少女、過去を知る
アビーが部屋に引きこもってから2日経った。昨日1日、アビーは部屋から出てこなかった。そのため、リリィは昨日は店を開けていなかった。だが、2日間店を開けないのは、利用してくれるお客の迷惑になると考えたリリィは一人で朝から店を開いていた。
「・・ちゃん!リリィちゃん!」
「は、はい!」
リリィは突然名前を呼ばれて驚いてしまう。
「どうしたんだい?なんか上の空だけど」
目の前にはお客が来ていた。どうやらリリィはボーッとしていたようだ。
「す、すみません」
「いや、別にいいけど、大丈夫かい?なんか辛そうだよ?」
「へ、平気です。これ、お会計ですか?」
「あ、ああ」
「えっと・・・これは」
リリィは何事も無かった様に接客を始める。
「ありがとうございました」
「おう、リリィちゃん、無理はすんなよ」
そう言ってお客は店を出ていった。
「無理しているように見えるのかな」
リリィは一人でぽつりと呟く。
「・・・アビーさん」
そして、アビーがいる2階を見上げた。
「・・・お昼ご飯作ろ」
リリィは奥にいることを示した紙をカウンターに置き、お昼を作り始めた。
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「アビーさん、ご飯持ってきましたよ」
リリィは2階にあるアビーの部屋の前で話しかけた。しかし、中からの返事はない。
「アビーさん、お昼ご飯、ここに置いとくね」
リリィはパンとスープと水が乗ったトレイを床に置いた。
「私、下で店番してるからね」
あまり店内を無人にするわけには行かないので、リリィは1階の店の方に下りていった。
「・・・アビーさん」
リリィはどうしたらいつものアビーに戻るのかを考え始めた。
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「アビーさん、お昼ご飯、ここに置いとくね」
廊下からリリィの声が響いた。
「・・・・・・・」
だが、アビーは返事もしないで窓から外を眺め続けていた。
「私、下で店番してるからね」
「・・・・・・・」
廊下からリリィの気配が遠退いた。下の店に戻ったのだろう。
「・・・・そういえば一昨日の昼から何も食ってねぇな」
アビーはそっと部屋の扉を開ける。そこには温かいスープと焼きたてのパンがあった。
「・・・・・旨いな」
アビーはその場にしゃがみ込んでパンを口にした。喉が乾いたので近くにあった水を飲む。そして、スープを飲み始めた。気が付いたら全て完食していた。
「・・・あんがとよ、リリィ」
アビーは食べ終わった食器をそのままにして、部屋の中へ戻っていった。その目には涙が溜まっていた。
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夕方になり、少し早いが店を閉めたリリィ。お客はいつもの様に来てくれて買い物をしてくれた。時折、リリィはボーッとしてしまうこともあったが、無事に接客をすることが出来た。
そして、リリィはアビーの部屋の前に行った。そこにはお昼の時に置いた食事が乗っていたトレイが置かれていた。
「あ、無くなってる。食べてくれたんだ」
アビーがご飯を食べてくれた。リリィはただその事だけが凄く嬉しかった。昨日も同じ様に置いていたのだが、食べてくれなかったのだ。
リリィはアビーの部屋の扉に手をかけようとした。しかし、その手は途中で止まる。
「・・・よし」
リリィは食器の乗ったトレイを持って下へ下りていった。
暫くして、準備をしてきたリリィはアビーの部屋の前に立つ。そして、アビーの部屋の扉をそっと開けた。この家の中の扉は鍵なんていう上等な物は付いていない。そのため、扉はリリィの力でゆっくりと開いていった。
「ア、アビーさん?」
アビーはベッドの上から窓の外を眺めていた。
「・・・・・リリィか。飯、ありがとな」
アビーは視線を外に固定したままお礼を言った。
「う、ううん。食べてくれてよかった。そ、それで・・・」
リリィは何と声をかけたらいいのかわからなくなってしまう。
「・・・・・・お前、なんて格好してんだ?また風邪引くぞ」
「っ!?」
リリィはそう言われて顔を赤くする。
いつの間にかアビーはリリィの方に視線を向けていた。リリィは以前、アビーが持ってきたスケスケのネグリジェに紐のようなパンツを着ているのだ。腕で大事な所は隠しているとはいえ、ほとんど裸のような状態だ。
「あ、あの、これアビーさんが持ってきた服ですよ?」
