仏頂面が、綻ぶ時


 やーっぱり布団が恋しい、午前七時すぎ。というかもうそれどころじゃない。少し前までは『うぅ、寒ぃ…』程度だったが、今は『ッハ…ッハ…!さ…さっ…!』くらいに寒い。ちょっと言い過ぎたかな。

 やっとの思いでそれを抜け出し、寝ざめのコーヒーを入れる為のやかんの蓋をあえて外して湯気で手を温める。

 テレビはやっぱり録画したアニメを付けてBGM程度の感覚で流し見。

 歯を磨いて、制服に着替え、テレビと暖房を消す。


「…めんどくせえ…。」


 ローファーを前にして、足が止まる。

 今なら、今ならまだ間に合う!今から引き返せば、まだサボれる!家を出た後では、かえって引き返すのは面倒だから!


「…っぐ…いってきやー」


 今日は『籠ってゲームしたい』よりも『友達に会いたい』が見事勝利して登校を決意する。

 我がマイハウスに一言挨拶をして家を出る。

 …なーんて言いつつ、自転車を見て早くも気が滅入る。

 チャリ漕ぐの、だりぃ。嗚呼、免許はオーケーなのにどうしてバイク通学がダメなのだ。

 馬鹿!俺は、今日は登校日と決心したじゃないか!

 自分の頬を叩いて自転車にまたがる。ここまでくればあとはすぐだ。

 いつも通りの道を、いつも通りのんびり走る。あんまりとばすと寒くても汗かくし。


 そうしていつも通りに自転車を走らせて、いつも通りに公園の横を通った時。

 いつも通りではないものを目の端に捉え、急ブレーキで停車する。


「なんだ、随分早かったな」


 ははっ、とつい笑ってしまう。

 コートを着なければ外を歩けないくらいには寒いはずだが、そんな中真っ白な半そでとハーフパンツのみで地べた、落ち葉のクッションの上に横たわる美少女。

 腰まで伸びた長い銀髪は一切の混じりけが無いように輝き、すらりと伸びた手足はモデルも顔負けのスタイル。人形の様な顔立ちはそのまま飾っておきたいくらい美しい。

 月を人の形に変えたような存在だ。

 俺は自転車をその場に停めてそれに歩み寄る。

 ええと、なんていおうか。ああ、そうだ。


「日本語、わかりますかー?」


 俺が問うと、その少女はゆっくりと目を開け、起き上がる。


「わかりますよ。」

「怒んなって。冗談だよ、バカ。」


 少女は『心外だ』とでも言いたげに唇を尖らせた。相変わらず、冗談は通じない。そこは教育が必要そうだ。


「おはようございます。中山晋也です。…はい、はい。」

「あー、悪い子」


 電話先は学校。さっきまでの葛藤は登校サイドの勝利と思われていたが、土壇場で大逆転が起きてしまった。

 サボりサイドの大勝利である。


「うし、今日はどーすっか?」


 スマホを仕舞って少女に問うと。


「晋也に任せるよ。」


 ミカはそう言って、今までで一番の笑顔を見せた。

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仏頂面が綻ぶ時 新木稟陽 @Jupppon

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