曖昧で低迷
歩く。
止まらずに、振り返らずに。
足を止めては、そこから動けなくなってしまいそうだから。
だから、ただ前を見て足を動かす事だけを考える。
きっと、彼ももう既にこちらを向いてはいないだろう。振り返ったところで、目が合うことはないだろう。
でもやっぱり、振り返らない。
離れていく背中なんて、見たくないから。
一生懸命足を動かしてようやく駅に着く。おかしいな。足って、こんなに重たかったっけか。少し太ったのかな。
改札を通ってホームにつくと、座っていた二人少女が駆け寄ってきた。
「おっす。ごめんね、わざわざ。」
二人はなんのなんのと首を振る。
「…で。」
「どーだったんだよー!」
どう、だったか。
何がとは言うまでもなく、告白の結果だろう。
結果。
「あ、えっと。」
少し俯いて自然、眉間に力が入る。
「なーっ!わかったから!いいから!」
それでも声を絞り出そうとした時、亜美に両肩を掴まれて制止される。同時に夏鈴もペコペコと謝る。
そんなに、顔にでていただろうか。
「取り敢えず、座りますか。」
次の電車までまだ五分もあった。夏鈴に促され、さっきまで二人が座っていたベンチに腰掛ける。
「まあ…元気出しなよ。」
「そ、そうです。晋也もバカです!こんな、勿体ない!」
左に座る亜美に背を軽く叩かれ、反対側で夏鈴は拳を握る。
「慰め下手すぎるよ。特に夏鈴」
「えっ!?」
若干苦笑いを交えながら言うと、夏鈴は本気で驚いて目を見開く。なんでもできそうなお澄ましさんのくせに、こういうところは不器用だ。
私にも何か、そういうかわいいところがあればよかったのかな。
って、何考えてんだか。
「…やっぱり」
「綾香」
私が口を開くと同時、夏鈴はかぶせるようにしてそれを遮る。
「無理して話さなくても、いいんですよ。」
それに合わせて亜美もうんうんと頷く。
なんだよ。さっきまでキョドってたくせに、かっこつけちゃって。
でも、大丈夫。
無理に話そうなんて、してない。
誰かと話したかった。
誰かと離れたくなかった。
「やっぱり、ミカちゃんだって。晋也はミカちゃんのこと、好きななのかどうかは自分でもわからないけど、こんな曖昧な気持ちで私と付き合うなんてできない、だって。」
そっかぁ、と俯く二人もきっと、やっぱりな、と思っているだろう。
「あれはちょっとね…言っちゃなんだけど、強すぎるよ…。」
「そ、そうですよ。あんなのずるいです。バケモンです。あんなの引き合いに出されたらしようがないですよ。何ですか!結局顔ですか!」
夏鈴はやっぱりだめだった。
しようがない
そうだ。どうしようもないんだ。
トップアイドルだって軽く撥ね退けるような絶美。胸は大きくないがすらりと伸びた足はモデルのようなシルエット。そのくせ背はちっこくてかわいらしい。
更に夏鈴はああ言ったが、優れているのは何も外見だけではないだろう。
晋也にゾッコンで、晋也にいちいちくっついて回り、私と晋也が話していてはやきもち妬いてやきもきして。そんな姿は当の晋也からしたら相当に可愛かっただろう。
私から見ても、可愛かった。
可愛くて、羨ましくて、妬ましかった。
「うん。しょうがない、よね。」
しょうがない。どうしようもない。
格が違ったんだ。
「でも、だからって…」
格下だからって。
私の分際だからって。
「諦められるわけ、ないじゃん。悔しくないわけ、ないじゃん…!」
いつから好きだったかなんて、知らない。
幼馴染だなんだなんて、知らない。
「なんだよ。私の何処がだめだったんだよ…。」
突然現れた女の子に負けたのが悔しくて。
そんな女の子に恨みつらみをぶつけるような自分が嫌で。
わかっていたのに。
わかっていて、当たって砕けろの覚悟を持って、結果当たって砕けただけなのに。
なのに。どうして。
こんなに涙が出るんだろう。
「もう、なんだよ、自分の気持ちがわからないって。バカぁ!」
そんな曖昧な答えを寄越されたら、まだ希望はあるのかと期待しちゃうじゃん。
「だったらいっそ嫌いとか言えばいいのに…!」
嘘です。
さすがにそれは死ねるのでやめてください。
でも本当に、これじゃあ諦めきれない。
諦めていいものなのかどうかもわからない。
というか、諦めた方がいいってなんだ?いいとか、悪いとか、そういう話?
もう、わかんない。
「わかんないよ…。」
「落ち着いた?」
「はい。」
落ち着いた。
落ち着いて、冷静になって、死にたい気持ちでいっぱいです。
一週間ぶりに人目を憚らずに泣いてしまいました。
むしろ既に死に体です。
私が泣きわめく間、二人はただ黙って聞いていた。きっとかける言葉もなかったろう。
それでも、隣で居てくれるだけで十分だった。
「この後どうします?」
「どっか寄る?」
普段は誰かが言い出すとそこに決定、即出発という流れだが、今日は二人とも気を遣ってくれているようだった。
「や、今日はもう帰る。」
「そ。」
今日はその二人のやさしさに甘える事にした。
「ただいまー」
「かえりー」
特に寄り道をせずに家に帰る。両親は共働きだから、この声は妹だ。
妹の声のしたリビングに向かう前に、洗面所に寄る。手洗いうがいもそうだけど、この泣き面を洗い流さなくては。
「んー、よし。」
あまり時間をかけても怪しまれる。パパっと済ませてすまし顔でリビングに顔を出す。
「今日早かったんだね。」
「姉ちゃんこそー…ん」
さりげなく声をかけると、妹は左手に持ったアイスを舐めたまま右手のスマホからこちらに視線を移す。そしてスライムのように半分溶けかかっていた体がソファーから弾かれたように飛び起きて。
「…なんかあった?」
「え?」
え。
何かあったって、そりゃあ大いにあったけど。
「よくないこと」
ぎく。
ここまでくるともうごまかすことは不可能。
別に何の気なしにかけた一声だったのかもしれない。しかし、私は愚かにも反応してしまった。
「別に、なんでもないよー。」
だが、敢えてしらばっくれた。
いや、あえるも煮るもない。
ただ反射的にしらばっくれてしまった。
咄嗟に逃げようと踵を返すも時すでに遅し、反対側に回り込まれる。
コイツ、さっきまでねっこっろがってた癖に…!
