少女、休息は精霊と

「わざわざすみません。アリアさん」

「いいのいいの。リリィちゃんは私のご主人様なんだからこれぐらいどうってことないって」


 アリアと精霊契約した日の翌日。特に怪我はしていないが、リリィはベッドから出られずにいた。


「それにしてもまさか一日経っても痛むなんてね」

「普段から運動していれば少しはましになったのではないか?」

「あははは・・・・ごめんなさい」


 アリアとアーシーから攻められて縮こまるリリィ。


 今はアリアが1人でリリィの部屋にやってきている。そして、強化魔法の反動で全身筋肉痛で動けないリリィの身体を濡れたタオルでアリアが拭いているのだ。


「そう言えばアビーさんはちゃんとお店開けてました?」

「うん、下でやってたよ。といっても、少し暇そうだったけど」

「ならいいんです」


 店を開けてあるのなら問題はないとリリィは思った。


「それにしてもリリィちゃんって胸思ったよりあるよね」

「この前も少し今の服がきつくなったといっていたな」

「アーシーってばそんなこと覚えてなくていいよ!」


 リリィはアリアから胸を守るように腕で隠す。リリィは今パンツ1枚の恰好なのだ。


「あれ?でもアリアさんって22歳って前伺いましたけど、その身体は自分で作ったのですよね?」

「え、うん。22歳ってのはハンター協会でお世話になっている間に、この歳になっちゃっただけだよ。私達精霊に年齢なんて無いから。それに、この身体はハンター協会に保護されてから殆ど成長していないし」

「え?怪しまれなかったんですか?」

「当時は人間のことは分からなかったからね。少しだけ背を伸ばした以外動かしてないんだ。この年から人間は成長はしないって聞くし」


 どうやら、アリアはかなり大雑把な性格のようだ。


(でもそれは最初会った時から変わらないか)


「でもアリアさんがそうやって人間と同じ姿を取れるってことはアーシーも人間の姿になれるの?」

「いや、私は人間になろうと思わないから出来ない」

「えーと・・・どういうこと?」

「そもそも精霊は非物理的存在。だから実体を持つと常に魔力を消費し続けてしまう」

「まぁ、私も今はリリィちゃんから魔力分けてもらっている状況だしね」


 アリアは以前まで、燈の遺跡の火の魔力を宝石を介して吸収していたのだ。だが、リリィと契約にするにあたって、その宝石はリリィの指輪に装着されることになった。そのため、魔力はリリィから貰っているのだ。


