そうだ、ディズn──その壱
「着いたなー。」
「これが…。」
夢の国。
子連れのファミリーに、カップルに、友達グループに圧倒的な人気を博すスポット。
今更だが千葉県に点在する我が家からは一時間とかからない距離であるここに、今日はミカと二人でやってきた。
土曜日という事もあって開演前だがかなり人がいる。気持ち悪い。一昔前よりも大いに増えたな。
「晋也、早く早く。」
「うぃっす。」
今日ここに行こうと持ち掛けたのは勿論俺なのだが、ミカもとても乗り気だった。正直ここは近い事もあってよく来ていたから、基本的に飽きてしまっていたのだが、一度ミカとは来ておきたかった。
馬鹿みたいに長い列に並び、ようやくワンデイパスポートを獲得する。
特に選びもせずに上にあった方をミカに渡すと、彼女は暫くそれとにらめっこをしていた。
「どした?…もしかしてこっちのが良かった?」
「…ん。」
どうやらチケットに描かれたキャラクターがお気に召さなかったrしい。ネズミよりもわんわんの方が良かったとのこと。
俺が交換を促すと、珍しくこちらに確認を取らずに素直に受け取り、満足そうな表情でチケットを眺めていた。そんなに気に入ったのなら、帰りにそれのぬいぐるみでも買ってやろうか。
なんだかルンルンなミカを眺めているとあっという間に時は過ぎ、開演時間になった。厳密にいえば眺めていただけでなく変な虫が寄らないように殺気も放っていたが、そこはたいして変わらないだろう。
一般客の入場が始まると、人々は続々とゲートに吸い込まれてゆく。それに合わせ、並ぶ者も待ちきれないかのようにわらわらと前へ足を進める。
と、その流れに乗ってゆっくり進んでいると。
「晋也。ん。」
ミカが手を差し出してきた。
明確な目的を言うでもなく、かといって言い訳をするでもなく。が、聞き返すなんて野暮なことはしない。
俺がその手をなるべく優しく包み込むと、ミカは満足したように頷いて前に向き直る。
つっても、チケット通すときは離さなきゃならないんだけどね。
ようやく俺らの番が来て、一度手を放す。問題なくゲートを通ると、ミカはこちらに向き直ってもう一度、「ん。」と手を差し出してきた。
え、かわいい。
「晋也、あれは?」
ミカが指さす先。そこには入場するなりダッシュで各々の目指すブースへ向かう客と、さながら十八禁のロゴのように手のひらを前に突き出してひたすら「走らないでくださーい」を繰り返すキャスト陣の姿。残念ながら彼らに声が届くことはない。
呼掛従業員と止まらない客、の図である。
「ああ、あれはな、ファストパスを取らんと駆ける者どもだよ。」
ファストパス。チケットを専用の機械にかざす事で特定の時間に早く乗ることのできるチケットを発行する機能。チケットの絶対数が決まってる以上、このような争いを生む原因になる。
「いいの?」
「ああ、俺らは歩いて行こう。」
問題ない。
だってキャストも走らないでくださーいって言ってるし、それに。
「なんか滑稽だろ。」
さて。のんびり歩いてめっちゃはやいエレベーターのアトラクションのファストパスを手に入れ、その後火山の中を進むコースターに並んでいるのだが。
「にしても人多いなあ。吐きそう。」
「大丈夫?帰る?」
「冗談だよ帰るかバカ」
こいつ、最近感情が芽生えてきたっぽいのはいいのだがなかなか冗談が通じない。
そしてめちゃめちゃ美少女のせいで周囲の目をめっちゃ引くから、それでちょっと話が通じない、天然というか世間知らずというか、そういう面を見せられるとたまに近くの、特に男衆なんかから「かわいい…」とか小声で漏れてきて非常に鬱陶しいのだ。
でもここは天下の夢の国。カップルも非常に多い。カップルやファミリーが近くだと、彼ら彼女らは自身の連れに夢中でこちらをあまり気にしないからそれはありがたかった。
「晋也。この部屋入りたい。」
「いや、それ雰囲気作りの置物だから。」
「それくらいわかってる。言ってみただけ。そういうことはあまり口にしない方がいい。」
「実を言うとあの怪しい薬品は本物の劇薬なんだぜ?危ないからやめとけ。」
「ほんと!?」
「冗談だよバカ」
と。今までなかなか見られなかった『!』が付くほどの反応さえもたまに見ることができた。
というか、なんだかどんどん人間らしくなってきていた。
「晋也、見て見て。」
「はいはい、見てますよー。」
アトラクションが始まると、ミカはそれはそれはご機嫌だった。
実際本当に楽しめるか不安はあったのだが、大丈夫そう、というかすごい食いつきだ。今はゆっくり動いて周りのギミックやらを楽しむパートなのだが、十分にたのしんでいた。声に抑揚はあまりないが、確かに楽しんでいたのだ。
「晋也。熱い。早い。早い早い。晋也。晋也!!」
「わかったわかった!聞こえてるから!ラストスパートだぞ!」
最後、周囲が炎に包まれ、一気に急上昇。そのまま屋外に飛び出し─という流れなのだが、急展開に驚いたのか、ミカが慌てだした。
そのまま、隣の俺の手を握ってくる。
…これは、予期せぬ、というかありえないと思っていたイベントだ。まさか、それがいきなり…ちょっと痛い。力強いな。…痛い、え、ちょ、本気で、本気で痛いから!
「し、晋也、晋也!」
「痛い痛い勘弁!ちょっと!!」
ミカの微笑ましい叫び声と俺の悲痛な叫び声を乗せて、コースターは急降下した。
「お前も怖がったりとか─」
「しない。少し驚いただけ。」
アトラクションを終え、無事に出てきたのだが、ミカはなんだか意地を張っていた。
まさか、『恐怖』もあるのか。
いやまあ、感情が芽生えた以上それはありうる話だし、もしかしたらそれに似た形で身の危険に対する危険信号、的なものも元々備わっているかもしれない。…ジェットコースターがそれに引っかかるとは思いたくないが。
と、一見これだけ怖がっているが。
「もう一回。」
存外気に入っているようだった。
良かった。ミカとなら散歩だけでも良いが、せっかくならそういうの、乗りたいからね。
でもその前に。
「トイレ行かしてくんね?」
「わかった。」
何か飲み過ぎた、とか。そういう事は無いのだが、少し尿意を感じていた。ミカはそういうのなくていいよな。
「…ミカさん、一緒に入ってくる気?」
「そっか。」
トイレはすぐ近くにあった。到着しても手を離さないミカを振り払い、さっさと中に入る。さっさと済ませてとっとと出よう。あまり待たせたくないからね。
あいつの事だ。あんな美少女がしたらたとえ天下の夢の国でもナンパされかねない。
と、急ぎつつも手だけは丁寧に洗ってから外に出ると。
案の定というかなんというか、居なくなっていた。
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