「・・・そういや、そうだったな」
アビーはリリィの顔を見つめていた。
「ア、アビーさん?」
リリィはどうしたらいいかわからなくなり、硬直してしまう。
「お前、俺を元気付けようとしてんのか?」
「・・・だって、アビーさん、このまま消えちゃいそうで」
リリィはアビーがこのままいなくなるような感じがしたのだ。
「ほら、これ被っておけ。本当にまた風邪引くぞ」
「わぷ!」
アビーは近くに置いてあったコートをリリィに投げ渡した。リリィはそのコートを羽織って、身体を隠した。
「・・・リリィにこんなに心配かけちまうなんて俺もダメだな」
アビーはリリィがこんな格好をしてまで、自分を元気付けようとしてくれることが、凄く嬉しくて、凄く悔しかった。
「リリィ、前に少し話したことあったろ?俺の幼馴染の」
「・・・はい」
「これから話すのはあいつが死ぬ前の話だ。聞いてくれるか?」
その言葉を聞いたリリィは無言で頷いた。
アビーはこうして昔のことを話し始めた。
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俺はロイスともう一人の幼馴染、メアリーと別の街に暮らしていたんだ。俺は15歳になる前からハンターの真似事で俺らの街の近くにある遺跡によく入っていたんだ。ロイスとメアリーもそんな俺に付き合ってよく一緒に潜っていたんだ。
そして、15歳を過ぎてから俺はこの街ルインに来たんだ。ロイスは事情があってすぐには来れなかったが、メアリーは家族の反対を押しきり俺に付いてきたんだ。
「ねぇ、アビー。何処に泊まるの?家は?」
「んなもんねぇよ。今から探すに決まってんだろ」
「相変わらず計画性ないわねぇ」
メアリーは呆れながらも常に俺の側にいてくれた。
「うえ、ここに暮らすの?」
「そうだ、嫌なら帰れ」
「そんなことで私は帰らないわよ!」
ハンター協会に問い合わせたらこの家だったらタダで貸せると言われてやってきたのが、今俺達が住んでいるこの家だった。当時は遺跡の廃物扱いでろくな手入れもされていなかった家だったんだが、タダで雨風を凌げるから俺はここに住むことに決めた。メアリーの奴も嫌々ながらここに一緒に暮らすと言い出した。
それからは最低限の生活用品を集めまくった。メアリーの奴と手分けしてあちらこちらから分けて貰って、時間が空いたら遺跡に潜り、遺物を探してそれを売って稼いでいた。
一月経ったぐらいには人が生活できるぐらいにはこの家も整ってきたんだ。少し余裕も出てきた頃、メアリーの奴はお店をやってみたいと言い出した。俺は最初反対したんだが、奴は俺と遺跡に潜りまくって、遺物をかき集めた。最低限の生活費に当てた分以外は店の商品にするとかで、地下室も作り始めて、そこに保管したんだ。
「ほら!アビー!お店らしくなってない?」
半年程経つとかなりの遺物が集まっていた。それをメアリーの奴は1階に机を並べ、その上に遺物を並べたんだ。
「おい!勝手に何をやってんだ!」
「いいじゃない。あんたなんて遺跡に行ってばっかで、寝る時以外はここにいないんだから!」
「・・・俺は手伝わねぇぞ」
「いいわよ。私は勝手にやるから。お店の名前は何にしようかしら」
メアリーのその時の笑顔は本当に楽しそうだったよ。
「あ!そうだ!アメリースってどう?骨董品屋アメリース!」
「何処から出てきたんだ?その名前は」
「えっとね、アビーのアにメアリーのメとリー、それからロイスのスだよ」
「・・・なんで俺とロイスの名前が入るんだ?」
「だって、もしロイスも来たらここで一緒に暮らしたいし、私達の絆の店って感じがしない?」
「・・・しゃーねぇな、言われなきゃ俺の名前が入っているってわからねぇからいいか」
「やった!アビー!ありがとう!」
あいつはそう言いながら抱き付いて来た。こうして骨董品屋アメリースは出来たんだ。
それから一年ぐらいか?確かそれぐらいの時に俺は剣の腕を見込まれハンター協会の第1部隊に入ることになった。ここなら安定の収入が出来るからいいと思っていたんだが、現実は違った。
確かに金は入った。だが俺は協会の仕事とやらで自由を奪われた。結果、メアリーと遺跡に潜れなくなった。だが、メアリーも一応はリリィ程ではないが魔法の才能があった。一人でも遺跡探索は出来たんだ。そして、お互いに一人での時間が増えていった。
「ねぇ、アビー、今度の休みとか適当に街をぶらつかない?」
「まぁ、構わねぇけど」
「やった!デートね!」
「・・・いつから俺はお前と付き合っていることになった」
「あら、いいじゃない。一年以上も同じ家で暮らしているんだから」
「まぁ、そうだけどよ」
「じゃあ恋人らしいことでもしちゃう?」
「調子に乗んな!」
まぁ、あいつのことは俺も嫌いじゃなかったから、別にこのまま一緒になってもいいと考えていたんだ。
その内、ロイスの奴もルインにやってきたんだが、二人の愛の巣には住みたくないとかで、別の場所に住みやがった。そして、俺の代わりにロイスがメアリーに付き添って、遺跡に潜るようになったんだ。
暫くは平和だった。だが、遺跡荒らしのような事件が多発してきたんだ。俺はメアリーとロイスに注意するように言った。まぁそれだけで留まる奴らじゃない。注意すると言って、遺跡に潜り続けたんだ。
ある時、この街ルインを大きな地震を襲った。いや、実際は地震ではなく、遺跡の中で
「おい!怪我人がいるぞ!」
一人の隊員が遺跡の入口辺りでハンターが倒れているのを見つけた。そのハンターは黒いコートに漆黒の花の剣を持っていた。
「大丈夫か!」
「・・・早く離れた方がいいぞ」
「なに?」
「俺達は間違った封印を解いた。その代償がこのありさまだ」
よく見ると男の左腕が無く、
「封印だと?」
「・・・あいつらも時期にやられる」
男はそれ以上話さなくなる気を失った。この男はその後に亡くなったそうだ。
だが、俺はこの男が言った『あいつら』という言葉が妙に気になった。嫌な衝動に駆られて俺は隊の命令を無視して一人遺跡の奥へ向かった。そして奥に着いてハンター二人の姿を確認した。
「おい!メアリー!ロイス!」
そこにいたのはメアリーとロイスだった。二人はボロボロになり、何かと向き合っていた。
「っ!アビー!来ちゃダメ!!」
メアリーが俺にそう叫んだ。そして俺は二人が戦っていた奴の姿を見た。そいつは入口で会った黒いコートの男にそっくりな恰好をしていた。手には漆黒の花の剣を持っており、身体からは闇の様な物が溢れていた。そしてその男は二人に斬りかかってきた。
「メアリー!下がれ!」
ロイスは手負いながらもメアリーを後ろに庇い、その男と応戦していた。
「今行く!!」
俺もロイスに加勢するためにすぐにその男の側まで走った。
「くっ!」
ロイスは男の斬撃に押されていた。俺はその男の脇から斬りかかった。
「ロイス!大丈夫か!」
「す、すまない」
俺は何とかロイスと男の間に割り込むことに成功した。ロイスは片膝を付き、息切れをしていた。かなり長い時間を戦っているようだった。
「大地よ・仇名す者を・圧し潰す・岩壁となれ・クラッシュウォール!!」
そして後ろからメアリーの魔法が奴を襲った。俺はそのタイミングで奴に斬りかかった。奴はクラッシュウォールを一瞬で斬り裂き外に出てくるが、その後の一瞬の隙をついて俺は奴の剣を持っている腕を切り飛ばした。
腕と剣は地に落ち、俺は切っ先を奴の顔に向けた。奴の目は赤く染まっており、斬り飛ばし腕が付いていたところからは、血ではない黒い何かが零れ落ちていた。これで終わりかと思った瞬間
「アビーっ!!」
「え?」
メアリーは突然俺を突き飛ばしたんだ。そしてメアリーを見ると、その身体には俺が斬り飛ばした奴の腕が剣を握り、メアリーの心臓を突き刺していたんだ。
「メ、メアリー!!」
そのままメアリーは動かなくなった。そして、男の腕はいつの間にか奴の身体にくっついていた。
「アビー!その男はもう人間ではない!殺せ!!」
「メアリー!メアリー!」
俺はロイスの言葉が聞こえておらず、ただメアリーの名前を呼び続けた。
「くそ!」
ロイスは俺が動かなかったので、俺に斬りかかろうとした男との間に割って入るように斬りかかった。
奴はその勢いで後退った。しかし、胴体を深く斬り裂かれてもピンピンしてやがった。その姿は不死身の化け物の様に目に映った。
そして、その後すぐに第1部隊の連中が辿り着き、奴を一方的に討伐したんだ。討伐と言っても形が無くなるまで魔法をぶっ放していただけだったがな。ただ、黒い霧の様な物が最後に奴の身体から出て、遺跡の奥へと入っていったように見えた。後々そのことを言っても誰も聞く耳持たなかったけどな。
そして、奴を討伐した時にはもうメアリーは目を開けることなくそのまま逝っちまった。ただ、最後に俺に『生きて』と言った気がしたんだ。
その日を境に俺はハンター協会をやめた。代わりに遺跡での活躍を買われてロイスがハンター協会に入ることになった。
