少女、次の遺跡を目指して

 クリスティアの誘拐事件の翌日、クリスティアは自室のベッドの上に座っていた。


「うっ」


 クリスティアは胸を手で押さえ付けて痛みに耐えるように顔を歪めていた。


(大丈夫・・・。大丈夫ですわ。まだ大丈夫・・・)


 クリスティアは心の中でそう考え続けると、次第に痛みが消えていく。


「・・・・・・着替えないと」


 今日は休むように言われていたが、『闇夜の使徒』が動いた今、寝ているわけにはいかない。


 クリスティアは聖女の衣に着替えて、自室を出ていくのだった。



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 更に数日が経ち、『闇夜の使徒』も何も動きを見せることなく、日常が続いていた。その朝食の席で


「アビーさん、封印の遺跡ってどこか心当たりとかありませんか?」

「あー、例のか」


 リリィはアビーだけには、ナハトが言っていた封印の遺跡のことを話していた。


「俺はいろいろと遺跡に潜ってきたが、やっぱり思い付かねぇな。怪しいとすれば巨大な遺跡。もしくは封印や結界が解けていない遺跡となるが」


 流石に数多の遺跡を潜ってきたアビーは、何処に何があったか覚えていなかった。


「そうですよね」


 やはり遺跡に長年潜ってきたアビーでも、そんなことはわかるはずがなかった。


「あ、でも一つあるかもしれねぇ」

「え?」

「確か・・・そう、『霧の遺跡』と呼ばれる遺跡だ」

「霧の遺跡・・・」


 リリィは忘れないようにその言葉を呟くのだった。


「さて、そろそろ準備しないとな」

「あ!もうこんな時間!早く食べないと!」


 もう開店時間まで時間が殆どなかった。朝はハンターの人が顔を出すことが多いので、リリィは急いで朝食を食べるのだった。


 そして、リリィは食器を急いで片付けた後、店を開いた。


「お、リリィちゃん。おはようさん」

「あ、おはようございます」


 店を開くとすぐに顔なじみの客のハンターがやってきた。


「ん?あははは!」

「ん、どうしたんですか?」


 リリィの顔を見るなり、ハンターはいきなり笑い出した。


「いや、笑ってすまねぇ。リリィちゃん、頬に食べカスついてるぞ」

「え!?」


 リリィは慌てて頬を拭く。


「結構慌ててご飯食べてたな」

「お見苦しいとこをお見せました」


 リリィは頬を染めながら、ハンターを店の中に招き入れた。


「それにしてもこの前はリリィちゃん災難だったな」

「えっと・・・」

「ほら、聖女様に色々言われたろ」

「そうでしたね。でもティアとはもう仲直りしましたから大丈夫ですよ」

「てぃあ?」


 ハンターの男は口をぽっかりと開けて固まった。


「確か聖女様のお名前は・・・クリスティア様だったよな」


 ハンターはぼそぼそと何かを言っている。


「どうしたんですか?」

「い、いや!その・・・リリィちゃんは聖女様とお友達なのでしょうか?」

「そ、そうですけど・・・。なんか口調が変わってません?」


 いきなりハンターの口調が丁寧になり、リリィは少し戸惑ってしまう。


「い、いや、すまねぇ。その・・・まさかリリィちゃんが聖女様とそんなに親しいとは思ってなくてな」

「あははは・・・私もまさか聖女様とは思いませんでしたから」


 リリィが最初に会った時は、ロイスを追いかけてこの店に飛び込んで来たのだ。少し前のことなのだが、リリィはちょっとだけ懐かしさを感じていた。


「じゃあ・・・こいつとこいつをを頼む」

「はい、ありがとうございます」


 ハンターは魔石と薬となる植物を買って、店を出ていった。


「それでリリィ、行くのか?」


 客かいなくなったタイミングでアビーが声をかけてくる。恐らくは朝の話の続きだろう。


「・・・アビーさんは反対ですか?」


 リリィは静かにアビーに問い掛ける。


「まぁ・・・危険が多い遺跡で有名だから、反対といえぱ反対だな」

「そう・・・ですよね」

「でも、そこにはあいつらがいるかもしれないんだろ?」

「・・・はい」


 リリィは頷いて答える。あいつとはナハトや『闇夜の使徒』のことだろう。


「なら俺と一緒に行くか」

「え?いいの?」

「ああ、リリィの魔法が必要になりそうだしな」


 アビーは先日のクリスティアとの会話で、『闇夜の使徒』は闇属性の魔力を扱う可能性が高いと考えていた。そのため、相手にするのなら、クリスティアやリリィの持つ光属性の魔法が有効になる。

