お留守番


 この感覚は何なのだろうか。

 彼の事を考えると、胸が締め付けられるような、熱くなるような。そんな感覚。

 彼とは、身元不明の私をこの家にかくまうあの男だ。本当に、よくわからない男。

 自分でも正体がわからない、などとぬかす私をこの家に置き、なんの心配もないのかそのまま家を空ける男。少しは警戒や心配が無いのだろうか。

 そもそもなぜ私を匿うのかわからない。何も見返りは渡していないのに、彼はいつでも楽しそうだ。人間というのは本当にわからない。

 しかしそれ以上に今の私はわからない。


 わからないわからないわからない。


 今も、私はなぜこんなことをしているのだろうか。

 晋也が家を出て一時間三十二分。私は『楽器部屋』にて様々な楽器を試していた。この部屋にある楽譜は晋也の弾くことができる曲。これを私もできるようになれば、歌えるようになれば、もっと彼も楽しんでくれるだろうか。と、練習をしている。

 何故、こんな事をしているのか。

 私がやりたいから?彼を楽しませたいから?

 どうして、私はやれたいのだろうか。どうして、私は彼を楽しませたいのだろうか。


 そうだ、世話になっている分、彼に返すことのできる見返りが、それだけだからだろうか。

 そうか、そうに違いない。

 手間をかける以上、当然見返りがあるべきだ。だが私には金も無ければ体で支払うこともかなわない。だからそれ以外の方法で彼を満足させるしかないのか。

 よし、彼を満足させねば。まずはこの歌を覚えよう。掃除は済ませてしまったから…今晩の料理でも作ろうか。

 だが料理では昨日、綾香に負けてしまった。晋也曰く「勿論おいしいが、綾香の作った方が好みの味だった」そうだ。彼の好みとは何だろうか。食品の成分を分析する機能でもあれば昨日の綾香の料理を研究したのだが、残念ながらそんな機能は持ち合わせていない。仕方ないからそれは今度聞こう。

 食材も足りない。今のうちに買い出しに行くか。


 昨日。帰った時、鍵と一緒に小銭入れを渡された。念の為な、と渡された中には一万円。どういう意図があるのかわからないが、これを少し使って晩御飯を作れば彼も喜ぶだろうか。

 時間はまだまだある。おまけにお菓子かデザートでも作ってもいいだろう。

 あとは、どうすべきか。

 なぜだろう。早く彼に会いたい。彼の喜ぶ顔が見たい。私はこんなにも彼へ負い目を感じているのだろうか。

 昨日、スリープから目覚めたときに家に彼がいなかっただけで、なんだかすごく苦しくなった。だが、体の以上は無い。とにかく焦って学校まで会いに行くと、彼はとても困った顔をした。私がして欲しかったのは、そんな顔じゃない。

 だから、鍵はもらったけれど学校には行かない。まずは綾香に負けた料理から、彼を満足させなければ。


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