突然の展開と当然の選択
「えっと…」
どう反応したものか、と言葉を選んでいるとその女性は後部座席あら外へと出てくる。
「うちのアンドロイドがお世話になりました。私、こういう者です。」
先とは見違えるほど違う口調で、彼女は名刺を差し出してくる。
そこには名の知れた大学名とその心理学部の教授という肩書、そして『横山麗華』の名前。
しかし、そんな内容も口調の変化も、全く頭に入ってこなかった。
「うわ、うっわ…うわぁ…」
「うわとは失礼じゃないか。」
「あ、すいません」
つい。
スーツの上に白衣を羽織ったその女性、横山麗華。台詞よりも肩書よりも、何より彼女の主張の激しい胸部に目が行ってしまった。
それは、おおよそ今までの人生で見たことのないレヴェル。巨、いや爆…どころか激乳だ。
それ、カップ数にアルファベット足りるの…?
「いや、大変っすね…めっちゃ重くないですか?」
「そうだね。そんなに気になるなら持ってみるかい?」
心の底からの心配だったのだが、その女性、横山さんは挑発するようにそのおもしを腕で寄せる。
「いいんですか?では失礼をば…」
「冗談に決まっているだろう!」
頬をビンタされた。
失礼だった。本気で下心なく、興味本位で持ちそうになった。失礼に失礼重ねてミルフィーユだ。
と、遊びはこのくらいにしておいて。
「何の用ですか?」
『うちのアンドロイドが』と確かに言った。宗教勧誘や詐欺の可能性は小さいだろう。
となれば、俺になんの用だ。
ミカはもう、お前の元にかえったんじゃないのか。
「なに、警戒することはないよ。ちょっとアレに会って欲しいんだ。」
「は…!?」
会って欲しい?
何故?
からかっているのか?
「大丈夫、金や物を請求する事は無いよ。迷う余地はないんじゃないかな?」
「ええと、これは…」
結局、言葉に乗せられて車に乗ってしまった。とはいえ金品の請求をさせない契約書まで書かせたから、きっと問題は無い。
後部座席、横山さんの隣に座ると何も言わずにアイマスクを付けられる。
「何、今の時代顔さえわかれば身元は簡単に割れてしまうけどね、場所くらいは隠しておきたいんだよ。」
ネットにばらまくつもりはないが、まあ当然の配慮、なのだろうか。
しかしこうされるとどうもやばい奴についてきてしまった、という感覚が強くなり、少し冷や汗をかく。
というか、最初からやばい奴か。
あんな代物を作り出しておきながら公表しないなんて、もしかしたら堅気じゃないかもしれない。
しかし、ミカの名前まで出されれば来ないわけにはいかなかった。
「少し暇だから、現状を説明しようか。」
数分経った頃、彼女は口を開いた。
「詳しくは言えないけどね、アレは本来全く別の用途の為に作られたんだよ。」
様々な実験や検証を繰り返すうち、ある時異変が起きた。
開発メンバーの一人に、ミカがいやにくっつきまわるようになったのだ。
それはまるで、子供が親に甘えるように。
最初は誰もが不具合だと考えた。しかしいくら調べても異常は見つからず、何をしても直らない。
そこで疑われたのが、『感情』の獲得。
とはいえ、そんなまさかと皆冗談交じりに笑っていただけだ。もしかしたらそうんじゃね、そんなはずがあるか、と。
しかしそれから三週間ほどたったころ、そうも笑っていられなくなる。
ミカが、どんな指示にも従わなくなったのだ。
それはまるで、反抗期の子供のように。
「そこで呼ばれたのが私だよ。」
心理学者がアンドロイド開発の何に必要なのか、と行ってみればそこには感情を獲得したという機械人形。彼女自身機械には詳しくないが、開発チームによればそんなプログラムは入っていないという。
「あんな感覚は初めてだよ!血沸き肉躍るとはまさにこの事だとね!」
本当ならば革命だ。
感情とは、どこにあるのか。
脳か?心か?心とは何処にあるのか?
そんなものを創り出すなんて、最早神にすら届く偉業だ。
しかし、それを喜ぶ者だけではなかった。
危険因子とみなされ、処分を命じられたのだ。
「当然私は反対したよ。」
最初は『感情』を削除しろ、という命令だったが、何処を探してもそれは見当たらない。『emotion』とでも書かれたファイルがご丁寧にあるなんてことは誰も期待していなかったが、それでも不明のファイルくらいはあるのだろう、と皆が考えていた。
しかし、データ上は何の異常もない。結局感情の在りかなんてわからなかったのだ。
「そうしたら全データの削除、と言われてね。挙句には研究資金すら止められてしまったよ。」
アンドロイドとしての自覚と、ある程度の一般常識のみを残してのデータ消去。これで、感情が消えてしまった可能性だってあった。
「資金まで止められてしまったからね。もういっそ野に放ってデータを取ってみる事にしたんだ。」
それで、あの野外全裸放置だったと。
機械に宿った感情。それの危険性というのは十分に理解できる。それが明るみになれば権利問題になる可能性だってあるし、映画のような話だが機械の反逆、なんて可能性だってある。
しかし、自棄になったとはいえ野に放つとは随分思い切ったことをする。。
「変な人間に拾われたりしたらどうするんですか。」
とんだ変態に拾われてひどい目にあったら。
感情があるのなら、たとえ機会でもミカとしては好ましくない事だろう。
しかし、俺の疑問に心理学者は(目隠しされているから実際に見えてはいないが)小首を傾げる。
「それはそれで興味深いデータが取れるだろう。」
「お前…」
『ミカの気にもなってみろ』とかだろうか。俺はなにか文句を言おうとして、言葉が詰まった。
機械の気持ちになってみろ、なんていう俺の方が、どうかしているのだ。
そんな俺を見て、ムカつくことに横山の声が昂る。
「私としては、君のその心情もきになるのだけどね!」
彼女はこちらにのしかかるように詰め寄ってくる。目は見えないが、半身に押し付けられる柔らかい感触から例の激乳が押し付けられているのだと理解する。
…いや、わかるんだけど。
「…え…え?ちょっと、重い…重い!え、重い!」
「…君はここでも面白い反応をしてくれるね…。」
「もういいよ」と促されてアイマスクを外し、車を降りるとそこは地下駐車場。ここがどこなのか、全くわからんちん。
八桁の暗証番号とカードキーの二重ロックで扉を開くと、中は壁も天井も白い、なんの変哲もない廊下。エレベーターでさらに二つ下の地下三階へ降り、少し歩いていくつかあるうちの扉の一つを開ける。
中には、三人のおそらく開発メンバー。皆、案外愛想よく挨拶をしてくる。俺はそれに会釈で返すが、しかし彼らには全く意識を割けなかった。
その部屋はモニターやよくわからない沢山の機材。そして部屋の片面はガラス張りになっている。
そのガラスの向こうの部屋、そこのベッドに、恋しいアンドロイドが横たわっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます