少女、対面する

 リリィはロイスと共にハンター協会の医務室に向かった。到着した頃には陽は沈み切っており、室中は魔石のランプで優しく照らされていた。


「セレナさん・・・」


 リリィの目の前ではベッドに横たわったセレナの姿があった。いつも元気な姿で可愛いと言ってくれるセレナの今の様子を見て、リリィは涙を流しそうになる。


「アリア、セレナはまだ目覚めないか?」


 ロイスはセレナのベッドの傍らにある椅子で座って、じっとセレナのことを見守っていた。


「うん、身動ぎもしてないよ」

「そうか・・・」


 二人の会話から、セレナは寝たきりで身動ぎもしないそうだ。


「リリィ、一応確認してもらっていいか?」

「・・・・はい、わかりました」


 リリィはセレナの側に行く。リリィはセレナからいつも感じていた魔力が殆ど無いことに、最初に見ただけでわかっていた。


 だが、それでも近くで見れば何か感じるかもしれない。そう思い、リリィはセレナの手にそっと触れてみる。


「・・・リリィちゃん」


 アリアが心配そうな顔でリリィを見てきていた。ロイスも黙ってリリィの様子を窺っていた。


「・・・・・・・ロイスさん、セレナさんからは殆どセレナさんの魔力を感じません」

「・・・・・っく!」


 ロイスは悔しそうに顔を歪めた。アリアは何のことかはあまりわかっていないからなのか、その言葉の意味を捕え切れていなかった。


「・・・すまない。リリィ、他に何かわかることはあるか?」


 ロイスは心を静めてリリィに問う。


「それと・・・アビーさんから感じた魔力も感じます」

「・・・やはり、同一犯で間違いなさそうだな」


 アビーとセレナの中に感じる他人の魔力、それが二人を回復させない要因になっていることに間違いはなさそうだった。


「・・・ねぇ、隊長。どういうこと?」


 会話の内容が分からないアリアはロイスに経緯を聞いた。ロイスは隠すことなく、アビーに起こったこと、セレナと同じような人形が現れて、襲ってきたことを話した。


「・・・・あの魔女め」


 アリアは怒気を含んだ声で低く呟いた。


「そういえば、アリアさんはその占い師を見たんですよね?何か特徴とかないのですか?」

「特徴・・・あ、そういえばミリヤムの館みたいなこと言っていたような」


 アリアは名前らしきことを言った。


「おい、それ初耳だぞ」

「ご、ごめんなさい!今思い出しました」


 アリアは珍しく怒っているようにみえるロイスに慌てて謝る。


「ふぅ、まぁいい。しかし、ミリヤムか・・・」

「ロイスさん、何か知っているのですか?」


 ロイスが何か知っていそうな素振りだったので、リリィは聞いてみた。


「ああ、ミリヤムは一時ハンター協会に所属していたことがある女性ハンターだ」

「え!そうなの!?」


 まさかの言葉にアリアは凄く驚いた。


「と言っても、もう数年前の話だ」

「やめてしまったんですか?」

「いや、やめたんじゃない。やめさせられたんだ。ハンター協会の人間を犯罪集団に売るような真似をしてな」

「「なっ!?」」


 あまりの内容にリリィもアリアも言葉を失ってしまう。


「僕らハンター協会は治安の維持も関わっている。そうすると、褒めて称えてくれる連中がいる一方で、僕らの存在が邪魔だという存在もいる」

「それは・・・」


 リリィはそんなこと納得出来ないと思い、僅かながら憤りを覚えた。


「いいんだ、リリィ。それは覚悟の上で僕達はこの仕事をやっているんだからね」


 リリィの表情の変化から、リリィが思ったことを悟ったんだろう。


「まぁ、ミリヤムはハンター協会の人間を恨んでいた人間達に売っていたというわけさ」

「あー・・・それ噂で聞いたことあるかも」


 アリアも話を聞いて、どこかで聞いたことがあることを思い出していた。


「でも、そのミリヤムって方はやめさせられた後はどうなったんです?」

「彼女はこの街に居場所がなくなってしまって、何処か他の街へと行ったとしか聞いていない。それからは何をしているかもわからない」


 まぁ、この街から出て行ってしまったら、知ることも困難だろう。


「では、もしミリヤムって方が犯人ならばハンター協会への復讐ということが考えられるのでしょうか?」

「そういう線も出て来るね。でも彼女は普通の女性ハンターだったはずだ。こんな奇怪な力は持っていなかったはずだ」

