綾香が叫びたがってるんだ。


 翌朝。

 九時頃に起きた俺は腹も減らなかったから特に何をするでもなく、のんびりと支度をした。ちなみにミカは充電効率を上げる為にスリープ状態だったが、既に起きていた。

 寄り道をする気もなければ電車の遅延もなく。

 家についたのは十一時頃だった。

 家につくと、既に奴等は集結していて──なんて展開も覚悟していたが、それは杞憂だった。

 俺が鍵を開けると、ミカは半ば割り込むように俺を追い越して先に家に入って。


「おかえり、晋也。」


 なに。

 それをやりたいがための行動ですか。

 かわいいかよ。


「ただいま。随分長旅した気分だよ。」


 こちらもおかえし、と思い「おかえり」と言うとミカは少し口を開けて呆けた面をしてから。


「…た、だいま。」


 …?ああ、そういえばミカは「おかえり」ばかりで「ただいま」は初めてかもしれないな。俺自身、ミカにおかえりと言ったのは初めてかもしれない。


「じゃあ俺、取り敢えずシャワー浴びるから。」


 今回泊まったビジネスホテルにはシャワーがついていたものの、そもそも俺は着替えを持っていなかった。だからまぁいいか、と入らなかったのだ。

普段なら一日くらいいいか、とそのまま過ごす所だが、なにぶん昨日は馬鹿みたいに歩いた。

 このまま過ごすのは流石に憚られる。


「晋也。始発で帰れ、とかいう話は、大丈夫なの?」


 脱衣場で服を洗濯機に放り込んでいると、リビングの方からミカが聞いてきた。

 奴等の話である。

 が、それこそ問題ない。


「なんか知らんけど全然連絡来ないから大丈夫だよ。」


 あいつら、自分で誘っておいてあとは放置かっつーの。約束を反故にしておいて言える事ではないが、ちょっと寂しいではないか。

 いや、『始発で帰れ』はあいつらが勝手に言っていただけでこちらは全く了承していないから、約束はしていないな。つまり俺には全く非がない。


「そう。」


 俺の言葉を聞いたミカは、どこか安心したような、ほっとため息をつくような雰囲気でそれだけ答えた。






 湯船に浸かるわけでも無いから、ささっと全身を洗うだけ、十五分程度でシャワーを済ませたのだが。


「ミカさん、それは一体何を?」


 服を着てリビングに戻ると、ミカはエプロンを装備してキッチンに立っていた。エプロンはわざわざ買っていないから俺の物(とは言っても当の俺が使っていないが)を使用している。少しサイズの合わないところが、『おねえちゃんのエプロンを借りてる』的なかわいさを生み出す。

 全く、なんでも似合う奴だ。

 こういう庶民的な格好だけでなく、例えばトイレ文化が発展していなかった時代のヨーロッパ貴族のようなもさもさしたドレスに身を纏い、西洋風の館のテラスでのんびり紅茶を嗜んでいても、きっと様になるのだろう。

 そんなミカを独り占めしてキッチンでプリンを作らせている俺は人類としてそこそこ罪深い気もする。


「プリン作ってる。あとはオーブンで熱通すだけ。」


 ミカは「暇だったから」と続ける。

 ほぉー、いいじゃないですか。プリンてそんなに短時間で出来るものだったのか。知らなかった。

 と、感心しているとミカはエプロンを外しながら、少し怪訝な顔をして。


「晋也。連絡、一件も無いの?」


 そういえば、未だにスマホは沈黙を守っている。確かにおかしいな、と開いてみると。


「あ」


 メッセージ、242件。更にまさに今増えて、243件。グループチャットだけでそれ、プラス個別チャットだ。まぁグループの方に関しては昨日通知を切った後も続いていたから、催促だけでは無いが。

