冴えわたる彼女の起こし方


 五時にかけたアラーム。ワンコールだけで俺は反射的に目覚め、耳障りなそれを停止する。

 なぜこうも早い時間なのか、理由は二つ。

 一、昨晩は寝るのが早かったから。

 そしてもう一つは…


「んー、今日もかわいいよ、ミカたん!」


 何を隠そう、ミカたんのご尊顔を拝む為である。折角スリープなのだ。気のすむまで寝顔を拝もうと思ったのだが、少々残念なことにミカたんは昨日こちらを睨んだまま眠っている。まあ、これはこれでいいか。

 にしても、よくできたものだ。

 透き通るようなカントングリーンの瞳、長いまつ毛にシャープな眉毛。すっと伸びた鼻筋の先に小さな唇。つまんでみればいつまでも触っていられるような柔い頬。いつまで眺めていても飽きることはない。




「おう、もうこんな時間か。」


 ミカを眺めていたら、気が付いたころには六時を回っていた。こいつ、未だにピクリとも動かねえんだが大丈夫か?もしかしておこすのに入力しなきゃいけないコマンドとかあるの?そんな話してなかったし、こいつがお寝坊さんなだけならいいけど。

 それよりも今の俺にはやるべきことがある。


「やぁはようはよう!!…あれ?」


 隣の漫画部屋、そこにノックもなしに突入する。まさに営み中、とまでいかなくても状況証拠くらいは欲しかったのだが、そこにいたのは爆睡しながら口を大きく開けて少しだけ服を乱した亜美と漫画の山の横でいまだに漫画を読みふける改の姿。恐らく改はオールだろう。


「お、はええな。」

「……んん…んむぅ…」


 もうここに用はない。

 俺は聞こえるように舌打ちだけして下に降りる。下にはすでに起きていた三人が綾香特製の朝食を摂っていた。昨夜はあのままリビングで寝落ちしたらしい。


「「晋也おっはー」」

「よお晋也ぁ。二人はどうだったよ」


 俺を見るや否や開口一番で改と亜美の様子を尋ねるのは英也だ。

 二人。改と亜美の部屋は別段変わったことはなく、残念ながら期待するようなことは、少なくとも状況証拠すらなかった。仕方ないからその旨を伝えよう。


「改と亜美か。あの部屋はそうだなあ…魚市場みたいな臭いがしたよ」

「「!」」

「っざけん、なっ!!」


 綾香と夏鈴がお茶を吹き出すと同時、後ろから改に蹴飛ばされた。続いてげらげら笑っている英也もヘッドバッドを食らっている。容赦ねえなあ。

 制作者である綾香に激しく勧められたから俺と改も食卓につく。普段は準備が面倒だから食べていないが、綾香は泊まるたびに朝飯を作ってくれる。ありがてえありがてえ。





「……おーい…」


 どうしよう。

 みんな準備も終わってもう家を出る時間なのだが、ミカがまだ起きない。これ本気で大丈夫なのか?

 肩を揺すっても、頬を軽く叩いても抓っても目を覚ます様子がない。…目覚めない姫、そして俺。残るは手は一つだろう。

 俺はミカの顔に少しずつ顔を近づける。

 やはりまじまじと見るとドキドキするな。そんな目で見るなよ。くそ、そんな顔のままスリープ入りやがって。これはな、お前のため、お前を起こすためなんだ。許せ、ミカ──


「おいこら」


 開け放ったドアに寄りかかって腕を組み、こちらを見下すは改。

 幸い位置的には出入り口、布団、俺のベッドの順だから俺の方を睨みつけていたミカはドアに背を向けるような体制。向こうから顔は見えていない。


「ミカは調子が悪いらしくてな。そろそろ行くか。」

「おいこら」


 俺ら男は自転車通学だが、女三人は電車通学。二人一組でぴったしなのだ。おとなしく電車で行ってくれれば楽なんだけど。きっとみんな俺を待っているのだろう。制服や鞄はみな持ってきていたから準備は万端。早くいかねば。

 とりあえずミカに関してはこのまま放置。帰ってきたころには起きていることを願おう。…いや、寝てたらその時こそ試すか。


「おいこら」

「しつけえ!」


 俺の逆ギレによって改はようやく黙った。






「晋也さ、ミカちゃんの事好きなの?」

「あたりめ」

「…即答スカ。」


 亜美は勿論改、夏鈴は英也、綾香は俺の後ろに乗る。特に意味は無いがこいつらがうちに泊まるようになってからずっとこの編成だった。

 最初はまだ亜美と改は付き合っていなかったころからだから俺らは半ば恋のキューピットだ。

 時間には余裕があるからのんびりペダルを踏む俺に、綾香はぶっきらぼうに聞いてきた。

 ミカが好きか?愚問だな。


「そーですかー」

「…なんだよ」


 綾香はなんだかふてくされたように言うと、俺の脇腹を抓る。

 …え。ちょっとちょっと。どうしちゃったんですか綾香さん。


「もしかして俺のこ──」

「殺すぞ自意識過剰」

「痛い痛い痛い!」


 好きなのか、とまでは言う気はなかったのだが途中で遮るように抓る力を強められる。さっきまでが甘噛みだとしたら今は…そうさな、さながらボディーブローと言った所か。

 なんだよこいつ、今のは自意識過剰じゃないだろ!その思わせぶりにしておいてぶち落とす奴、マジでやめろよ。男は浅くも深くも個人差はあれどそういうのすぐ引っかかるもんなんだよ。


「……自意識過剰が。」


 綾香は俺の後ろでもう一度繰り返した。オーバーキルのつもりか?やめろ。死んでしまいます。

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