「それじゃあ、ミリヤムはその力を手に入れたから戻ってきたってことじゃないの?」

「確かにな。だが、そんな力がある物を手に入れるのは相当困難極めると思うのだが」

「「・・・・・・」」


 ロイスの言葉の意味をリリィとアリアは考える。


 オーパーツ、過去の遺物は主に遺跡から取れる。他の街や場所にも遺跡はあるからそこで手に入れた可能性があるが。


「こんな特殊なオーパーツ、封印された場所か、未開の遺跡にしか眠っていないだろう」


 ロイスの言葉の通り、遺跡の殆どはすでに発見されていて、そこにあった遺物やオーパーツも殆ど取り尽くされているはずだ。


 封印された場所や未開の遺跡は強敵である守護者ガーディアンが蔓延っているはず。そんな場所にただのハンターである彼女一人で探索するのは自殺行為にも等しい。


「仲間がいたとか、誰かに譲ってもらうとかは考えられませんか?」

「まぁ、それも考えられる可能性の一つだ」


 ロイスはそう言って話を一旦切った。


「取り敢えず、ミリヤムがこの街の何処かにいるのはほぼ確定と言っていいだろう。彼女の顔を知る者で隊を組んで、捜索に当たるとしよう」


 ロイスはミリヤムを捜索する人材を確認するために、部屋を出て行った。


「リリィちゃんは今日どうするの?もう暗いけど」

「・・・店に帰ります。アビーさんもいることですし」

「そっか。見送りはいる?」

「・・・いえ、一人で少し考えたいことがあるので」

「わかった。気を付けて帰ってね。どこでまた狙われるか分からないから」

「はい、それでは失礼します」


 リリィは部屋を出て行った。


「・・・・・・わかってるよ。ちゃんと見送る」


 アリアはセレナに説教された気がして、腰を上げてこっそりとリリィの後を付いて行くことにした。



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「・・・ねぇ、アーシー」

「なんだ?」


 リリィは一人で暗い夜道を帰る途中、アーシーに話し掛けた。


「セレナさんの残っていた魔力を追うことって出来ない?」

「・・・・・・一人で行くつもりなのか?」

「・・・・・・うん」


 リリィの長い沈黙の後の肯定。アーシーはご主人であるリリィにはあまり危険な橋は渡ってほしくないのだが。


「出来るか出来ないかと言われれば・・・・出来る」

「じゃあ!」

「だが、私はそれを教えるのに躊躇いを持つ」

「ためらい?」


 リリィはアーシーの気持ちに気が付かない。


「リリィ、私がそれを教えたとして、勝機はあるのか?」

「・・・・・・」

「リリィなら確かに一人で破壊することは容易いと思う。だが、それでいいのか?」

「・・・・・・私は」


 リリィの魔法なら場所さえわかれば、遠くからでも古代魔法クラスの大威力の魔法で殲滅破壊は可能だ。しかし、それには色々な犠牲が付くことになる。


 逆に近くで下位や中位魔法で戦うのであれば、前衛で守ってくれる人が必須になる。一人では後者の戦法は取れない。


「今回、アビーはいない。いつも守ってくれているアビーはいないのだ。私もリリィを出来る限り守ろうとは思う。だが、私にも魔力の上限がある」

「・・・うん」

「せめて一晩だけでもゆっくり考えてみて決めたらどうだろうか?」

「・・・そうだね。ありがとう。アーシー」


 リリィは一人で行くか、危険を承知でロイスとアリアに手伝ってもらうか。帰ってゆっくり考えるのだった。



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「うん、大丈夫そうだね」


 アリアはリリィが店の中に入っていくのを確認して、安心した。


「だな。何事も無くて何よりだ」

「って、隊長!?いたの!?」


 いつの間にか後ろにロイスが立っていてびっくりするアリア。


「ああ、お前がこそこそストーカーするところからな」

「うう~!言ってくれればいいのに!」

「いやなに、お前がセレナ以外でそう言った行動を起こすのは珍しく感じてな」


 アリアはセレナ第一で考える節が多々ある。以前、リリィを助けたのはセレナを悲しませないためだったことから手伝ったようなものだ。だが、今回は倒れているセレナから離れての行動だ。ロイスはそこが珍しいと感じたのだ。


