それは、間違いなく


「ええと、終わりましたけど。」

「晋也。おもしろかった?」

「まあ、それなりに。」

「それは良かった。」


 ミカは言うと、ようやく俺の右腕から離れる。クソ、なんだか妙に緊張してしまった。がちがちに固まっていたせいか肩や腰をひねるとバキバキと音をたてて稼働を再開する。

 さて、そろそろ晩飯でも作ろうかとキッチンにむかうと、目の前にミカが立ちはだかる。


「今日は私が作る。」


 強い意志を込め、半ばこちらを睨むようにして、ミカは力強く言った。

 うむ。ミカの料理はおいしいからいいのだが、どうしていきなり…もしかして。


「昨日の事気にしてんのか?」


 昨日。料理対決にて俺の判決では綾香に軍配が上がった。それを気にしていたのかと問うと、ミカは一切表情を変えないまま暫く黙りこみ。


「……えい。」


 鼻先を割と強めにグーで殴られた。


「ってえっ!?」


 何しやがる!鼻がなくなっちゃうよ!

 にしても。そんなにも気にしていたとは。あれはミカの料理が劣っていたのではない。あれは俺の好みを知っていたという綾香のアドバンテージと、多少の同情による結論だ。

 ミカの腕は決して悪くない。てか良い。そうだ。今日は俺の好みでも教えようか。


「ミカ、俺は濃い味と、あと辛いすっぱいが好き。」


 これを教えてミカがいよいよ俺の胃を鷲掴みにしたら綾香の立つ瀬がないが、まあ…ドンマイ。

 俺の希望を聞いたミカはにっこりと笑い…なんてことはなく、先と変わらぬ真剣な眼差しでこちらを見据え。


「わかった。」


 目に闘志を宿して頷いた。






「ミカさん、まだすか?いい匂いするしめっちゃ腹減ったんだけど。」

「晋也、しつこい。もう少しだから待って。」


 ええ…。

 あれから一時間くらい経ったろうか。俺はミカによってタオルで目隠しをされ、調理の音や匂い漂う中ソファーに座らされてお預け状態。で、その言いぐさは酷くないか。

 こちらとしては作る様子を眺めていたかったのだが、『できるまで秘密』らしい。ミカなりに趣向を凝らしてみたのかもしれないが、正直何がしたいのだ。俺、ミカと違って何もせずに座っているのは結構苦痛なんですけど。

 …ふと、昨夜の事を思い出す。


『綾香の料理の方がおいしいって言われて、なんだか不愉快だった。』

『ほかの方法で俺を喜ばせようとした』


 これが本当なら、俺に対する感情が一概にどうとは言えないが、しかし感情を獲得しているのは確かだろう。

 アンドロイドが感情を自己獲得とは、随分なことではないか。

 そして、同時に頭をよぎる。ミカを作った人間、もしくは組織の存在。アンドロイドが自然発生することは俺の常識内ではありえないから、その人物ないし組織は絶対的に存在する。

 では何故あんな場所で放置、もとい放棄されていたのか。

 一つは、ミカが脱走した可能性。感情を獲得したのならありえなくもない話だ。しかしミカ自身の記憶、記録は開発者側で削除されているらしいと言っていた。ならばその状態で脱走というのは考えにくい。

 となると残る可能性は一つ。開発者が投棄した、だろう。

 理由は…感情を獲得してしまったからではないか?だとしてもそれはそれでおかしな話だ。

 アンドロイドの感情の獲得。それは開発者としては想定外だったかもしれないが、本来の目的ではなかったとしても大発明だろう。偶然の産物にしても喜ぶ人間は少なくなさそうだ。仮に処分するにしても記憶を消してその辺にポイ、だなんてあまりに雑すぎやしないか。

