中途半端なハイテク
さて。きっちり二時間カラオケを堪能し、晩飯には十分な時間になっていた。なのに。それなのにだ。
「御学友かね、晋也。」
「んー、そうっちゃそうなんだけど」
我が家の前にたむろする五つの影。先ほどから暫く遠巻きに眺めていたのだが、全く帰る気配がない。それどころかネギのはみ出たビニール袋を持っているあたり、うちで済ませるつもりだろう。
一緒に晩飯なんて食ったらミカの正体ばれちゃうじゃん。こいつ、昨日から飯食ってないんですけど。飯食わないっぽいんですけど。
ここは奴らが諦めるまで──
「晋也、あれ」
五つのうちの一つの影。奴が登山用のバカでかいリュックから取り出したるは折りたたまれたテントで──
「っあっほかあああああ!!」
まさか。まさかですよ。私服に着替えてるから着替えくらいは持ってきてるんだろうと思いましたよ。そのくらいだろうと思ってた頃もありました。
「テントはさ、テントはねえだろ。」
「はっはっは!ここまでやれば折れるだろうと思ってな!」
確かに折れましたけども。
わざとらしく高笑いするのは昼間も俺を追いかけた自転車狂、片岡英也。『そうだ、京都いこう』のフレーズに触発されて今日のようにテントを背負って自転車で京都まで行く強者だ。
こいつに見事にしてやられ、粘り作戦を早々に棄却した俺は結局皆と鍋を囲んだ。俺はミカの正体をいかにしてごまかそうかと頭を悩ませていたのだが。
「ほら~お食べ~」
「んむ」
どういうわけか、普通に食ってやがる。
しばらくは様子見なのか、奴らはミカについての詮索をしてこない。ちょうどよい、このチャンスに少しミカから聞いてみよう。
俺はちょっと、と言ってミカを廊下に連れ出すと声を潜めて問う。
「おいミカ、お前飯食えんの?それエネルギーに変換とかできんの?」
科学はそこまで発展とかしちゃったの?なあんて、期待したんですけどね。
ミカはふるふると首を横に振って。
「体に溜めてるだけ。咀嚼もしてないから殆どそのままだけど、焼却もできる。」
「なんとっ!?」
つまり体内で焼却し続けることでずっと食ってるフリ、とかもできるのだろうか。…だが、なぜそんな機能が?人間に溶け込むため…なんて考えすぎか。陰謀論も甚だしいな。
「てかそのほとんど残ってる、てのは取り出したり出来んの?」
「うん。」
俺の疑問に、ミカは頷いた。
それはほんの興味本位。きっと胸の辺りがぱかっと開いて取り出したりできるのだろう!と、思ったのだが。
ミカはおもむろに先まで持っていた皿を壁際の床に置き、その真上に壁倒立をし始めて。
「お、お前まさか」
「うん。こうやっておろろろろろ」
「わざとやってんだろ!」
ミカは割とリアルなげろ声の真似をしながら、皿に食い物を戻した。ここまで進んだ技術なのに、どうしてここまで来てそんなアナログなんだよ!中途半端すぎるわ!
がっかりする俺にミカは口元を手の甲で拭ってからその皿をこちらへ差し出し。
「食べる?」
「食うかっ!ンなの食うわけ…さ、さすがに…」
食った。
ミカを連れてリビングに戻り、食卓につくと先までの賑やかな空気が噓のよう、シンと静まり返った。
「…さて。そろそろ本題に入ろうか。」
先まで元気に揺れていた茶色の一つ結びの動きを止め、亜美が一言、言い放つ。
同時、空間にピシッと亀裂が入ったように空気が変わる。他愛ない話をしていた和やかムードはガラガラと音を立てて崩れ落ちる。
「ズバリ、二人の関係は。」
言葉の通り単刀直入に切り入ってくるのはマッシュショートのボーイッシュ娘、東綾香。Tシャツにだぼだぼのパンツ、室内では脱いでいるがキャップを横にずらして被るその姿はストリートダンスでもしそうだ。黙って駅前で踊って来い。
幼馴染か親戚か、俺が適当に言い訳を考えていると。
「関係。私は晋也に一生養ってもらう。…て晋也が言ってた。」
「「「「「!!??」」」」」
「よしみんな、そろそろ風呂でも入るか。泊まってくんだろ?」
「おいお前ら、なんのつもりだ。」
「んもう、過保護だなあ晋也は。大丈夫、お嫁さんに手は出さないよ。」
リビングにて一時間ほど猛攻を受けた後。脱衣場にミカを連れ去る女衆がいた。うちの風呂はそんなに広くない。てかこいつら、わかっててやってるんじゃないだろうな。
俺は駄々こねる三人を引きはがし、廊下に引っ張る。
三人ともギャーギャーと騒いでいたが、俺の神妙な面持ちに何かを察したのか静まる。
「頼む。本人には言わないでくれよ。ミカはな、背中にでっかいやけどの跡があるんだ。お前らは気にしないだろうけどあいつが気にしてるから、本当に勘弁してやってくれ。」
三人は、それ以上は語らなかった。こいつらのこういうところが、俺は好きだ。まあ『こういうところ』を利用しているのだが、今回は勘弁しておくれ。
皆についた言い訳の数々。こうしてミカは『背中に大きなやけどのある、小学校時代に俺と結婚の約束をした幼馴染』という設定となった。
…そういえば、ミカは風呂なんて要らないよな。ふと思い、女衆がリビングへ撤退したのを確認して脱衣場のドアをノックもなしに開けると。
「きゃあ。晋也大胆。」
「っ…!と、ごめん。」
既に服を脱ぎ終えていた。いくらあるはずのいろいろが無いにしても、少々心臓に悪い。
ミカは服を着る様子もなく「いいよ」と言うので、お言葉に甘えてお邪魔する。や、本人が。本人がいいっていったからね!
「ミカさ、風呂入る必要あんの?」
「機械だって汚れる。この人工皮膚だって。…それに。」
ミカは風呂場に入り、シャワーを手に取る。そしてそこから出る水を飲みこみ──否。あれは体に溜めているんだったな。そのまま水を吐き出さず、うがいをうるように上を向いたまま左右に揺れる。続いてスクワットをしたり、かと思えばヘッドバンキングを始めたり。
「お、お前まさか…!」
そして遂にミカは倒立をしながら。
「内部の洗浄は必須おろろろろろ」
「ンの前時代アンドロイドがあああ!!」
ここまで高機能で、洗浄機能は無し。痒い所に手が届かなさすぎではあるまいか。
思わず上げた俺の叫び声を聞きつけた女衆が脱衣場に突入、連行された俺は無事袋叩きにされた。
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