「そういう隊長はどうして付いて来たのさ」

「いや、彼を迎えにね」


 ロイスが視線を向けた先では、リリィがペコペコと頭を下げてお礼を言っている人がいた。


「あれって」

「まぁ、僕が心の底から信用できるとしたら彼しかいなかったからね」


 そして、その男はロイス達がいる方へと歩いて来た。


「お疲れ様、無理を言ってすまなかったね。スコット」

「いえ、僕がロイス殿のお役に立てるのであれば、これぐらい」


 ロイスの信用出来る男性はスコットという。第2部隊である証の赤色のスカーフを腕に巻いている。


「久しぶりだね、スコットさん」

「アリアか、また何かやっていないだろうね」

「もう!いつも問題児扱いするな!」


 アリアもスコットとは面識がある。ロイスとスコットは所属部隊が違ってもよく一緒にいることがあるので、自然とアリアだけでなくセレナとも面識を持っていた。


「で、アビーの容態はどうだい?君の目から見て」

「そうですね。あれだけの傷を負っている割には大丈夫ではあると思います。しかし、出来るだけ急いだほうがいいでしょう」

「そうか・・・」


 ロイスは目を閉じて考え込んだ。


「それより、あのリリィって女の子、あの者は何者なのですか?」

「ん?それはどういうことだ?」


 いきなりリリィの話が出てきて少し驚くロイス。


「いえ、アビー殿の看病の手の空いた間に店の品物に少し興味を持ちまして、少し拝見させて頂いたのですが」

「あまり人様の家でそういうことは控えてくれな」

「すみません」

「で、それがどうしたんだ?」

「いえ、なんであの店にはあんなに遺物があるのですか?」

「それはリリィが拾って来るからじゃないのか?」

「だから何であれだけの数を、あれだけの種類を一人で見極めて収集できるのですかという意味です」


 そうスコットに言われて、当たり前のように感じていたが、それが異常だと気付くロイス。


「確かに・・・。リリィは素晴らしい魔法の才はある。遺物の収集にも才があるのか」


 ロイスは再びリリィという少女の力を再認識した。


「スコット、リリィのことは出来る限り内密にな」

「はい、それはわかっています」

「ならいい」


 ロイスはリリィのことが気になり始めた。


(いや、今はアビーとセレナを助ける方が先だ)


 ロイスは心の中で呟くと、ハンター協会へと歩き始めた。アリアとスコットもそれに続いた。



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「アビーさん・・・」


 リリィはアビーの近くにある椅子に座り、少し苦しそうに眠るアビーを見ていた。


「・・・・・・私はどうする・・・・か」


 アーシーに言われたことをずっと考えるリリィ。


「私も何かで前で戦えた方がいいのかな・・・」


 1人でも詠唱をする隙を作るための方法。1つは今でもよく使う『カルテット・エレメンツリング』を事前に唱えておくことだ。しかし、これは光る腕輪を装着するし、魔力も常に放出し続けるから、隠密行動には向かない。


「・・・・・・剣・・・か」


 リリィは視界にアビーが普段使っている剣が目に入る。


 リリィは剣に近付いて、鞘ごと持ってみようとする。


「ふぬ!・・・・ぬぬぬぬ!!」


 力いっぱい持ち上げようとするが、ほんの僅かに浮くぐらいしか持ち上がらない。


「っはぁ、はぁはぁはぁ・・・。アビーさん、いつもこれを片手で振り回してるの」


 こんなのリリィは持ち上がらないとあきらめた。


「それなら・・・ナイフとか?」


 料理で使う包丁と同じぐらいのナイフならと考えたが


「でも私トロイから危ないか・・・」


 リリィは自分の運動神経の悪さを知っている。近接で戦うのはやはり難しいと判断した。


「やっぱりロイスさんに頼むしかないのかな」


 だが、それをしてしまうと、アーシーのことやリリィの異常さの部分を垣間見せることになる。


「・・・・・・怖い」


 リリィは昔、この異常さで化け物扱いされたことがあった。そして、それは今でも心の傷としてトラウマになっていた。


「・・・・でも・・・アビーさんを助けるには」


 この道しかない。リリィはアビーの時間はそんなに長く持たないことは本能的に気付いていた。それはセレナも同様だ。どちらかというと、魔力が殆ど無いセレナの方が危険であるのは間違いがなかった。


「うん、明日ロイスさんに手伝ってもらおう」


 リリィは考えた末、自分の異常な所を見せることにする。


「それで嫌われたとしても・・・アビーさんが助かるなら」


 その日、リリィはいつもより寝付くのに時間が掛かるのであった。



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「ロイスさん」

「おはよう、リリィ。こんな朝早くからどうした」


 リリィは朝一番にロイスの所へ向かった。


「私がミリヤムを見つけます。手伝ってくれませんか?」

「・・・・・・どういうことだい?」

「私がミリヤムを見つける手立てがあるということです」

「・・・・・・・どうやら本当のようだね」


 ロイスはリリィの目を見て、その真剣な瞳が嘘を言っていないことを確認する。


「ただ・・・・その、嫌わないでいてくれると助かります」

「ん?どういうことだ?」

「とにかく、手伝ってくれませんか?」

「・・・・わかった。嫌うとか嫌わないはよくわからないが、見つける手立てがあるのなら手伝おう」

「ありがとうございます!」


 リリィは了承してくれたことに嬉しく思い、声がつい大きくなってしまう。


「で、どうやって見つけるんだ?」

「えっと、とりあえずこちらに」


 リリィはハンター協会を出て、人気の無い場所に行く。


「ここから探すのか?」

「えっと・・・・アーシー」

「呼んだか?」

「っ!!」


 ロイスは突然その場に響いた声に驚いてしまう。


「大丈夫です。私の友達ですから」

「と、友達?」

「いや、リリィは私の主だ」


 アーシーはリリィの言葉を修正する。ロイスは訳が分からない顔をしている。


「それよりアーシー。この人が手伝ってくれるから、セレナさんの魔力を追ってもらえない」

「・・・・・わかった。ロイスとやら、リリィを守ってやってくれ」

「あ、ああ。了解した」

「では行くとしよう」


 アーシーはリリィの指輪の中から手を引っ張るようにしてリリィを導き始めた。


「行きましょう」

「ああ」


 リリィとロイスはアーシーに導かれて移動を始めた。


 住宅街の様な場所に入り、人気が増えてきたと思ったら、すぐに人気が無くなってきた。


「さっきまで人があんなにいたのに」

「ここの辺りは地盤が脆くなって避難させたエリアだからね」

「そうなんですか」


 アーシーの案内はまだ続いている。そして、アーシーが止まった場所は小さな小屋だった。


「こんな小さな場所にあんなに大勢の人形を置けるの?」

「わからん。だが、魔力はこの中から感じる」

「それなら中にっ!」


 ロイスは突然足元に現れた黒い影に気付いた。


「リリィ!上だ!」


 ロイスの言葉で上からの襲撃に気付いた時にはすでに目の前に、大きな鳥が襲い掛かろうとしていた。


「リリィ!」


 アーシーの声が響いたと思ったら、地面から勢い良く石の槍が飛び出し、大きな鳥を迎撃した。


「ありがとう!」

「ロイス!しっかり守れ!」

「す、すまない」


 アーシーはロイスに怒りの声を上げる。


「でもこいつが現れたってことは当たりってことかな」

「恐らくは」


 ロイスとリリィは大きな鳥に向かって構える。


「あら?騒がしいと思ったらロイスちゃんじゃないの」


 その場に妙齢の女性の声が響いた。


「その口調・・・ミリヤムか」

「あら?覚えてくれていたのね」

「ああ、二度と顔を見たくないと思っていたがな」


 ロイスも仲間をミリヤムに売られたことがある。


「それより、私を捕まえに来たのでしょ?歓迎するわ」


 ミリヤムがそう言うと小屋から次々と人形と思われる女性の姿が出てきた。当然その中にはセレナの人形の姿もある。


「リリィ、やるぞ」

「はい」


 リリィとロイスはここが正念場だとお互いに言い聞かせて、ミリヤムに武器を構えた。

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