きまぐれ


 お料理対決を勝利で収めたことで綾香は満足したらしく、今日は皆泊まらずに帰っていった。そして後片付けも終わりゆっくりと風呂に浸かっていたのだが。

 首まで湯に埋もれてだらしない声を出していると、不意に扉が開けられた。


「……えっと。」

「お邪魔します。」


 何を血迷ったか、全裸のミカがさながら背の順の先頭のように胸を張って入ってきた。アンドロイドだから人間にあるはずのものが無いのだが、それでもやはり裸になられると目のやり場に困るというか、心臓に悪いというか。

 というか、こいつは何を血迷ったんだ。


「ミカさん、いかがなされました?」


 風呂に浸かったまま聞くと、ミカも浴槽に入…る前にシャワーで体を流す。必要かどうかは別としてこういう所ちゃんとしてるよな。

 ある程度体を流して満足したらしいミカは遠慮もなしに浴槽、俺の向かい側に浸かった。


「なんのつもりすか、ミカさん。」

「サービス。」


 いやいや。サービスて。いきなりコイツ、どうしたのだろうか。

 それにしても、やはり大した出来だ。見た目もそうだが、機能性。生活防水どころじゃない、湯船にさえ浸かることが出来るとは。殆ど人間ではないか。


「…晋也のえっち」

「…………はい?」

「じろじろ見すぎだから言ってみた。」


 えっと、下心じゃなくて単に関心してたんですけど。まぁ確かに己の局部もまともに隠さず裸体を凝視したのは失礼だったかもな。

 …て、あれ。意識したらどんどん恥ずかしくなってきたんだけど!何で俺美少女と混浴してんの!?おっと、落ち着け、落ち着け我がムスコよ。今お前に血液は必要ないはずだぞ。

 急に股間を隠した俺を見てミカは鼻まで湯に浸かり、口から息を吐いてぶくぶくと泡を出す。


「お前、一挙手一投足とまではいかないけどそういう細かいとこ芸達者だよな。」


 俺は褒めたつもりなのだがミカはそのまま何も言わずにぷいとそっぽ向いた。なにそれかわいい。

 そろそろのぼせてきたからあがろうと立ち上がり湯船を出ると、背後から声を掛けられる。


「晋也。お背中流そうか。」

「もう体洗ったから。」

「そう。」


 俺は振り返らずに答える。これ以上の長居は無用だろう。無用というより、居たくない。

 だってこれ以上ここにいたら、こいつの内部洗浄、という名の奇行を見ることになるのだから。






 さて。風呂を上がった後、適当にテレビゲームをしたり、ミカにボードゲームに付き合ってもらったり。そうして気が付けばもう一時。今日も頑張った我を労おうとベッドに潜ったのだが。


「ミカさんミカさん、いかがなされました。」

「添い寝サービス?」


 サービス?って、?てなんやねん。

 ミカさん、今度はどうしたことか俺のベッドにおもむろにもぐりこんできたのだ。二人が横になるには狭すぎるシングルベッド。ねじ込むように俺の横に入って来た彼女は俺の片腕に抱きついてじーっとこちらを見ている。


「ミカさんや、本当にあなたどうしたの。様子が変ですや。」


 本当に今日のミカは様子がおかしい。…いや、今日は、というより皆が帰ってからだろうか。

 俺の問いに暫く黙ったミカは、近かった距離をより一層縮めて答える。


「なんでだろう。」

「なんでだろうってお前…なんか理由ないの?」


 するとミカはまたしばらく口を噤んだ後、少し眉を顰めてさぞかし不思議そうに、本当にこちらに疑問を投げかけるようにつぶやいた。


「本当にわからない。今日私よりも綾香の料理の方がおいしいって言われて、なんだか不愉快だった。だからもっと、別の事で晋也に…見てもらおうと…?」


 思わず、頬が紅潮した。

 ミカは自分でも何を言っているのかわからない、という様子だったが、これはつまり…そういうことだろうか。もはや面と向かって告白されたようなものではないか。

 すぐ近くに、彼女はいる。少し前に動けば口と口が触れてしまうような距離。そんな距離でこいつは…。

 と、俺はこれだけ惑わされているというのに、当のミカはすっかり落ち着いていた。

 こいつはアンドロイド。作り物の身でこのような感情がわくことはあるのだろうか。いや、ありえないことだから本人も困惑しているのか。


「晋也、どうした。顔が赤いよ。」

「…うるせえ。」


 こいつ、色々と気が利くし機転も利くのに、なぜ俺がこんな顔をしているかもわからないのか。否、アンドロイドだからこそ、人の感情というものに疎いものなのだろうか。

 兎にも角にも、これ以上こいつと見つめ合うのはやばい。かわいいかわいいと馬鹿みたいに連呼している俺だが、このままだと本気でミカに持っていかれそうだ。

 俺は横を向いていた顔を天井に向け、一言。


「おやすみ。」


 それだけ言って目を閉じた。



 …勿論暫く眠りにつけなかったことは言うまでもないだろう。



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