第一回色々バトル



 うちに入るやいなや綾香は声高々に宣言する。いきなりどうした。気でも違えたか。


「なんで」

「特に理由はありません!」


 潔いなコイツ。

 あきれて言葉を失っていると、俺の困惑が顔に出ていてのか、夏鈴が補足する。


「いやね、私らミカちゃんのことあんまし知らないし、逆もそうだし。だからお互いをよく知る親睦会みたいなものですよ。」


 なるほど、いろいろなジャンルでバトル、という形で得意なこと不得意なこと、会話だけではあまりわからないことも分かり合えるだろう、と。魂胆はわかるがどうしてそこまで必死になるのか。

 俺は、どうしてそこまで急ぎ足になる?と聞こうとしてやめた。こいつがいきなり現れ、しかもいきなり同居というイレギュラー因子だからだ。

 しょっちゅう家に泊まるような友人の家にいきなり異性の同居人だなんて驚いて当然だろう。俺がおかしいのだ。


「いいかね?ミカちゃん!」

「えっと。」


 困ったように、というより判断を仰ぐ部下のようにミカはこちらを見る。後ろでは綾香が「なんでいちいち晋也に聞くの!」と喚いているが、その通りだ。そこまで俺に気を遣う必要なはい。


「ミカがいいなら、やれば?」

「うん。」


 頷いてはいるが、やっぱりこいつは自分の意思を持たないのか、流されるだけだった。






「そ…んな、馬鹿な…」

「あ、りえない…」


 第一回戦は、俺らがさっきまでセッションをしていたのもあって歌唱力対決。いきなり膝を折って絶望するのは綾香、と亜美。

 二人もそこそこ歌がうまいから自信があったのだろうが、ミカには遠く及ばない。

 手と膝を地につけて絶望のポーズをとる二人をミカは勝ち誇ったように見下ろして。


「ふ。」

「わあああああ!こいつ!」


 小さく鼻で笑う。それはもう、誇らしく。

 と、見苦しく喚き散らす二人を前に制服のブレザーを脱ぎながら一人の少女が立ち上がる。


「では、私の出番ですね。」

「やめろ!やめてくれ!」


 そう、残った一人の女。見た目だけは優等生女子、夏鈴である。

 威風堂々立ち上がった彼女を、隣に座っていた英也が必死になって抱きつくように止める。だが、それは俺もよく理解している。それもそのはず。


「なっ!何をする!セクハラですよ!」

「この流れで音痴ボイス聞きたくないんだよ!」

「貴様…!」


 そう、夏鈴は正真正銘、聞くに堪えないレベルの音痴だ。彼女自身自覚があることがまだ救いである。

 いちゃつく二人はおいておくとして。


 第一回戦歌唱力対決、ミカの勝利。






 第二回戦、裁縫対決。

 とはいえほつれた服もボタンが取れた服もないので手製の刺繍を作ることに。手製の刺繍となるとかなり時間がかかるため我ら男衆はリビングで待機しているのだが。


「にしてもおっせえな。やりこみすぎじゃね?」


 『5』を二枚出しながら改がつぶやく。

 我らが別室に移動してすでに一時間が経っていた。聊かやりこみすぎではないだろうか。


「まあそんな短時間でできるもんでもないし。はい乙。」


 俺は『スキップ』を二枚、続いて『2』を出す。

 時間がかかるのはいい。どうせやるなら妥協せずにちゃんと作ってほしい。だがこのままだとこいつらなし崩し的に今日も泊まるんじゃなかろうか。


「時間の分期待しようぜ。ウノー!」


 これ以上隠し通すのは辛いんですけど。てか、もうばれてるんじゃないか、という気がしてならない。だって隣にアンドロイドがいて気づかないとかある?なくね?


「だな。にしてもミカちゃんすげえな。めっちゃ歌うまいやん」


 まあ、いまのところはばれてないのか。だが、ミカとの関係がどれだけ続くかはわからないが、こいつらとはきっと長い付き合いになる。遅くも早くもこいつらには打ち明けることになるだろうか。


「はいドロ4赤どんまーい」

「ああくそ!」


 と、俺が英也に渾身の嫌がらせをしたタイミングで階段を降りる足音が聞こえてきた。なんだよ、こっからなのに。




「はい、じゃあ私から。じゃーん!」


 トップバッター綾香。彼女が自信満々に掲げたのは猫の刺繍だ。デフォルメされたかわいらしい猫。女子幼稚園生が喜びそうなものだ。ちゃんとかわいくできているし、不自然に曲がった線などもない。なかなかの出来栄えだ。