 一先ずは一つも読まずにグループにメッセージを投下する。


『よう、さっき帰ってきたぜ』


 すると、間髪入れずに『おせえ』『なめてんのか』『ぶっころ』その他読むに耐えない罵詈雑言エトセトラ。

 どうやら皆は既にうちの最寄り駅、その駅前のゲームセンターに集まっているらしい。遊んでるならなんでそんな返信はええんだよ。

 まぁ、折角誘われたんだし、行きますか。


「ミカー。俺今から出掛けるけど…ああ、今──」


 ──プリン作ってんだっけか。

 俺がそう言いかけた時。

 俺がそう言うのを遮るように。

 ミカはエプロンを脱ぎ捨てて。


「私も行く。」


 即答。


「え、今プリン─」

「続きは帰ってから。」


 強い意思か、信念か。

 あるいは両方か。

 ミカはそれがこもった、強い眼差しで、俺を目据えて言った。








「あ、やっときたぁ」


 例によってゲーセンにたどり着き、中に入って適当にうろついていると、集団を発見。

 最初にこちらに気付いた綾香が手を降っていた。

 近づいていくと、綾香は。


「やっぱりミカちゃんもついてきたね。」


 とか何とか言いながら、一人でうんうんと頷いている。

 何なんだよ。なんかうざいぞ。

 …ん?てか、『ついてきた』と言ったか?『つれてきた』でなく?何故わかったのだろう。只の偶然かな。

 と、俺は釈然としないのだが、一人納得する綾香の横で亜美は恨めしそうにこちらを睨む。


「なんだよ」

「カラオケには、いなかいからね。」


 そう言って、俺とミカを交互に睨み付ける。

 どうやらこの前ミカの圧倒的歌唱力に打ちのめされたのが悔しかったらしい。

 自らが聞くに耐えない音痴であることを自覚している夏鈴は、自覚した上で「私は構いませんよ」等と胸を張っている。勿論ここは無視だ。

 んー、つってもなあ。

 亜美がカラオケ行きたくないってのはいいんだけど、ここのゲーセンも来飽きたというか、音ゲーやら格ゲーやらを大してやらない俺からしたらやることが無いと言うか。

 つってもわざわざ都内まで出る気もないし、行きたい所も無いし。

 と、迷っていると、それに気付いたのか、もしくはそんな俺の考えなどどうでもいいのか、綾香が俺の手を取って。


「こっちこっち!」

「うわっ、ちょ」


 俺の手を引く綾香と、綾香に手を引かれる俺。そしてそれを筆頭になし崩し的に皆ついてくる。

 そしてミカの目が怖い。なにか思うところがあるのなら行ってくれればいいのに、黙って俺を睨むだけ。怖い。

 そうしてやがてたどり着いたのは──


「Dead or Massacre 3…」


 直訳にして、『死ぬか虐殺か』。

 箱形の台の中の椅子に座り、固定された銃で迫り来る敵を撃つタイプのゾンビシューティングゲーム。

 名タイトルの最新作にして、期待作。

 しかも今作は家庭用ハード版とアーケード版で別々のストーリーが繰り広げられ、かつ時折交差する。家庭用ハード版だけでも楽しめるが、このアーケード版では別の角度から世界観を楽しむことが出来るのだ。

 家庭用ハード版をクリア済みの俺としては是非ともプレイしたいものだったのだ。

 さらにこのアーケード版ではメガネをかけることによって3D映像、更に立体音響や床、椅子の振動というギミックもある。と、ここまでは前作の引き継ぎなのだが、今作はなんと風やにおい、更に軽い水しぶきまで追加されているらしい。因みににおい、と言ってもさすがに死臭ではなく、病院やらのステージのにおいとのことだ。

 とにかく、胸熱にも程がある。…のだが。

 なのだが、一つ問題、というか疑問があった。


「綾香、こゆの苦手じゃん。」


 そう、当の綾香がホラー系統を大の苦手としているのだ。勿論、ゾンビ物も例外ではない。ものの好き嫌いくらいは知った仲だ。

 しかし、そんな俺の、俺様の心優しき慈悲深き、愛に満ちた俺の心配を綾香はフッと鼻で笑う。

 笑い、嗤う。

 彼女はトン、と己の拳を、さながら心臓を捧げるように胸に置き。


「甘く見られては困る。私だってこの手の物に耐性はついてきたのだ!証明してやる!」


 そう、言い放った。

 宣誓した。

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