浮かれ調子
「おーい…おーい!…おいこら晋也!」
威勢良い声に、勢い良く頬をはたかれ、心地良い音で我に返る。
「何すんだよ!」
四限目が終わり、これから昼食。突然、英也に平手打ちされた。
確かにぼーっとしていて周りの皆の事など失念していたが、これはあんまりではないか。
「何すんだよ、じゃねえよ。散々呼んだろうが。」
「こいつは十二回ほど呼びかけてましたよ。」
不機嫌そうな英也に、夏鈴が補足する。
なんと。
そこまで呆けていたか。これはこれは。
「で、なに?」
「なに?じゃないよ!今日は学食行こって話してたじゃん!」
今度は綾香にビンタされる。
おい。今のは必要ないだろ。やりたかっただけだろ。てへぺろじゃねえよ。
そう。改と亜美はいつも通りラブラブだから放置として、今日は俺らで学食に行く話になっていたのだ。
「晋也、今日ほんとにおかしいよ。大丈夫?」
「大丈夫?じゃねえよ。お前が摩ってんのお前が叩いた痕だからな。…おかしいってなにが?」
自分で叩いておいて俺の頬を摩る綾香に多少腹をたてつつ、その言葉に疑問を持つ。確かに今日、俺は一日ぼーっとしている。実を言うと、いや実を言わずともミカの事ばかり考えていた。
俺の問いに英也が「はあ?」と呆れながら。
「冗談だろ?数学ではあてられたのの十ページ先の問題解くししかも合ってるし、国語では投げられたチョーク食いだすし。」
…おい、そこまでひどかった?マジ?チョーク食うとか教師からしたら恐怖体験もいいとこじゃねえか。
夏鈴がそれに合わせるように続ける。
「バスケでは顔面にパス食らって鼻血出しながら『顔面セーフ!』とか笑ってたし、世界史ではあてられたら突然ルソーの青髭について語りだすし。」
「ちょ、ちょ、ちょい。」
え、俺って一日ぼーっとしてるつもりでそんな事してたの?相当やべえなんてもんじゃねえじゃん。もはや狂気の域。
それに。
「あてられすぎじゃね?」
「ぼへっとしてるからだよ。」
にしても。
体育の話なんかパスした側にも問題あるだろ。
というか、話を聞いた限り本当に冗談じゃない。ちょっとぼーっとしていただけでこれとは、俺、本気でやばい奴ではないか。
と、自分で自分に秘められた、おおよそ秘められてなんかいて欲しくなかった可能性に恐怖しているとずいっと綾香が顔を近づけてきた。
「晋也、何かあったでしょ。」
はっきりと言葉にはしていないが、それでもその瞳は明らかにミカの事を言っていた。
うむ。何かあったといえば何かあった。
彼女なりに『俺の喜ぶと思うこと』をいろいろとしてくれた。実際にしてくれたことよりも、その心意気が嬉しかった。
確かに嬉しかったが、一方でそれはどこか取り返しのつかないような、そんな変化のような気もする。そんな一抹の心配も孕んでいる。
…が、何も知らないこいつらにそんな話をしても仕方がない。
だからここは、無難に流しておこう。
「えへぇー?なぁんにもないよぉー?」
完全ににやけていた。
「むきぃー!この野郎!!」
綾香に首を絞められる。苦しい。
ふと視線を流すと、生徒の質問でまだ教室に残っていた世界史の教師、丸っこい体形にバーコード頭の矢代先生が心配そうにこちらを窺っていたが、夏鈴の「大丈夫ですから。」というスマイルに追い払われる。
ああ、そんなに申し訳なさそうな顔しなくてええんやで。女子高生を敵に回すのは怖いもんな。
遠のく意識の中、俺はおっさんの表情をどこか愛らしく感じていた──
「───っはっ!?」
「お、目が覚めたか。」
俺が飛び起きると、ちょうど英也がトレーをもって隣に座る。
反射的に立ち上がって辺りを見回すと、なんだか騒がしい空間。
学食だった。
はて。俺はいつから眠っていたのだ。
「綾香に首を絞められる、夢を見ていた。」
「あっはっは、もう晋也ったら、やだなぁもー。」
綾香は乾いた笑い声をあげ、テーブルに乗り出すようにして俺の肩をどつく。
そうか、夢だったか。ならばその前の会話、俺の頭がおかしかったのも夢だけの話か。
ならば。
「俺いつから寝てた?」
俺の質問に綾香は真顔のまま目を泳がせ、その視線はやがて夏鈴をとらえて停止する。夏鈴は少しため息をついて。
「四限が終わって晋也のとこに集まったら、『じゃあ学食いくかー』って言いながらあなた倒れて。英也がここまでおぶってきたんですよ。」
「ほーん、そうかそうか、なるほどぉ──って、なめてんのか。」
詰めが甘すぎる。ガバガバ理論も甚だしい。
「なんで倒れた奴学食に運ぶんだアホかよ!」
「まあこれ食って落ち着けって。ラーメン綾香の奢りだぜ。」
「慰謝料として受け取っておくぜ。」
迷いなくそれを受け取ると、英也が何か言いたげにこちらをじろじろと見る。なんだよ、と聞くと英也は少し不満そうに。
「お前そゆとこ本当なんつーか、遠慮とかないよな。」
「なんだよそれ。人を絞め落としておいて文句あんのか。」
厳密には綾香だが、と視線を送ると目を逸らすようにかつ丼にがっつく。
ほんとびっくりだよ。手加減すると思ってたよ。信じらんねえぜ。
それに俺、お金は大好きだからな。入る分には拒まない。
「例えば両親の死が実は事故じゃなくて殺人で、犯人が『ごめんなさい、これから自首します。少ないですがお詫びです』つって金よこして来たら持てるボキャブラリーで散々罵ってある程度殴った後、きちんと金は受け取るくらい金は好きだ。」
「いきなり何の話か分からないし、亡くなった両親の話とか引き合いに出されると困るからやめてください」
腹いせに気まずい空気にしてやろうと思ったら、夏鈴に頭を下げられた。やりすぎたか、ちょっと反省。
暫く黙って箸を進めていると、「ところで」と綾香が話題を切り出す。
「ミカちゃんと何かあったんでしょ?言いなさいよ。」
少し唇を尖らせて、不機嫌そうに。
うーん、この際適当に話しておくか。でも実際アンドロイドって事知らなかったら大したことじゃないんだよな。
「別に。昨日晩飯作ってもらっただけ。めっちゃうまかった。」
「「「!」」」
一人は目を見開き、一人は少し顔をしかめ、一人はにやりと笑う。そんな大した反応を頂けるものなのだろうか。
すると綾香は下を向いたままわなわなと声を震わせて。
「そ、それって完全に意識してますよね…」
「ん、まあ気にしてたな。」
それを聞いた綾香は周りの目も気にせずにガタッと立ち上がり。
「き、今日!私──」
「はいだめー!やめて!やめてもう面倒臭いから!」
本来昨日ゆっくり休むはずだったのにそうはいかなかったのだ。これ以上疲れるのはゴメンである。
なので。
「ごっそさーん。あばよっ!」
「あっ!こいついつの間に食い終わってんだ!」
俺は早々に食い終えてその場から逃げ出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます