そしてやはり、足がつく。
二リットルの水と二つのカップラーメンをコンビニで購入し、ホテルへと戻る。
さっきは横になったまま目だけ開いていたミカだったが、戻った頃にはベッドの上に座っていた。ちょい、お尻んとこコードぐにゃってなってるけど、大丈夫なん?
俺が部屋に戻ったのを確認すると、ミカはこちらを向いて「おかえり」と一言。
聞きたいことは山ほどある。
まず一つ。
「なんで充電のこと、今まで話さなかったの?」
充電どころか、ミカの動力源が何であるかすら聞いていなかったのだ。ミカは今まで、頑なに話そうとしなかったのだ。
するとミカはくねくね、というかもじもじしながら「いや」とか「でも、だって」とか言葉を濁す。煮え切らない。まどろっこしい。
そしてミカはやがて完全に下を向いて。
「……恥ずかしいから。」
「…は?」
なに、それ、何、その、羞恥の基準。
「アンドロイド的に恥ずかしい事なの?それ。食事と一緒じゃん。」
「なんか、恥ずかしい…。」
さいですか。
うーん、こればっかりはどうしようもない。悲しいかな、人とアンドロイドとの違い。ここは決して分かり合う事の出来ない、種の違い。種、なんてレベルではない違いだが。
じゃあ、次。
「お前、随分起きるの早かったじゃん。スリープの時より圧倒的に。」
俺のいない間にどれくらいスリープしているのかはわからないが、一度俺のいる間にスリープ状態となった時(といっても寝ている時間だが)。起こすのに何かアクションが必要なのでは、と思うほど爆睡していた。
それが、今回は充電切れという形で眠りに落ちたくせに一瞬で起きやがった。
ミカは俺の問いに対して何も言わずに、左手をこちらに突き出してきた。
「ん。」
「ん?」
なに?
取り敢えず。その手の上にこちらも手を乗せてみると。
「違う。脈。」
え、脈…!?
と、反射的にその手首を親指で軽く押さえてみると。
それは確かに、あった。
脈拍、60くらいだろうか。血液の流れ。生命の感触。
紛うことなく、ミカの脈動は、その感触は俺の指先を刺激した。
「お前、これ……!?」
「疑似生命活動。」
ミカは俺の言葉を遮るように、言う。
疑似生命活動。
それは常に、恒常的にミカの体に発動されている機能。
それは今回のように充電が切れたとしても、最小限残された電力で続けられるものだ──と。
俺がミカを担いで帰らなかった理由の一つとして、何かの間違いでミカの脈なんかを駅員などに確認されては困る、というのがあったが、杞憂だったようだ。
いやはやしかし、これでは本格的に、人間をだまくらかして社会に溶け込もうとしているようだな。
「てかそうだ、お前、今まで黙って勝手にうちで充電してたんだろ?恥ずかしいってのはよくわかんないけどさ、言っといてくれよ。」
いちおう電気代とかだってあるんだし、というと、ミカは首を横に振る。
「充電は一度もしていない。これが初めて。」
「…………?」
?………。……?………?え。
今まで。ミカを拾ってからこの瞬間まで、充電をしていなかったと?
………えっ。
「すげぇぇぇぇぇぇっっ!!」
何それ怖い!
蓄電量が桁違いなのか!?それとも果てしなく燃費がいいのか!?あるいは両方か!?
あれだけ動いて、動力は電気、しかも充電は週一!?ハイスぺすぎんだろ!
と、これだけ驚いて感動している俺をよそに、まるでそれは大したことではないとでも言うかのようにミカは「そんな事より」と言って。
「晋也。あの、実は──」
その時。
ぴんこん、と電子的な鐘の音が、俺のスマホから響いた。
開いてみるとそれは英也たちとの六人のグループ、そこに来たメッセージ。夏鈴からだった。
『晋也君や。今日明日は空いてますか?』
何それ、俺に送ればよくない?と思ったが、きっとこのメンバー全員へのお誘いでもあるのだろう。もしくは俺以外はもう了承済みか。
今日明日、と言う辺り当然のように泊まる気なんでしょうけど。
『ええと、もう十時過ぎてんですけど。』
続けて。
『今から来る気?勘弁しろよ。バカ?バカでいらっしゃいます?』
明日はまあ帰った後は空いてるから、『明日は大丈夫』とも送る。
既読は、四まですぐに付いた。見てないのは誰だろ。
『はぁ?いいじゃん。ノリ悪いですよ。』
『敬語キャラ崩れてますよ。もう疲れたから今日はこんといて。』
『なに、もしかして今出先?』
『いや、おうちだよ』
なんかもう、とにかく面倒なことになりそうだから家ですよ、と嘘をつく。
と、そうしたらすぐにうざったいメッセ連投が来ると思ったのだが、既読が付いただけで止まる。
そして四分後。
動画が届いた。
嫌な予感しか、しねえ。
しかしまあ、気付かないふりをしたところで仕方ないから、開いてみる。
最初に、夏鈴の『いいよー』という声が入り、続いて人参をマイクに見立ててキャスターよろしく構える綾香が小さく咳払い。
背景は、俺の家。
『ええ、こちら現場の綾香です。現在中山晋也容疑者(36)無職が立てこもっているのが、後ろに見えますこちらの家です。警察によりますと──』
『いいから』
『ああはい、やりますやります。』
おい、そこは信念をもって貫けよ。
最後にちらとカメラ目線を寄こした綾香はインターフォンに向き直り。
ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピ──
そこで俺は、動画を止めた。
しまったなあ、これではインターフォンを連打している間に反応しなかった俺は明らかに不自然だ。
ここはひとつ、はったりに賭けよう。
『おい、気持ち悪ぃことすんなよ。どうせあれだろ、俺がいない間に昔撮ったんだろ。インターフォンなんて鳴らなかったぞ。』
するとまた、暫くの静寂。
ああもう、わかりましたよ。もう一本撮ってんでしょ。
やがてまた四分ほど経ち、今度は『ご希望の品です』という余計な一文と共にご希望など一ミリもしていない動画が届く。
今度は綾香がカメラに映るように自分のスマホの画面を見せつけて。
『はい、こちら、【現在時刻】で検索しますと…はい、見えますね?今日の日付と時刻はわかっていただけるでしょう。…それでは。』
そうしてまたインターフォンに向かい。
…と思ったらグルん!とこちらに振り向き。
『ええ、こちら現場の綾香です。現在中山晋也容疑者(36)無職が立──
「もうわかったよ!!」
スマホ投げた。
この後示し合わせたように続々と現れたメンツに攻め立てられ、結局俺は今日の事と現在地を白状して通知を切った。
明日は始発でかえって俺らに付き合え、と一方的に約束までさせられてしまった。
勿論破るが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます