少女、燈を宿して

「リリィ、アリアは助かりそうか?」

「わかりません」


 リリィはセレナが戦って注意を引きつけている間にアリアを助けられないか確かめる。


「・・・・・・これは」

「何か分かったのか?」

「えっと・・・魔力が・・・消えてる?」


 リリィには魔力の属性や量等もわかる。これまで、いろんな人々の魔力を見ていたが、今のアリアの魔力は見たことがない。まるで、そこにあるはずの肉体が無いように感じるのだ。


 そして、魔力が消えそうというのもわかる。だが、普通は魔力が無くなっても肉体は消えることなんてない。だが、アリアは肉体も消えようとしているように見えるのだ。


「アビーさん、壁になってください。それと、あまり見ないように」

「お、おう」


 リリィはユルバンから見えないようにするためにアビーを壁に使う。それと同時にアリアの裸を見ないように注意も促す。


「リリィ、アリアは━━━━━━だ。だから」

「そうなの!?」


 アーシーから告げられた真実はリリィの予想を大きく上回る事だった。



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「許さない!!」


 セレナが叫ぶと魔力が溢れ出してくる。


「水よ・仇名す者を・飲み込む・渦となれ・アクアストーム!」


 セレナが魔法を詠唱して放つ。それなのにユルバンは何もせずに立っているだけだ。


 その間にセレナの魔法がいつも以上に巨大な水の竜巻となって、ユルバン目掛けて走る。


「この程度ですか」


 ユルバンは闇を目の前に膜のように張り、水の竜巻を受け止める。


「水よ・風よ・連なりて」

「複合魔法なぞ使わせません!」


 詠唱が聞こえてきた瞬間に水の竜巻は闇に呑まれ消滅する。そして、一気にユルバンはセレナとの距離を詰める。


「エレメント・アイス!」

「何!?」


 セレナは複合属性の氷の属性付与魔法を使用したのだ。あまりに早い詠唱に驚きながらも、ユルバンは闇を纏わせた拳をセレナに叩きつけようとする。


 セレナは氷の属性を帯びた細剣でそれを迎い撃つ。


 ユルバンの拳がセレナに当たる前に、細剣がユルバンの肩に突き刺さる。


「っぐ!」


 ユルバンは苦痛の声を上げながら跳び退る。突き刺さった場所は白くなり、凍傷を起こしていた。


「はあぁぁ!!」


 セレナは追撃しようと下がったユルバン目掛けて猛攻する。


「っち!だがこれなら!」


 ユルバンは再び受けないように細剣の連続の刺突を避け続ける。だが、掠った場所は剣が当たっていなくても、冷気による切り傷が付いていく。


 そして、ユルバンが影を踏んだ瞬間に、その姿は影に消える。


「なっ!?」


 次の瞬間には、ユルバンはセレナの後ろの影から現れ、拳をセレナの脇腹に叩き込んでいた。


「まだまだ行きますよ!」


 ユルバンはセレナが下がろうとするのを許すことなく、拳や蹴りを叩き込み続ける。


 そしていつの間にか、セレナの細剣に宿る氷の魔力も消えていた。


「まったく恥ずかしい限りです。この僕がここまで傷を負うなんて・・・。許せません」

「う・・・あぁ・・・」


 ユルバンはセレナの胸元を掴み持ち上げ、服を破って投げ捨てた。


「貴方も僕が受けた辱めを受けるといい」

「う・・・」


 セレナの豊満な胸が露わになり、その場で倒れる。だが、アリアを助ける強い気持ちがあるのか、立ち上がろうとする。


「ま・・・まだ・・」

「そんな姿を晒しているのにまだ立ち上がりますか」


 セレナは片膝を付いてユルバンを仇をみる目で睨みつける。


「それならもっと絶望してもらいましょう」


 ユルバンは近くの影へと姿を消す。


「ぐぁ!」「きゃっ!」


 セレナは痛む身体に鞭を打って、声がした方に顔を向ける。


「あ・・・・あ・・・・」


 ユルバンはアビーの陰から出て、アビーとリリィを拳で吹き飛ばしたのだ。


 そして、拳に闇を纏わせて、寝ているアリアの上に翳す。


「さよならです」

「だめーーーーっっ!!!」


 セレナは目の前で横たわる大事な義妹のアリアが闇に呑まれる瞬間を目にするのだった。



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「な!?アリア!!」

「・・・・・・」


 アビーは目の前で起こったことを信じられずにいた。リリィも言葉を失っているように見える。


 ユルバンの闇が晴れると。そこにはアリアの姿は完全に消失していた。


「あ・・・・・・・」


 バタン


 そんな声と共に取れる音がした。音がする方をリリィが見るとセレナが気を失って倒れたようだ。


「・・・・・・アビーさん」

「な、なんだ」


 アビーはリリィから感じる気迫に息を飲み、返事をする。


「セレナさんをお願いします」

「わかった・・・。リリィはどうすんだ?」

「・・・・・・・ウィンドカッター」


 リリィはアビーの返事をせずにユルバンに向けてウィンドカッターを放つ。ユルバンは防御しながら下がり、無詠唱で放った魔法に驚いているようだ。


「・・・・・・」


 アビーはリリィの顔を見て悟った。


(こいつ、本気で怒ってやがる)


 すぐにリリィの言う通りセレナの元へと向かった。



「今の魔法・・・詠唱しましたか?」

「・・・・・・・・」


 ユルバンはゆっくりと近付いて来るリリィに向かって問い掛けるが、リリィは返事をしない。


(・・・・あれだ)


 リリィはユルバンが隠し持つ赤い宝石の魔力を見て悟った。


「貴方のような子供に僕が手加減すると思います?もちろんしませんよ!」


 ユルバンは笑いながら問いかけ、そのままリリィを闇を纏った拳を叩き込もうとする。


「グレイブ」

「なに!?」


 またもや無詠唱で放った魔法。ユルバンはまだリリィの付けている『カルテット・エレメンツリング』の存在に気付いていない。だが、今の魔法で残りのリングは青だけになった。


「何なんですか!貴方は!」


 無詠唱で魔法を放つリリィに警戒の色を濃くして、ユルバンは距離を置いた。


(どうやってあれを取ろうかな・・・。これはそれまで使えない)


 リリィは残った青のリングを見て思った。


(・・・アビーさんに頼む?でも、説明する時間がない。・・・・私がやるしか・・見様見真似だけど・・・)


 リリィは深呼吸をして、覚悟を決める。


「猛き炎!清き水!母なる大地!天翔ける風!彼の者に祝福を!!エンチャントメント・カルテット!」


 リリィが魔法を唱えている間、無詠唱の魔法を警戒していたのか、ユルバンが襲ってくることはなかった。

 しかも、今の魔法はリリィ自身に掛けて、自らの身体能力を強化したのだ。


(うん、大丈夫。だから出来る限り早く終わらせる)


 リリィは自分自身の身体の感じを確かめて、一気にユルバン目掛けて突っ込む。


「速いっ!」


 リリィの強化魔法の強度具合に驚くユルバン。リリィはアリアの見様見真似で徒手格闘でユルバンを攻撃する。


「これぐらい!」


 ユルバンはリリィの強化魔法に驚きはしたが、自分も徒手格闘で対応した。


「・・・風よ」

「っ!?」


 リリィがそう唱えた瞬間に、ユルバンの視界からリリィが消える。


 そして、次の瞬間、ユルバンは胴体に衝撃が走る。気が付くと胸の辺りを思いっきり殴られていた。


「・・・はぁ、はぁ、はぁ」


 リリィの身体は今のだけで悲鳴を上げていた。だが、掌には赤い小さな宝石が握られていた。


今のは、リリィが風の魔力を制御して、自らを加速させたのだ。


(取れた・・・。これを)


 リリィは痛む身体でアーシーの黄色い宝石が嵌まっている指輪の空いている4つの内1つの座に赤い宝石を嵌めた。


(これなら・・・)


