして問うと、ミカはこくりと頷いた。よーし、ここは僕、頑張っちゃうぞ!

 一回百円、六回五百円の表示。俺は安全策として、一気に五百円を投じた───





「すごい。ありがとう。」

「へへ、もっと褒めろ」


 一度に投じた五百円。それによる回数ボーナス、つまり六回目で俺はなんとかその獲物を狩ることに成功した。連コインの挙句あきらめる、という無様を晒さなくて良かった。ありがとう、俺の才能。ありがとう、アームを強めに設定してくれた店。


「すごい、ほんとにできた」

「へへへ」

「すごいすごい」


 おいおい、褒めすぎだぜ?あんまり褒めると調子乗っちゃうぜ?


「すごいすごい、本当に、データ通り」

「へへへへ、だからあんまし…ん?」


 データ通り、と言ったか?なんだか聞いた感じよくない単語ですね。

 俺は聞き間違いかと思って一応聞きなおすと、ミカはさっきのように一度うん。と頷くと。


「ユーフォ―キャッチャーの前で張り付くと、男は取ってくれるって。」


 謎のアンドロイド、MIKA。彼女に記憶は無いが、それは俗にいう『エピソード記憶』のみの欠落であり、一般常識などの知識はしっかりと備わっている。


「…その、中にあったのか…そんな細かい事まで…。」


 ミカはやはり、うんと頷く。

 そう、別にそれが欲しかったわけではなかったのだ。まんまとしてやられた。

 確かに、おかしいと思ったんだよ。感情もないのに『欲しい』と思うのか、とかさ。あと、もう一つ。


「確かにそのデータは正しいけどな、その場合女の子が欲しがるのは…ほら、あんな感じのぬいぐるみだよ。『これはかわいいのか?』と思うような微妙にブサイクな動物系がベスト。」

「なるほど。」


 俺がとった獲物、ミカが両手で抱えるように持っているのは、某戦艦娘の美少女フィギュア。

 お前がそれ欲しがるのかって、意外に思ったよ。やっぱちがったのね。

 俺がそういうと、彼女は。


「次からはぬいぐるみにする。」


 そう言って、小さく微笑んだ、気がした。

 まあそれは俺の気のせいだろう。もしくはデータに基づいた男の喜ぶリップサービスならぬフェイスサービスといったところか。だとしたらそれはきっと、効果覿面だ。







「私、カラオケ来たの初めて。」

「でしょうねえ…。」


 当たり前だろ以下略。

 (俺が)一通り楽しんだ後、今度は隣接するカラオケにミカを連れ込んだ。

  理由としては俺がカラオケ好きなのがひとつ。ミカに歌の知識があるのか、あるのなら果たしてどの程度の歌唱力なのかしりたいのがひとつ。

 そしてもうひとつ、個室ですこし落ち着けば、もう少し込み入った話もできるのでは、と。



「これが…。」

「さっそく俺いれちゃうよー」


 部屋に入ると、ミカは室内をきょろきょろと見まわす。その間にも俺は一曲目を入れていた。

 カラオケに於いて。往々にして、トップバッターを誰にするか、という問題は殆どのグループに起こるものだろう。ある程度親しんだ仲でも、妙に気恥しかったり。そうして誤魔化し誤魔化し駄弁るうちに十分程過ぎることさえある。

 それを防ぐため、俺は敢えて率先して歌うのだ。

 そして選曲、これも重要。いきなりバラードでしんみりいくか、がっつり盛り上げるか。最初の一曲で大方の流れが決まってしまう。だが、流れなど作らない妙手、即ち神の一手が存在する。


「いきなりここを突くとは。晋也やる」


 同世代、若者との場合は「お前それかよぉ~」と一定の盛り上がりを誘い、大幅に歳の離れた人間との場合でも「おっ、そうくるか」と感心させる。


──演歌、だ。





「おー。晋也は『まあそれなりにうまい』ですね。ぱちぱちぱち」

「…うん。どうも」


 うまい!と驚くほどでもなく、かといって下手でもない、という的確かつ面白味のない評価を受ける。うん。きっとその通りなんだけど、それってすごくおいしくないよね。

 と、まあ。俺のうまくもへたくもない歌声は割愛しよう。次はお目当て。ミカのお歌だが、曲は数年前に流行ったJポップ、誰もが知っているようなバラードだった。この選曲から察するにミカの歌に関する知識、持ちネタはよくも悪くも一般人のそれと変わらないのだろうか。

 ともあれ今は静かに、彼女の歌を楽しもうと俺は口を結んで。




─震えた。



 彼女の口から放たれる一つ一つのフレーズ。それはどこまでも透き通り、一切の不純物を感じさせない。単純に歌がうまい、という話ではない。其の歌声は俺の耳、どころか全身から浸透するように心身に染み渡る。心の奥底まで響いてくる──


のだが。


 それが俺の心の、何かを揺らしたり突き動かしたりということは、一切なかったのだ。

 そう。透明よりも澄み渡り、完璧な音程で理想を完成させたミカの歌は、透明すぎたのだ。

 伝えたい想いも感情もメッセージも。人間らしい不純物の一切が取り除かれたそれは、あまりにも無機物的だった。

 今のミカは、『歌手』というよりも『楽器』だ。

 それは、気にしていなかった、気にしようとしなかった事を思い出させる。


 ミカは、人工物なのだ、と。






 ミカの歌声にショックを受けた、あの後。俺はどうしたかというと。


「いやあ、楽しかったよ、俺は!」

「それはよかった。」


 普通に曲を入れ、カラオケとして普通に楽しんだ!

 ミカも続いてバンバン入れてくれたし、十分に楽しかった。

 いやあ、だってさ。無機物的、とか。どうでもいいんだもん。俺、曲の歌詞とかそんなに気にするタイプでもないし、何よりミカの歌は聞いてて心地良いし。

 『ミカは人工物なのだ』?

 当たり前だろ、いい加減にしろ!今更なに言ってんの、俺。


 …が、相変わらずミカの笑顔を見ていない。これは由々しき問題である。

 やはり、こいつには感情がないのか。となるとミカの笑顔を拝むなんて到底無理な話なのか。

 だがそれを直接声には出さずに、バイクに跨った。


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