「まぁ、ファイリアは昔から好奇心の塊のような精霊だったからな」

「あはは・・・そうだっけ?」

「そうだ。リュミエル様に仕えていた頃も色々と無理を言っていたのを覚えている」

「あははは・・・・出来れば忘れてほしいかな」


 アリアの性格は昔からこのままのようだ。


「まったく・・・。リリィは魔力が多いからまだいいが、無茶してリリィに負荷を掛けないように」

「わかってる」

「それで、アーシーが人間にならない理由って?」


 リリィは逸れてしまった話を戻そうとする。


「ああ、すまない。私はファイリアみたいに人間に興味があるわけではないから、別に人間になりたいと思わないだけだ」

「あ、それだけなんだ」

「そうだ」


 リリィはもっと難しい理由があると思っていたのだ。


「でもいつかアーシーの人間の姿も見てみたいかも」

「う・・・そういうならば」

「あ、私もそれには興味がある!」

「・・・・・・やっぱり遠慮しておこう」

「なんでさ!?」

「あははは」


 リリィと精霊2人、それはただの友人と話しているような、平和な光景だった。



 --------------------------



「それでリリィちゃん、私はその・・・セレ姉と一緒に暮らしてていいの?」

「うん、だってアリアさんはそうしたいんでしょ?」

「うん、そうだけど」


 アリアはリリィにこれをお願いしに今日はここにやって来たのだ。


「その・・・離れてても魔力は吸収しちゃうけど」

「それは大丈夫。気怠さとかもないし」

「それならいいけど・・・」


 アリアはそれでもやはりリリィに悪いと感じてしまう。


「それなら私のピンチには直ぐに助けに来てくれると助かるかな」

「そ、それぐらいだったら全然大丈夫だよ!っていうかご主人様を助けるのは当たり前だし!」


 リリィの言葉にアリアは直ぐに肯定を示す。


「ならこの話はこれでお終い」

「・・・・わかった。ありがとう」


 アリアはリリィが主でよかったと心から感謝をした。


「そうだ。リリィ、話しておきたいことがある。ファイリアもいることだしな」

「話したいこと?」

「ああ。私達の元主、リュミエル様に関することだ」

「・・・・・・」


 リリィはその名前を聞き、少し身体が強張る。


「うっ・・・・いたたた」

「・・・・・大丈夫か?」

「う、うん」


 強張ったことで、筋肉痛で身体に痛みが走ったのだ。


「アーシー、やっぱり彼らが狙っているのって」

「昨日の会話からそうとしか考えられないからな」


 アリアもアーシーが何故急に話すことを決めたのかわかった。


「リリィ、お前が知っている『巫女戦争』について教えてくれ」

「う、うん。えっと・・・遙か昔、2人いた神の力を受け継ぐ巫女がいて、その内1人が力に溺れて暴走を起こして、世界を破壊しようとした。それをもう1人の巫女が4人の精霊と共に暴走した巫女と戦い、神の力ごと封印することに成功したっていう話だよね」


 リリィは今残っている伝承を簡単に説明した。


「大体はあっている。が、真実は少し違う」

「そうなの?」

「4人の精霊に関しては、ファイリアと私はその精霊の内2人に当たる」

「そうなの!?」


 リリィはまさかの伝承の2人が目の前にいることに驚いてしまう。


「そして、2人の巫女。確かに神に近い力の持ち主だった。1人は『光輝の巫女』、もう1人は『闇夜の巫女』と呼ばれていた」

「あれ?『闇夜の巫女』って・・・・まさか」

「リリィの想像の通りだ。『闇夜の使徒』という組織の目的は、かつてこの地に封印された『闇夜の巫女』の復活だろう」

「えっと・・・ちょっと待って!頭がこんがらってきちゃう」


 リリィは落ち着きを取り戻すため、深呼吸をする。


「えっと・・・話を整理すると、昔に暴走したのは『闇夜の巫女』で、それを止めて封印したのが『光輝の巫女』とアーシーとアリアさんを入れた精霊4人。そして、『闇夜の使徒』は封印された『闇夜の巫女』の復活を目的として動いてるってことだよね」

「概ねそれで間違いない」


 リリィは何とか話を理解することは出来た。


「で、でもなんでそれを私に話すの?私が契約したから?」


 リリィが何故その話をされたのか理由が分からなかった。


「理由は二つある。一つはお前があの男の前で光属性の魔法を使ってしまったことで、リリィが狙われる可能性が出たからだ」

「あ・・・」


リリィはユルバンの前で、アリアを光属性で強化をしてしまっていたのだ。


「そしてもう一つの理由はお前が」

「アーシー!ちょっと待って」

「・・・・・・」


 アリアがアーシーの言葉を制止させる。


「リリィちゃん、これから話すことは嘘のように聞こえるけど本当のこと。でも、そうだとしてもリリィちゃんはリリィちゃんであることに変わりはない」

「アリアさん?」

「ごめんね。いきなりで混乱するかもしれない。でもこれだけは言っておきたかったんだ」


 アリアは真面目な顔をして、リリィに言った。


「アーシー、ごめんね」

「いや、構わない」


 アリアがアーシーにもう言っても大丈夫というように、後ろに下がった。


「リリィ、先程の話で出てきた『光輝の巫女』には1人の娘がいた。そして、その娘がお前だ」

「・・・・・・・・・・・・・え?」


 突然の告白で頭が真っ白になるリリィ。


「リリィ。不思議には思わなかったのか?」

「えっと・・・何を?」


 リリィは何のことか分かっていなかった。


「魔力の総量もそうだが、闇を打ち払える光属性の魔法を使えることだ」

「・・・・・・」

「光属性は『光輝の巫女』の血筋にしか使えない物だ」

「そう・・・だったんだ。じゃあ、ヒーリングも?」

「そうだ。水の魔力も使うが、光の魔力も使っている」


 リリィは全部を理解はしていないが、理解しようと頑張って頷いて、話を聞く。


「そして、お前が使う禁忌の魔法。それは普通の人間には代償が大き過ぎて使える代物ではない」

「そう・・・なの?」

「リリィ、今まで使った禁忌の魔法。何を使ったか覚えているか?」

「えっと・・・、この前のブリューナクだよね?」

「そうだ」

「他には・・・・」


(やはりあの魔法は記憶にないか)