 アビーはそこまで考えての発言だった。


「それに止めようとしたってお前のことだから、向こうから巻き込まれる可能性があるしな」

「そんなことは!・・・・ありますね」


 最近のことを振り返ってみると、トラブルに巻き込まれると高確率で『闇夜の使徒』に関わっているような気がした。


「・・・・・これが時期なのか」

「何か言いました?」

「いや、何でもねぇ」


 そして、店のこともあるので、霧の遺跡には3日後に向かうことになった。



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 遺跡に向かうことを決定した翌日。


「霧の遺跡か」

「ああ、あそこはなんだかんだであまり調査も進んでいないだろ?」


 アメリースにはロイスがやってきていた。そして、霧の遺跡に向かうことを話したのだ。


「そうだな」

「そんなに調査が進んでいないのですか?」


 アビーが知っているということは、結構前から知られている遺跡だと考えていたので、調査も進んでいるとリリィは考えていた。


「実はあそこは遺跡というより迷宮と言った方がしっくりする遺跡だからね」

「迷宮・・・ですか?」


 リリィが知っている遺跡でも入り組んでいる遺跡はあったが、迷宮とまでは呼ばれていない。


「俺がまだハンター協会にいたときに調査に入ったけど、ろくな調査も出来ずに帰ったな」

「それは今も同じだよ。念のため入り口辺りでハンター協会の方で監視はしているけど、変わった様子もないらしいからね」


 二人とも霧の遺跡には行ったことがあるみたいだが、調査は出来ていないようだった。


「あの~・・・なんで調査が出来ないのですか?」

「リリィ、あそこはな。常に遺跡の中に霧が発生してるんだ」

「遺跡の中に霧?」

「それもかなり濃い霧でね。壁伝いに入って行っても、気が付くと入り口に戻されているんだ」

「ふーん・・・その霧が邪魔なら吹き飛ばせば」


 リリィは思い付いたことを口にするが


「一応風の魔法で吹き飛ばそうとしたけど、効果があまりなくてね」

「俺の場合はがむしゃらに突っ込んでは戻されてを繰り返したけどな」


 二人の話を聞くと、一筋縄ではいかなそうな遺跡のようだ。


「で、ロイスは来てくれるよな?」


 アビーはこの話をすれば、ロイスは来てくれると思っていたのだが


「すまない。今はクリスティア様の護衛があるから行けそうにない」

「あいつの護衛か。大変そうだな」

「まぁ、この前まではいろいろと抜け出しては街に出ようとしていたからね」

「あれ?今は違うのですか?」


 その言い方だと、今は違うように聞こえた。


「ああ、先日の事件の後、疲れからなのか少し体調が優れないようでね。今は部屋でセレナが世話している」

「なるほどな。その時間の隙を縫って、気晴らしにここに来たわけか」

「そういうことだ」

「その、ロイスさん。ティアは大丈夫なんですか?」

「今のところは風邪のような症状だから大丈夫だ。しかし、聖女様だから大事は取っておかないといろいろ大変だからね」


 聖女は聖都アナスシアのトップ2だ。一番上の大司教の次に偉いとされている。


「それならよかったです」


 リリィはナハトから、クリスティアがユルバンに弄られていたという言葉が気になっていたのだ。

 クリスティアの症状を聞いて、リリィは一安心することが出来た。


「なら仕方ねぇか。リリィ、霧の遺跡には俺達二人で行くぞ」

「はい!」

「・・・・なんか嬉しそうだな」

「い、いえ、気のせいですよ」


 リリィは内心、アビーと二人で出掛けられると思い、少し嬉しかったのだ。


「二人とも、気を付けて行ってきてくれ」

「ああ」

「大丈夫です。ちゃんとアビーさんの手綱は握ってますから」

「そうか。それなら安心だ」

「おい、それはどういう意味だ」


 リリィとロイスのやり取りを聞いて、アビーはつっこみを入れた。


 そして、霧の遺跡へ出発する日がやってくるのだった。



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「アビーさん、そんな大きなバックパックを持っていくの?」

「ああ、結構遠いから一日二日じゃ帰って来れないからな」

「え、そんなに遠いの?」

「ああ、片道徒歩半日ってぐらいだ」

「わ、私、着替え用意してくる!」

「あ、それならもう入ってるぞ」

「え?」

「いや、お前に荷物持たせるわけにはいかないと思って、こっちに詰めちまった」

「下着も?」

「もちろん。あ、普通のいつも穿いてる水色や白いやつ入れといたぞ」

「・・・・こ、今回は許すけど、今度からは自分で用意するから」

「あ、ああ」


 アビーはリリィの放つオーラにたじろぎながら返事をした。

 用意してくれたのはありがたいが、仮にも女の子の下着とかは勝手に荷造りしないでほしかった。


 リリィとアビーはアメリースの店の扉の鍵を閉めて、霧の遺跡を目指して出発した。

 道中はリリィが鉱石や植物で使えそうなものを拾っていきながら進んでいったため、速度的には少し遅くはなっていたが、問題なく進んでいった。

 時折、魔物は出たが、アビーが剣で簡単に討伐してしまうことが多かったが、中型やめんどくさいものが出現した場合はリリィが魔法で片付けていった。


 そして、朝出発してから歩き続けて、昼過ぎぐらいの時間になった。


「リリィ、昼飯がてら少し休憩でもするか?」

「う・・うん、そうしてくれると助かるかも」


 リリィは歩き続けて疲れ切っていた。


「まだ半日も歩いてないぞ?」

「そ、そうなんだけど・・・」


 リリィも採取とかに出掛けはするが、ちょびちょび休憩を挟みながら作業をしているのだ。

 今日みたいにずっと歩き通すということはしていなかったのだ。


「ほら、そこの岩にでも座っておけ」

「うん」


 リリィは言われた通り、腰掛けやすい岩にちょこんと座った。

 そして、パンパンに張った足を揉み解すため、片膝を立てて手で揉み解し始める。

 その間にアビーはバックパックを降ろして、中から昼食用に持ってきたパンを取り出した。


「ほれ」

「ありがと」


 リリィは足を揉み解しながら、片手でパンを受け取り食べ始める。


「やっぱりこれだけ動いた後だと美味しいね」

「そうだな。結構いい眺め出しな」


 リリィとアビーは周りに広がる緑に覆われた遺跡や遠くの山の風景を楽しみながら食事をする。


「・・・・本当に良い眺めだ」

「ん?」


 リリィはパンを食べながらアビーの視線を追う。


「って!どこ見てるのよ!」


 アビーはいつのまにかリリィのスカートの中を覗き込める位置に移動しており、食事をしていた。

 片膝を立てていまだに空いた手で揉み解していたので、短いスカートの中は思いっきり見えていたはずだ。


「いいじゃねぇか。減るもんじゃねぇし」

「そういう問題じゃないの!」

「その割にはリリィは隙だらけだけどな」

「それはアビーさんだからつい緩んじゃう時があるの!」


 リリィはアビーが悪戯をしようとしている時は警戒をしているが、そうでない時はつい気が緩んでしまうのだ。


「それって俺のせいか?」

「それは・・・・っ!」

「どうした?」

「アビーさん!何か来る!」

「何だと!」


 リリィは少し離れた所から魔力の動きを察知したのだ。

 すぐに二人は戦闘態勢を取る。


「あれは・・・はぐれの守護者ガーディアンか!」


 はぐれの守護者ガーディアンとは遺跡から何かの理由で外に出て、うろついては攻撃対象となりうるものを襲うという厄介な守護者ガーディアンのことだ。

 今回目の前にいるのは蜘蛛のような形をしている大きな守護者ガーディアンだ。


「リリィ!強化頼む!」

「はい!猛き炎!清き水!」


 リリィはいつもの強化魔法をアビーに掛ける。何とか守護者ガーディアンが近付いてくる前に強化魔法を掛け終わると、アビーはリリィに近付けさせないように相手に突っ込んでいく。


