立ちはだかる笊たち


「じゃあ、俺とミカはこれで。」

「オイマテ」


 全員風呂を済ませ、完全にお泊りモードとなってしまった。話を遮るために風呂に誘導してしまったことが悔やまれる。しかも結局遮れなかったし。


「えっと今日は…」

「泊まるよ」


 っすよねえ…。

 全員、当たり前だろうという雰囲気。もういっそこいつらにはミカの事ばらしてやろうか、とも思ったがそれはやはりやめた。ミカの正体が全く分からないのだ、巻き込むわけにはいかない。

 から、ここは俺とミカは同じ部屋で寝るべきだと思う。

 昨日確認したのだが、ミカは睡眠も必要としない。が、一応『スリープモード』的なものはある。暇なときはそれで時間を潰すらしい。


「おう、お前らはまだ起きてんのか。まあゆっくり──」

「何ミカちゃん連れてこうとしてんの?」


 がしっ、と橋野に肩を掴まれる。日中睡眠を取りまくった男、橋野改。こいつはここからが活動時間なのだ。

 時計の短針がさすのは十一を少し過ぎた辺り。お泊り会なのに早寝とは何事か、と文句を言われるがこいつら週一くらいでうちに泊まってる。今更なにを言う。

 だが今日は『寝るな』の意ではなく『ミカを置いていけ』だろう。


「仕方ない。今日は改と亜美二人でごゆっくり。二階の漫画部屋をお貸ししよう。」

「「よし来た」」

「「「おいこら」」」


 さあ二人潰れた。実はこの改と亜美は付き合っているのだが、いつも泊まる時は部屋を分けるかみんな一緒。皆で雑魚寝しているときは平和だが、二人きりになればどうなることか。ふひ。


「そして夏鈴かりん。ここにな、この前じいちゃんがおいてった梅酒とライチリキュールがある。」

「!」


 黒髪のおさげ。赤縁の眼鏡の奥には柔らかい印象を持たせるたれ目。見た目は完全に優等生の委員長タイプだが、お察しの通り未成年の癖に生意気にも酒好きだ。珍味やジャーキー好きといったおやじ臭いオプションも付いている。


「英也、綾香。ここにグランヴェッツ4がある。ご存知最新作だ。」

「「!!」」


 世界レベルで大ヒットとなったレースゲームの最新作。無限に広がるカスタムの可能性と、実写と見分けのつかないレベルのグラフィック。ゲーマーの二人の琴線に激しくタックルを仕掛ける代物だ。

 …よし、これで全員無力化完了だ。

 最早言葉は必要ない、とミカの手を掴んで二階に上がろうとする俺の寝間着の裾を、英也が握る。


「俺らがいるんだ。少しは自重しろよ。」





 別にさあ、そういう意味でミカを連れ込みたかったわけじゃねえよ。ミカの正体がばれないためだし、実際どう転んでもそういうことにはなりようがない。アンドロイドだし。

 なんだけどさ。


「なにしてんの」

「晋也が喜ぶと思って。」


 ベッドに横になった俺の上に、ミカは座っていた。確かに喜ぶことに違いないが、どれだけ関係が深まってもどれだけ雰囲気が良くなっても、物理的に一線を越えることができないと改めて思い知らされるから寧ろやめていただきたい。

 いやでも触れてるだけでも俺は幸せだから続けてもいいよ。

 意外そうな顔をしたミカは黙ってベッドから降り、横に敷いた布団に入る。


「今日は寝るの?」

「うん。スリープしてると楽だし漫画部屋取られたし。」


 ミカはそう言うと俺を軽く睨みつける。

 昨日の夜中は漫画部屋で夜を徹して読みふけっていたらしい。読み途中のものでもあったのだろうか。

 ミカはいつまでも俺の事を睨みつけている。…いつまでも。…まだ。え、ちょっと長くない?


「ミカさん、そんなに怒ってる?お前様その顔でもかわいいからドキドキしちゃうのけど。」

「………」

「おーい」


 俺は一度起き上がり、ミカの頬をつつく。それでも反応がないからつまんだり引っ張ったり。…うん。




 こいつ、この顔のままスリープしてやがる。

 なんというか、相変わらずだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る