「つぎあたしー。はい、改あげる!」

「んーありがと。かわいい。」


 亜美が改に手渡したそれは、はっきり言って恐ろしくへたくそだった。

 目と鼻と口があることはわかる。それ以上にはどうにもあらわしようのない何かを屈託のない笑顔で彼氏に渡すその様子は新手の嫌がらせか何かかと思ったが、改もまた笑顔で受け取っていた。あいつらが幸せならば良いだろう。


「お花畑も甚だしいですね。はい」

「「おお…!」」


 続いて夏鈴が差し出した刺繍に俺と英也は思わず息をのむ。

 それは、馬。実にリアルな馬だった。

 しかも走るシルエットではない。首から上のアップ。それも写真と見間違えるほどのクオリティだった。自信満々に「ふふん」と笑うのもうなずける。

 なにかとおやじ趣味の多い夏鈴。彼女は馬の運動会も好きなのだ。語りはしないがきっとこれも名前のある馬なのだう。見る人が見ればわかるのかもしれない。

 そして最後、本命のミカだが──


「はい。晋也。」

「優勝」

「なんでよー!」


  間髪入れずに判定をくだした俺に綾香が掴みかかってくる。だがこれはひいき目なしに、ずば抜けて最強も最強。

 俺の顔だった。

 それこそ機械で俺の顔写真をうつしたような精巧さ。…いや、もう少しイケメンでもいい気がするが。とにかく優勝、異論は認めん!


「てか、なんで俺の顔にしたの?」

「それ以外に思いつかなかった。」

「おい!なんだよ!晋也にやにやしてんじゃねえよ!」


 おう、嬉しい事言ってくれるじゃないか。きっとこいつなら写真のように思い浮かべられるものはたくさんあるはずだが、そこから俺を選ぶとは。

 横から綾香が突っかかってくるがそれはシカトする──


「ぅ、ぅう…晋也のバカぁ…」

「お、おいそんな顔すんなよ!相手が悪かっただけだって!」


 ─と、泣きそうになっていたから必死にフォローした。


 第二回戦、ミカの勝利。






 あれから駄々をこねる綾香に付き合うように、クイズ、テレビゲームボードゲーム、腕相撲まで様々な勝負をした。途中からあきらめたのか夏鈴と亜美は抜け、しかしそれでも続ける綾香はじゃんけんすらまけていた。


「うっ…ぐすっ…つ、次は…」

「なあ綾香、そろそろ諦めろよ。」


 ここまで数々の勝負を挑み、すべてミカの勝利。悔しいのはわかるが、みてていたたまれない。

 お前はよくやったよ、と二の腕辺りを軽く叩いて励ますが、綾香は依然として諦める様子がない。そろそろ終わってもらわないとこれまたお泊りコースじゃないですか。


「な、今日は泊まんねえだろ?そろそろいい時間だしさ。」

「いい時間…そうだ!」


 すると俺の励ましから綾香は思いついたらしく、カッと目を光らせる。そして今日うちにきたときのように高らかに宣言した。


「料理対決だ!」






「「どうぞ」」


 どうせならみんな食ってけ、という事でミカと綾香でそれぞれ一つずつ大皿を作ることに。公平な審査のために同じ料理、定番もド定番の肉じゃがだ。

 どういうわけか俺が審査員らしく、皆も食卓についているが俺の前に皿がおかれる。


「じゃあ、いただきます…。」

「はい…」


 まずは綾香作を一口。…うん、うまい。少し濃い目の味が俺好み、さすがそれなりの付き合いだ。よくわかっている。だが俺は綾香の料理を食べなれている。よく言えば馴染んだ味、悪く言えば慣れた味か。

 続いてはミカの料理。こいつの手作りを食うのは初めてだ。


「では、こちらも。」

「うん。」


 綾香のと同じく、肉とジャガイモをひとつずつつまむ。

 …うまい!

 ……うまい!!まるで先生の作るお手本、みたいな味だ!…が。

 そう、それは『お手本の味』だった。

 歌の時と同じ。上手なことに変わりはない。が、作り手の癖や特徴、綾香の料理のような俺好みの味付け(こればっかりは知らなかっただけだが)がない。良くも悪くも、『マニュアル通り』なのだ。

 舌の肥えたプロに食わせれば、単純な味ではミカに軍配が上がるかもしれない。…だがこれは。


「綾香の勝利!」

「…っぃやったああああ!!!」


 俺の判定に皆が驚き、同時にそれを挨拶にするように黙って待っていた全員が食事に手をつけ始める。ずっと我慢していたようだ。

 皆が「まじで!?」とか「綾香、やっと、やっと勝てたね。おめでとう!」とか言いながら飯を食う中。


「…むぅ」


 ミカは一人、少しだけ悔しそうに頬を膨らませていた。

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