 リリィは吹き飛ばしたユルバンを見ると、殴られた胸を押さえて、宝石が無いことに気が付いたようだ。


「・・・最初からこれを狙っていたのですか?」

「うん・・・そうだよ」

「まぁ、それはもう役立たずです。差し上げますよ」

「ありがとうございます。これで大切な仲間を取り戻せましたから」

「なに?」


 リリィは赤い宝石に火の魔力を注入していく。そして、赤い光が宝石から溢れ出てくる。


「ありがと!リリィちゃん!」

「アリアさん!」


 すると、リリィの隣に服もちゃんと来たアリアが現れた。


「何だと!?」


 流石のユルバンもこれには驚きを隠せないでいた。


「リリィちゃん・・・。いや、我が新たな主。これからは貴方に従い、力になりましょう」


 アリアはリリィに敬意を示す言葉と態度で礼をする。


「・・・わかりました。最初のお願いです。あいつを倒すお手伝いをお願いします」

「任されました」


 アリアはそう言うと人の姿から炎で出来た身体に変わる。


「さっきはよくもやってくれたわね。これから私の本気見せてあげる」


 アリアは炎の身体でユルバンに一気に接近する。


「ぐぉっ!!」


 その瞬間には、アリアの蹴りがユルバンの鳩尾を蹴り飛ばしていた。


「ま・・だまだー!!」


 ユルバンは崩れることなく、闇を放って攻撃に転じる。


「アクアショット!」


 その闇はリリィの青のリングのアクアショットに撃ち抜かれる。


「流石私のご主人様だ」


 アリアは嬉しそうに言った。リリィもその言葉を嬉しく感じていた。


「リリィちゃん!」

「光よ・我が従に・光輝の恩寵を与えよ・グレイス!」


 アリアは炎とは別の輝きを纏いながら、ユルバンに突っ込んだ。


「行くよ!」


 リリィの魔法は契約精霊に光輝の巫女の力を一時的に与える魔法。リリィもアリアに言われて思い出した魔法だ。


 「はあぁああ!!!」


 ユルバンもまずいと感じたのか、目の前に巨大な闇の壁を創り出す。それはユルバンの姿さえも隠すほどに黒く、分厚い。


「こんなの!!」


 アリアは突っ込む勢いのまま、飛び蹴りでその闇の壁を打ち消し、貫通し、ユルバンの身体に蹴りを叩き込む。


「こ・・・んなはず・・では」


 ユルバンはそのまま倒れて・・・。


「あ!逃がすか!」


 アリアが気付いた時にはユルバンは影の中へと消えていた。そして、ユルバンの気配も消えていた。


「逃げられたかー」


 アリアは悔しそうにリリィの元へと人間の姿になりながら戻る。


「アリアさん」

「ごめんね、逃がしちゃった。それと助けてくれてありがとう」

「ううん、アリアさんが無事ならそれで。助けられたのは、アーシーがアリアさんのこと、精霊だってこと教えてくれたから」

「やっぱりアーシーには気が付かれていたか」

「当たり前だ。先日、リリィが倒れた時、私の呼びかけに気が付いたではないか」


 先日というのはリリィとミリヤムが戦った後のことだ。アリアはアーシーの呼びかけで、すぐにリリィとロイスを見つけることが出来たのだ。


「やっぱりそうかー・・・。こほん!我が主」


 アリアは突然、口調を改めてリリィに対して跪いた。


「我が真名はファイリア。これからは主の力になることを此処に誓いましょう」


 リリィはその言葉に対して深く頷いた。


「と、いうわけでこれからよろしくね。リリィちゃん」


 アリアはこうしてリリィと契約することになった。



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「これで大丈夫です」


 リリィは倒れたセレナを治癒魔法で治し、介護していた。敗れた服はリリィの服を一部破って、セレナの胸を隠している。


「よかった。セレ姉生きてて」

「俺はお前が死んだと思ったがな」


 アビーは一部始終を見ていたので、アリアが精霊だということはわかっていた。


「ごめんごめん。実体を保つ魔力が無くなっちゃってさ」