 アーシーは静かに心の中に思った。それは、アビーの瀕死の傷を自らの身体に移す魔法。これは無意識でやったので、記憶になかったのだ。


「えっと、禁忌の魔法かは分からないけど、フランステッラ・トランスウォランスは?たくさん遺跡を壊しちゃった魔法だけど」

「あれは古代魔法ではあるが、禁忌の魔法ではない。まぁ、本来は1人で使う魔法ではないのだが」


 アーシーはリリィの魔力の総量に感嘆しながら言う。


「でもブリューナクが禁忌の魔法ってどうしてなの?私よくわかっていないんだけど」

「禁忌の魔法、別名『代償魔法』とも呼ばれる。本来の魔法は魔力を使うだけで成り立つ。しかし、『代償魔法』はその他に贄が必要となる」

「あ・・・」


 リリィは気付いた。ブリューナクを使った時、自分の血を代償に魔法を使ったことに。


「これからはできる限り『代償魔法』は控えた方がいい。あれは色々とまずいことになりかねない」

「・・・うん、わかった。気を付ける」


 リリィはアーシーがそこまで言うのなら危ないと思い、気を付けることにする。


「でも、『光輝の巫女』と『代償魔法』って何か関係があるの?」

「ある。『代償魔法』は『光輝の巫女』の血筋が契約して使えるようになった魔法だからだ」

「血筋?」

「私もこれ以上はわからない。リュミエル様からはそれしか説明をしてくれなかったのでな」


 アーシーはその意味を何となく理解しているが、説明が上手く出来そうにないので、それしか伝えなかった。


「だが、同時に不可解なこともある」

「不可解?」

「リリィは通常の魔法、4属性の魔法を当たり前のように使っているが、『光輝の巫女』の血筋は光属性と代償魔法以外は使えないはずなのだ」

「やっぱりそうだよね。私もヒーリングを掛けてもらったから、疑問に思ってたんだ」


 アーシーの言葉にアリアも同意する。


「でも、私は物心がある時から普通に魔法を使えていたよ」

「・・・・・・・」


 リリィは当たり前のように言うが、誰にも教えを請うこと無く、魔法を使えることはやはり異常だった。そのことがリリィを化け物と呼ぶ大人が出た原因にもなったのだ。


「そりにしても、アーシーって結構物知りだね」


 アリアが感心してアーシーを褒めた。


「お前が遊んでいる間に色々と教わっていたのだ」


 アリアは当時からしょっちゅう消えていたので、仕方がないことだった。


「でもリリィちゃん。『光輝の巫女』の娘と言われても全然平気そうな顔だね」


 アリアはリリィがもっと不安になるかと思っていたのだ。


「う、うん。そう言われてもあまり実感がないから。でも、『代償魔法』には気を付けようと思う。ブリューナクの時も怪我が痛かったし。それにアリアさんが言ってくれたもん」

「え?」

「私は私であることには変わりはないって」


 リリィはアーシーの説明の前に言ってくれたアリアの言葉のお陰で、落ち着いて話を聞くことが出来たのだ。自分が何者でも自分は自分でしかないのだから。


「だから平気。ありがとう、アリア。それと話をしてくれてありがとう、アーシー」


 リリィは微笑んで二人にお礼を言った。


「では、まずは身体が動けるようになるまで休むことだな」

「だね。じゃないとまた身体弄っちゃうからね」

「それは勘弁してほしいな」


 リリィは自分のことを多少知ることが出来た。でも、なんで娘である自分がこんな場所にいるのかは分からないままだった。



 --------------------------



「・・・・・・・・」

「ロイス様、何を見ていらっしゃるのですか?」


 船の甲板から流れていく景色と海を眺めていたロイスに、白銀のように輝く長い髪をした1人の少女が訪ねる。


 女性は薄手の白い布を何枚も重ねたような服を着ており、どこか神秘的なオーラを放っていた。背丈はリリィより少し高いぐらいだ。


「クリスティアナ様、このような場所にいらしては風邪を引きます」

「私はロイス様のお側にいたいんです。駄目でしょうか?」


 少女の名前はクリスティアナ。今、ロイスが専属護衛をしている主でもある少女だ。


「わかりました。それでは僕も戻るとしましょう」

「はい」


 ロイスはクリスティアナと共に船室へ向かって歩き出した。そうすると、クリスティアナはロイスの手をちょこんと握ってきた。


「えへへ」

「・・・・・・・」


 クリスティアナは嬉しそうに微笑むが、ロイスはまた面倒なことになりそうだと考えていた。


 ロイスの乗っている船は聖都アナスシアから遺跡の街ルインへの道程を進んで行くのだった。




「あの若造の何処がいいのか判らんな」

「ですが聖女様はお気に入りの様子ですぞ」


 ロイスとクリスティアナが仲良く船室に戻っていく様子を見ていた神官服を着た年配の男達が話していた。


「本来なら聖女様は外出禁止されているのに、よく許可を降ろしてもらったものだ」

「それに、聖女様もあの話を聞いてからあの若造に夢中になった様子。何かあるのではないか?」

「儂らには判らないことだな。何故『漆黒の使徒』の話でこうなったのだか」

「今までにもその話は他にもあったのに」


 男達は聖女、即ちクリスティアナのことなのだが、何故いきなりロイスに付いていくと言って、無理矢理に近い形で外出許可を貰って今に至るのかが、知る者はいなかった。

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