「フラれた?」
「!」
ピンポイントすぎる!
「そうかそうか晋也さんにねえ。」
「な…っ!?」
つい、赤面してしまった。私の負けだ。いや、ずっと負けっぱなしでこの瞬間完敗しただけだけども。
てか、何故それを…!?
妹と晋也は一応面識がある。といっても妹と二人でいるときに何度か偶然会って、その時に紹介した、程度。あとは何回か晋也のことを聞かれて答えたくらい。
私の晋也への想いに気付くには材料が少なすぎる。
困惑していると妹はわざとらしく大きなため息をついて。
「姉ちゃんさあ、わかりやすすぎんだよ。晋也さんと偶然会ったときあたしそっちのけでだってすっごい嬉しそうに話すし、あたしと話すときだって晋也がどうだったーとかどうしたーとか、気付かないわけ、ないだろがー!!」
「ぐっ…」
そ、そんな、そんなに、そんなんだったんでしょうか…?
そんなにそんなで、皆にもばれてたんでしょうか…!?
そういえばさっきの晋也も、そこまで驚いてはなかった…気がする。
自分だけうまく隠してるつもりで、晋也にさえばれていたんでしょうか…。
そんななのに一人で『皆の関係が私のせいで壊れるのが怖い』だなんて…そんなの…そんなの。
「ぐぅっ…!」
「あっ!逃げんな!」
立ちはだかる妹を振り払って自室に逃げ込もうと試みるも、阻まれる。
中三といっても十分に発育の済んだ妹。力に大差はない。互いに腕を組みあって力比べの体勢になる。
「く、わ、し、く、聞かせろっ!」
「ぐぅぅぅぅ…ぐぅぁぁぁぁっ!!」
隙だらけの妹の脇腹に右足を入れる。
「がっ…!?マジ、かよっ!!?」
体をしならせて力の緩んだ隙に腕を振り払って階段を駆け上がる。自室に入り、鍵をかけてドアストッパーで二重にロック。
勝利…!
「はぁ。」
あほか。
全面敗北だよ。
口先の勝負に負け、暴力でねじ伏せました。妹を。
「はぁぁぁ…。」
深いため息が漏れる。
それにしても。
私、そこまでわかりやすかったかなあ。
晋也に数回しか会ってない妹にまでばれていたとは。
「マヌケすぎるぅ。」
私のせいで、とうに周りの関係は崩れていたじゃないか。
でももし晋也も気付いていたなら、それはある意味いいことかもしれない。
元の関係のまま付き合いを続けるということに、あまり抵抗がないかもしれないから。
「これは…前向きにクズいかなぁ…。」
でも、そうでもして前向きにならないとやってられない。黙っているとまた晋也のことを考えて沈みそうだから。
フラれた直後では楽しい思い出も思い出せない。気が付いたら、晋也のラインを開いていた。
何か、送る…?
いやいや、何送るんだよ!
『これからもよろしくね』?
プレッシャーあたえてどうする!
『今日はゴメン』?
なんで謝る!謝るな日本人!
「ダメだっどれもダメだっ!」
思い切りベッドに飛び込むと、突然睡魔に襲われる。
「そか。泣き…疲れた…か、な…」
もう、このまま寝てしまおうか。あまり考えても仕方がない。
晋也はきっと、明日もいつも通り接してくれるだろう。
なんて、楽観しすぎたのかな。
そう、一瞬、目の前が真っ暗になった。
「お、晋也、おはよー。」
翌朝。
息が詰まりそうなのを何とか耐えて、いつも通りにいつも通りのテンションで晋也に声をかけた。
しかし、返事はいつも通りではなかった。
「ん、ああ…おはよ。」
晋也はもともとハイテンションではない。ましてや朝は眠くて不機嫌なこともあるが、明らかに不自然だった。
が、一瞬といったのは私が一瞬で立ち直ったからではない。晋也の様子から、もっと別の理由があるような気がしたからだ。
しかし、万が一でも私が原因の可能性もある。だから私からそれ以上聞くことはできなかった。
だから英也と改が晋也を連れて問い詰めたのは私にとって僥倖だったかもしれない。私は三人にこっそりついていった。
三人は人の少ない場所まで来ると、さっそく英也が切り出す。
「晋也。さすがにあれはひでぇんじゃね?」
「は?何が?」
なんだか不穏な空気。トテモコワイです。
すると今度は改が今にも掴みかかるような勢いで。
「バックレんな。昨日綾香に告られたろ。いきなりその態度はねえだろっつってんだよ。」
「知ってたのかよ。」
オイマテ。私がキレそうだよ。
二人は私の為に怒ってくれているんだろう。わざわざ人のいない場所まで移動したのも聞かれないため。
でもね?私のいない場所で私がフラれた話ってどうなのかな??
キレそう。
「いや、その件は関係ねえんだ。」
「え?」
しかし晋也の返事はその二人にとって、そして私にとっても予想外のものだった。
「ミカが、いなくなった。」
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