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「俺はメアリーを守ることが出来なかった。逆に守られちまった。己の力を過信して油断したんだ」
「・・・ぐすっ」
リリィは自分のことの様に泣きながら話を聞いていた。
「なんで、お前が泣くんだよ」
「らって、らって~」
「涙と鼻水で顔が酷いぞ」
「んんん~~~」
リリィはアビーに抱き付きアビーの服で涙と鼻水を拭いた。
「人の服で拭くなよ」
アビーは否定はしたがリリィを引き剥がすことはしなかった。
「その後はまぁ、この店だけがメアリーとの思い出になっちまってな。いつか帰って来るかもしれないって思いながら、この店を守った」
アビーの話はまだ続いた。
「だが、いつまで待ってもメアリーは帰ってこねぇ。当たり前だ。俺の目の前で死んだんだからな」
アビーは泣きそうな顔をしていた。
「俺はメアリーの墓参り以外の日はほとんど表に出なくなった。金はあったから何とかやってたんだが、生きる気力がなくなってきてたんだ。そん時だよ」
アビーは言葉を切ってリリィを正面から見つめて来た。
「墓参りの帰り道に偶然、野党に襲われているメアリーに似た雰囲気を持ったガキを助けたのは」
「それって・・・」
リリィは目をぱちくりとさせる。
「お前だよ。助けたはいいがお前はメアリーとは違う。最初は戸惑ったさ」
アビーは困り顔で見つめてくる。
「でもそいつの顔は俺を信用している目をしていた。信用してくれている奴を野垂れ死なせるわけにはいかねぇ。だからお前を家に連れて来た」
アビーは初めてリリィにその時の心情を話した。
「・・・あの時、私は孤児です。助けてくれる人なんて誰もいませんでした。せっかく手に入れた物も野党や周りの大人に奪われてきました」
リリィもまたアビーを見つめた。
「初めてだったんです。私を助けてくれた人は」
「・・・・だから一回助けただけで信用したのか」
「・・・はい。今思うと恥ずかしいですが」
リリィは照れ笑いをする。
「っは!俺もだよ。家事も店もまともにやっていなかったのに、お前が来たことで全部が変わっちまった。家事も店もやらなくちゃならなくなった」
アビーもその時の心情をぶちまけた。
「だがな、これだけは言っておくぜ。お前が来たから俺は生きる気力がでた。お前を守る。それが俺の生きる原動力だ。そいつだけは変わることはねぇ」
「私もです。アビーさんと会わなかったら死んでいたかもしれません」
二人は見つめ合う。
「なんだかんだで俺らは互いに心の支えにしてたのか」
「そうみたいですね」
そして、二人は笑い合ったのだった。
「・・・そうか、これが」
ふとアビーの顔から笑顔が消えた。
「どうしました?」
リリィは不思議に思い聞いてみる。
「ロイスの野郎め。この前、俺はリリィの口から漆黒の花の剣の言葉が出た時、昔の復讐しか頭になかった。それをあいつは見抜いたんだ。もしそのまま復讐に身を任せたら、俺は一人で突っ走るところだった。そして、大事な物をまた失うかもしれないとあいつは考えたんだ」
「・・・アビーさん」
アビーは目を閉じて、自分の感情がまったく見えていなかったことに気が付く。
「大丈夫だ。俺はもう迷わない。だからお願いがある、リリィ」
「はい、なんでしょう」
「俺に力を貸してくれ。俺にお前を守らせてくれ」
アビーが行っていることは矛盾のように聞こえる。
「はい、私もアビーさんに力を貸します。だから私を守ってください」
だが、リリィもアビーと同じようなお願いをする。
「ああ、任せろ」
「これからよろしくお願いしますね」
二人は堅く握手を交わすのだった。
「それより早く着替えてきたらどうだ?」
「へ?」
「いや、コートも落ちてるし本当にまた風邪を引くぞ?」
「・・・・・~~~っ!!」
リリィの羽織っていたコートはいつの間にか下に落ちていて、リリィの身体がスケスケのネグリジェの上から晒されていた。
「もう!最後の最後で!!」
「いや!俺はただ心配になっただけで!」
「あっち向いて!!」
バチン!!
「ぐは!」
リリィのビンタがアビーの頬に炸裂する。
「アビーさんのばか!!」
リリィはそう言って自分の私室へ逃げるように走って行った。
「・・・これでよかったんだよな。メアリー」
この日を境に二人の絆は深まった。リリィもアビーもそんな気がしたのだった。
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