 もしくは。

 どれも正しくないとしたら。

 ミカは、捨てられたのではないとすれば──


「晋也。」


 不意に。背後から声を掛けられ、同時に目隠しを外される。

 いつの間にかテーブルに並べられた本日の晩餐は、中華だった。

 小ぶりの海老が入った炒飯に、水餃子のスープ。おかずには油淋鶏と麻婆豆腐。

 視覚を奪われて普段より一層研ぎ澄まされた嗅覚で調理中の匂いだけ嗅がされるという拷問を受けた俺の腹の虫は今や半狂乱でカロリーを求めていた。

 つまるところ、俺の精神を破るには十分な破壊力をそれは秘めていた。


「うぉっ…い、いただきますっっ!」

「召し上がれ」


 うまい、うますぎる。冗談抜きに店を出せるレベルだ。

 炒飯はそうそうまずくなるものではないが、逆にうまく作るのも難しい。ただこれは見事に『旨く作る』事に成功していた。

 俺の注文を受けてか、少し濃い目の味付けをされたそれは香りが口の中に強く残る。しかし時折挟まれる海老の食感が舌を飽きさせない。これは無限に食べられますね。

 そしてなによりこの麻婆豆腐。

 ピリ辛なんてものじゃない、結構辛なそれは飲食店ではなかなか出会えない絶妙な辛さ。まさに求めていた味だ。


「ミカ。一生俺の晩飯を作ってくれ。」


 俺は見事に胃袋を掴まれ、ついぽろっと漏らす。

 それを聞いたミカはいつも通り単調に。


「わかった。」


 本当に、こいつがこれから毎日晩飯を作ってくれるのなら俺はなんかこう、頑張っていける気がする。

 俺は、食器の上が空になるまで一心不乱に食い続けた。それはもう、先まで考えていた真面目な話をすっかり忘れるくらいに。







「ミカさん、今日も一緒に寝るのですか。」

「嫌?」

「嫌じゃないっつーか、どっちかっつーとまあ嬉しいけど。」


 昨日と同じく、今日もミカは俺のベッドに入ってきた。

 時間は、二時過ぎ。『晋也。何かやりたいこととか。』『じゃ、じゃあ、これ…

。』みたいなやり取りがあり、あれからゲームやらなにやらとミカに付き合わされていた。

 つっても、今まで俺がミカを振り回してたのもこんな感じだったのか。ちょっと申し訳ない。

 そんなことを考えていると、ミカは隣でこちらを凝視しながら。


「今日はどうだった?」

「ん?どうって?」


 俺が質問を質問で返すと、ミカは言葉を選ぶようにううん、と少し唸ってから。


「晋也が、喜ぶことをしようと思ったの。いろいろ、お世話になってるから。」


 ミカは少し首をかしげるような仕草を取りながら言った。意図ははっきりとはわからないが、その思いが何よりもうれしいものだ。


「うん。楽しかったよ。でもまあ、そんな無理しなくていいから。」


 ミカの思いが嬉しかったのと、でもここまで振り回されるのは勘弁、という気持ちとが入り交ざった感想。

 顔が近くにあったから何となくミカの髪を手で梳きながら言うと、ミカは「うん」と頷いてから少しだけ俺から目を逸らして下を見る。


「どうした?」


 心配になって聞くと、ミカは釈然としない、という顔をしながら。


「うん…何か体に異常があった…ような。」


 え?それって大丈夫なの?壊れたりしないよね。

 そういえばだけど俺、ミカがもし壊れても直す術を全く持ってないんですけど。

 少しすると、ミカは納得いかないといった表情のままだが異常がない事を確認したらしく、取り敢えず大丈夫、とだけ言う。

 もしかしたら感情の獲得と共に体にも変化があるのかもしれない。でも、今は。


「明日も、晩飯作ってくれる?」


 俺が聞くと、いつかと違い、今度こそミカは。


「うん!」


 確かに彼女はにこっと笑い、それはさぞ嬉しそうに、人間のようにうなずいた。

 そう、いつかのように見間違いではない。確かに彼女は、笑って答えた。

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