そうだ、ディズn──その参



 予想通りというか、案の定というか。やはりミカは姿を消していた。

 何、誘拐?は、さすがに夢の国で起きないだろう。

 ならば、ナンパでもされたか?夢の国ではナンパなんて殆どないだろうが、ミカはまさに絶世の美少女。機械だけど。あんなのが一人で歩いていたら声もかけたくなるだろう。機械だけど。まあ、それにホイホイ付いて行ったというのならちょっとショックだが。

 あとは、俺が嫌で、離れていったか。

 それは勿論何よりもヘコむが、それならば良い。ミカがそう思って俺から離れるのなら、俺にそれを止める資格はない。俺だって勝手に家に置いているだけなのだから。

 しかしまあ、ここは探すとしよう。ミカがどうしてここを離れたか、なんて考えても無駄。解ったところで、ミカがどこへ行ったのかなんて分からないのだから。

 とは言っても、何も手段がない。足を動かすしかないのだ。あとは、聞き込みとか。畜生、携帯でも持ってれば連絡がつくのに。

 全く。どうしてトイレの間くらい待っていてくれないのか。

 周囲を見渡す限り、ミカの姿は見えない。すぐ近くにいないのなら、手当たり次第に探すしかない。…今のコースターに一人で乗っちゃったって線は、考えないようにしよう…。


 あてずっぽうに、適当な方向へ駆ける。今日のミカのコーデは薄いベージュのニットワンピースに、ムートンジャケット。あまり目立つ格好では無いが、その背中に流れる銀の髪は、よく目立つ。

 良くも悪くも、目立つ。

 只今回は、よい意味で目立つ。

 駆けながら、辺りを見回す。

 男グループ、女グループ、男女グループ。カップルに、子連れ。

 人、人、人。

 ふざけあってげらげら笑う者、絶叫マシンのせいで号泣する子供と、なだめる親。歩く後に花でも咲きそうな華やかな女集団に、手をつなごうかどうしようか、どぎまぎしている初々しい男女。

 はて、俺は勝手に楽しんでいたが、果たしてミカは楽しんでいただろうか。まあ、まだ午前中なのだが。先はあからさまにテンション上がっていたが、俺の為に気を遣っていた可能性だってある。気を遣う理由が思い浮かばないけど。

 だめだ。こうして一人になると余計な事ばかり考えてしまう。考えたところで、悩んだところで何も解決はしないのに。



 ミカを探すことに集中し、ある程度闇雲に進んで少し聞き込み、脈がなければスタート地点まで戻って別の方向へ、を繰り返す事三回目。

 遠目に、しかし確かにとらえた。

 人と人の間、その隙間からちらと、一瞬だけ見えた。


 風に靡く、銀色が。


 いた。

 いた!


「あ、いた!おーい、ミカー!!」


 おっと、人目も憚らずに大声をあげてしまった。

 …ん?誰かと話しているのか?

 男男男女の四人組と向かい合ってこちらに背を向けていたミカは、俺の声に気付いたのか振り向いて。


「し、晋也ぁ…」


 見たこともない顔。

 半泣きでこちらに駆け寄ってきた。

 ミカはそのまま俺の胸に飛び込んで顔をうずめる。


 かちーん。


 こいつら、何してくれんの?お?まだたった一週間弱の付き合いだが、ミカのこんな顔、本当に見たことがない。こいつマジ何してくれてんの?ぶち転がすよ?ぶち転がすってなんだよ。

 とりあえず、只じゃおかねえ。と、まず手前にいたミカと話していたっぽいもやしを見ると、


「い、いや!俺はそんなつもりじゃ!」


 慌てたようにわちゃわちゃと手を振り回す。じゃあどんなつもりでこうなったんだよ。

 そうだ。ここはミカに聞くのが早い。答えによってはこいつらぶち転がしてやろう。と、ミカに目を遣ると、ミカはその意図をくみ取ったようで。


「し、晋也に捨てられちゃうかとおもって……」

「……………は?」


 …は?


 もう、まったく、見当違いな答えだった。

 え、捨てられちゃうかもってお前、お前!おまえ?じぶんできえておいて?しょうき?ばぐった?あれ、おれのあたまがばぐってるの?

 えと、じゃなに。本当にこいつらのせいじゃないの?


「じゃあ、僕らはこれで……」

「やだイケメンっ…!」

「るせえ!行くぞ、めっちゃ怒ってるから!」


 今度は先のように睨みつけるでなく、多少の困惑と申し訳なさを交えて彼らに視線を送ったが、どうにも後込んだ彼らはそそくさと帰ってしまった。


「で、どゆこと?」


 いくら夢の国カップル多しといえど道のど真ん中こうして軽く抱擁を交わしたままの体制を維持するのは周囲の目を引きすぎてなかなかにきついので、引っ付くミカを半ば強引に引きはがす。

 こいつ、泣く機能とかあんのか。あー、泣き顔もどちゃくそかわいい。庇護欲を掻き立てられる。

ミカは零れ落ちそうな涙を拭いもせずにこちらを見上げ。


「私は、晋也に拾われただけだから。ほかの人とも同じ、繋がりがないから。だから、もしかしたら捨てられちゃうのかもって…」

「馬鹿」


 ポカっと、額を軽く小突く。


「捨てるわけ、ねえだろ。繋がりなんて、これから作ればいいんだよ。」


 繋がりが無いだなんて、寂しい事を言ってくれる。

 それに。

 それより。


「それより、自分で消えておいて捨てられちゃうかもって、嘘だろ!?バカ」

「ごめんなさい」


 もう一度額を小突く。

 半泣きの原因、その理由はまあ、わかったけれど、そもそもこの状況を作り出したの、お前じゃん。意味わかんねえ。

 それと。


「で、なんで一人で離れたりしたの?」


 手持ち無沙汰だったから両手の平でミカの頬を捏ねながら聞くと、ミカは少し考えるように黙った後。


「ないしよ」


 ひよこのようにとがった口(と言っても俺が捏ねているからなのだが)で、そう言った。








「晋也。あれ、あれ。」


 あの後。

 近くのコースターに乗せたらやはり案の定、というか想像以上にテンションが回復したミカは、道に開かれている小さいショップを指さしながら反対の手で俺の手を引いた。


「これ、これ。」

「ああ、欲しいの?」


 ミカが指さすのは、キャラクターの耳を模した帽子、というかカチューシャ、と言った方が正しいか。

 ほう、それが欲しいとは、また随分とはしゃいでいるではないか。

 と、ミカから受け取ったそれをレジに渡そうとした時。


「晋也も。」


 もう一つ。

 さっきミカが寄こしてきたのとつがいの、オスのネズミの奴。


「え、俺も?」


 ええ、俺もはしゃぐの?と少し乗り気じゃない感を出して聞くと、ミカはこちらを見上げて。


「嫌?」


 上目遣い。

 しかし少し唇を尖らせたりとか若干伏目がちだったりとか、そういう捻りも計算も一切無い、純粋な瞳。

 本当に、こちらを見上げるだけの、上目遣い。


「買いまーす!」


 ちょろ。俺。

 でもまあ、男女二人組で片方だけそれをつけているというのも不自然だから、よくよく考えれば俺もつけるべきですよね。

 良いじゃないか、はしゃいでやろう。


「晋也、どう?」


 それを購入するに時を移さず。早速ミカはすぐ脇に設置された鏡を見ながらカチューシャを装着し、感想を求めてくる。


「うん。めっちゃかわいいよ。」


 遠慮も気遣いもない誉。加減はある。

 見た目もそうだが、その仕草が最高に萌える。なんだかだんだん、そういう些細な動いまで行き届いている気がする。前よりも。


「逃げないように籠に入れて愛でたいくらい。」

「さっきはごめんなさい。甘んじて籠に入ります。」

「別にそれに関して皮肉言ったんじゃねえよ。冗談だって、バカ」


 レジの人に「彼女さんとっっっってもかわいいですね!」とか言われちゃったりして。「そりゃあもう」なんて胸張っちゃったりしたりして。

 そんなこんなでショップを離れ、少し歩いた後。

 ミカは急に立ち止まる。


「晋也、スマートフォン、貸して。」

「ん、ああ、いいけど。」


 突然なんだろうか。アトラクションの混雑状況でも見るつもりだろうか。

 ミカは俺からスマートフォンを、受け取ると。


「はい、はいこれ。」

「え、なに──」


 ──ぱしゃ。


 写真を、撮られた。

 ツーショット。


「な、なんだよ、いきなり。」

「こういうの、どう?」


 どうって…。

 画面を覗くと、鼻から上しか写ってないミカと、左半分しか写っていない俺。

 こいつ、なんでも出来ると思っていたけど、写真撮るの下手すぎかよ…。「はい、はいこれ。」って。


「ちょっと貸してみ。」

「はい」


 ミカからスマホを借り─というか返してもらい、俺はそれを持つ手を前に伸ばし。


「はい、ちーず。」

「いえー」


 ぱしゃ。


 うん。良く撮れた。

 ミカはその画面を覗き込むと、「おー」と声を漏らす。もともとだが、声にいまいち抑揚が無いから本当に感嘆符なのか判別はしにくい。


「ところで晋也、ポップコーンは食べないの?」

「ああ、ポップコーンねえ」


 パーク内各地にある様々な味のポップコーン。これもまたここの名物、というか定番というか。

 俺が家でよくポップコーン食ってるから気になったのかな。


「ここのさ、高ぇじゃん。うまいけど。家にあるコストコで箱買いしたレンチンのあれで、十分。」

「そう、じゃあ、次は何乗ろうか。」


 聞いた割には大した反応はなく。どうやらそれよりも次のアトラクションが気になるらしかった。







「たーまやー」

「それは、あまりここで言う台詞じゃないな。」

「そう。」


 パレードはあまりお気に召さなかったらしく、今日は兎に角歩き、並び、アトラクションに乗り、乗り、たまにまったり船に乗ったりもして、あっという間に一日は終わった。本当、歩いた。疲れた。

 そして今。

 最後の締めに、花火を見ていた。

 こいつは、これを見てきれいだなぁとか、思うのだろうか。


「晋也。そろそろ帰ろう。」


 …思ってないのかな。

 まあ、確かにもういい時間。閉園も間もなくだ。これから帰りの電車は混む一方だから、早いうちに帰った方がいいかもしれない。


「まあ、あいつらに土産くらいは買っていこうぜ。」

「…うん。」


 …?なんだか歯切れが悪いというか。

 帰りがけ、入場ゲートのすぐ傍の店でチョコレートクランチを二箱購入。それと、ミカのバッグにつける用のキーホルダーも買っておいた。これは帰ってから渡すか。


 そうして夢の国から出国し、それは駅に着くころだった。


「晋也、ちょっと…」


 ミカの足元がだんだんおぼつかなくなり、やがてその場に座り込んでしまう。


「え!?おい、ちょっと!どうしたんだよ!」


 そんな、まさか、不具合、とか!?

 目立つし、邪魔になるからひとまずミカを抱えて道の脇、植木の生える手前のレンガが積まれた段差に腰かける。

 ミカは俺に寄りかかり、生き絶え絶え、というよりは深い眠り、つまりスリープ状態に陥るのをなんとか耐えるような様子で。


「バッテリー、ざんりょ、やばい」

「はぁ!?聞いてねえよ!」


 確かに今までミカの動力源は聞いていなかった。未知だった。聞いてもミカが頑なに話さなかったのだ。が、今更。

 ミカは最後の力、充電を振り絞るように俺の肩をつかんで俺の耳元に口を寄せ。


「充電、私、臀部、尾てい………───。」


 最後にそう言い残し、目を閉じた。


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