 アリアが消えたのは実体を保つ魔力が無くなったからだ。そして、赤い宝石である本体で文字通りの風前の灯となっていたのだ。


「ったく、心配して損したぜ」

「本当に危なかったんだよ?リリィちゃんが火の魔力を注いでくれなかったら、消えていたかもしれないんだから!」


 リリィが火の魔力を注いでくれたから、存在を保つことか出来た。本来の力を使うことも出来た。それは代えがたい事実であった。


「ん・・・あり・・あ?」

「ん?おはよう。セレ姉」


 そんなこんなしている間にセレナが目を覚ました。


「アリア・・・なの?」

「そうだよ」

「でもさっき・・・貴方は消されて」

「ああ、あれね。あれは私の偽物でした!なんちゃっ!?」

「生きてる!生きててくれた!!」


 セレナは感極まって、目から涙を流しながらアリアに抱き付いた。アリアも虚を突かれて呆然としたが、すぐに笑顔になると同時に涙を流す。


「セレ姉、ただいま」

「うん!うん!お帰りなさい!」


 二人はそのまま抱き合って泣き続けた。



 --------------------------



「うぅー・・・アビーさーん」

「何だよ」

「お尻掴まないでー」

「だったら少しは自分で掴まれ」

「うぅ・・・」


 リリィはあの後、強化魔法が切れた途端に全身を襲った筋肉痛でぶっ倒れた。


 そして、今はアビーに背負わられて帰宅中だ。


 リリィは指先一つ動かすのもつらく、アビーに掴まることすらできないでいた。その結果、アビーも背負いづらく、リリィのお尻を掴まないと上手く背負えなかったのだ。


「それでアリアは精霊だったのはわかったけど、今後はどうするの?」

「それなんだけど・・・」


 セレナとアリアは今後のことを話していた。


「リリィちゃんが良ければこのまま魔力を分けてもらって、前みたいにセレ姉と暮らしたいんだけど・・・」


 アリアがそう言ってアビーに背負わられたリリィを見る。


「アビーさーん、揉まないでー」

「揉んでねぇし!」


「・・・ふふっ」「・・・ははっ」


 そんなやり取りをしている二人を見て、セレナとアリアは笑いが込み上げてきた。


「ま、後で相談してみるよ」

「そうね。でも今日は一緒に帰ってくれると嬉しいな」

「そうだね。私も今日は一緒にいたいかも」

「それじゃあ、後でリリィちゃんにお願いしないとね」

「大丈夫だよ。私のご主人様は優しいから」


 二人は手を繋ぎ、本当の姉妹のように歩いて行くのだった。


「アビーさーん」

「ああもう!うるせー!!」


 リリィとアビーもこのやり取りを帰るまで続けるのだった。



 --------------------------



「くそ!くそ!くそぉ!!」


 ある場所でユルバンは暴言を吐き続けていた。


「あのガキ!次は殺す!絶対殺す!」


 ユルバンは激怒しながら壁に拳や蹴りを入れ続けていた。


「なんだ?今日は荒れているな」

「っ!?」


 そこへナハトがやって来た。


「何で貴様が!!」

「いや、何かを叩く音がやたら響いてたんでな。何かと思ったら貴様だった」


 ナハトもまさかユルバンがここまで荒れているとは思ってもみなかった。


「封印を解いていい気になってっるのか!?ええ!?」

「貴様は何を言ってるんだ」


 ユルバンは怒りでおかしくなっているのか、ナハトに当たってきた。


「お前の顔なんて見たくねぇんだよ!」

「ああ、それは俺もだ」


 ナハトはそう言い残し、姿を消そうとする。


「逃げるのか!?ええ!?」

「貴様は何が言いたい。それに俺も貴様の顔なんて見たくない。だから消えるだけだ」


 そう言って今度こそ、ナハトは姿を消していった。


「クソがぁぁぁあああ!!!」


 その場にユルバンの雄たけびが響き渡った。

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