「いかせるかよ!」


 アビーは剣に火の魔石をセットして、蜘蛛の前足の辺りに切り込んだ。


「爆ぜろ!」


 アビーの剣の先から炎が爆発して、足の破壊とまではいかないが、よろけさせることに成功する。


「アビーさん、避けて!・・・猛き炎・仇名す者・幾重にて・貫け・討ち滅ぼせ・赤き閃光・フレアバーミング!」


 リリィはアビーに注意喚起をした後、火属性中位魔法にあたるフレアバーミングを使った。

 リリィの目の前に魔法陣のようなものが出現し、蜘蛛の守護者ガーディアンに向かって幾重もの赤い閃光の様な炎が一直線に飛び出して行く。


 蜘蛛の守護者ガーディアンはバランスを崩しており、その魔法を避けることが叶わずに、赤い閃光の雨に晒されてしまう。

 幾重にも撃たれた部分は赤くなっており、身体を構成していた鉱石や金属が解けてぼろぼろになっていく。


 このフレアバーミングは中位魔法でありながら、威力は高位魔法に近い威力を持つ魔法だ。欠点といえば、中位魔法の中でもかなりの魔力消費が多いことなのだが、リリィの魔力量なら問題はない。


「流石リリィだぜ!」


 アビーはぼろぼろになって今にも壊れそうな守護者ガーディアンに向かって再度突撃をする。


「次はこれだ!」


 アビーはリリィが作った特殊な魔石を入れてテストついでに使ってみることにした。

 その魔石を入れたアビーの剣は冷気を放ち始めた。そして、その剣で赤く染まった熱を持っている部位に向かって切り込んだ。

 剣が放つ冷気で熱せられていた部位は、触れた瞬間に温度差でさらに崩れていく。


「止めだ」


 アビーは足が全て無くなった蜘蛛の守護者ガーディアンの赤く光る目の部分に剣を突き立てた。

 蜘蛛の守護者ガーディアンはそれが止めとなり、動かなくなってしまった。


「やりましたね。アビーさん」

「ああ。それにしても今の魔法は初めて見たな」

「うん、だって初めて使ったもん」

「そうなのか?」

「うん。この前ねアリアさんから教えてもらったんです」

「ああー、あいつは火の精霊だったもんな」


 リリィが使った魔法は先日アリアと話した時に教わったものだ。アリアは「リリィちゃんならぶっつけ本番でも出来るよ!」と言われていたので、試してみたら本当に上手くいってしまった。


「氷の魔石も上手くいったしな」

「はい、風と水の混合させた魔石ですからね。魔法も含め本当に上手くいってよかったです」

「・・・念のため聞いておくが、失敗していたらどうなってた」

「そうですね・・・」


 リリィは失敗したらどうなるか考えてみた。


「魔法の場合は不発で終わるか、拡散して発射されてあまりダメージが通らなかったかも」

「その前に拡散してたら俺が危ねぇな」


 リリィの魔法が発射された時にアビーは蜘蛛の守護者ガーディアンの側にいたのだ。


「魔石は軽い衝撃を与えた時点で暴発してますね」

「それも被害に遭うのは俺だよな」


 魔石も剣の柄に入れる時に少なからず衝撃を与えてしまっている。

 流石のアビーも渋い顔になる。


「成功したからいいじゃないですか」

「・・・まぁ、そうなんだが」


 アビーはやりきれない気持ちになる。


「ほら、もう少し休憩したら出発しましょう」


 リリィはそう言いながら、守護者ガーディアンの残骸から使える物がないか物色を始めた。

 それを見ていたアビーは


「俺も手伝うか」


 さっきのことは水に流し、リリィと共に物色を始めた。


「そういえばリリィ」

「ん~・・・なんですか?」


 リリィは物色しながらアビーの声に返事をする。


「今日穿いてるパンツは何でそんな大人っぽいんだ?」

「~~っ!!」


 リリィは遺跡に行くと知ってはいたが、つい先日のクリスティアと行った下着の店で買った布面積が普段の物より小さい、少し背伸びをしたパンツを穿いてきたのだ。いわゆる勝負パンツというやつだ。


「わ、忘れて!」

「は?」

「いいから!」

「お、おう」


 あまりのリリィの迫力に頷くしかないアビーだった。


 そして、本当の意味で休憩した後、リリィとアビーは霧の遺跡を目指して進んでいくのだった。

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