少女、いきなりの危機
「えーと・・・・・・この辺りとかは・・・」
リリィはアビーと少し離れた場所で遺跡の入り口を探していた。離れているといってもお互いに視界に入る位置にいるため、何かあった時でも、すぐに向かえるようにはしてある。
「それにしても・・・」
リリィは改めて周辺を見てみる。元々は草が生い茂っていたであろう場所は草の燃えカスが積もり、風で巻き上げられては散るとなって飛んでいく。
遺跡の一部と思われる建造物は黒く焦げ、より一層に瓦礫と化している。
「自分でやったとはいえ、これは酷過ぎるよね」
リリィは少し落ち込んできてしまう。
「・・・・・・ん?」
落ち込んだ時に見た地面に隙間があることに気が付く。リリィはそのままその場所までゆっくりと歩いて行く。
「大丈夫・・・だよね」
地面の隙間の辺りは崩れる可能性があるので、自然と足取りはゆっくりと丁寧な物になる。
「ん~・・・・下は空洞になってる。この下は遺跡の内部かな?」
リリィはしゃがみ込み、地面の隙間を見てみた。隙間からは少ししか見えないが、結構深そうた。試しに小石を隙間に入れてみると、音がするまでに少し時間を要した。
「結構深そう・・・」
リリィは足場が崩れる前にその場を離れることにした。
「リリィ、何かあったか?」
そこへアビーが声を掛けてくる。
「うん!あのね、この下にっ!!」
アビーの声に答えようとその場にスタっと立ち上がった時に足場が崩れた。
「え・・・・うそぉーーーーーー!!!!」
リリィは一瞬何が起きたか理解出来なかった。
「リリィ!!!」
アビーの声が響く中、リリィは足元の暗闇に吸い込まれていった。
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「っ!!」
(落ち着いて!私なら出来る!)
リリィは驚きながらも魔力を集中させる。
「風よ・全てを・吹き飛ばせ・エアロハンマー!!」
リリィは風属性の中位魔法エアロハンマーを落ちている先へと放った。本来の使用方法は空気を圧縮した空気の壁を相手にぶつけて吹き飛ばす魔法だ。
今回、リリィは地面に向かって放った。まだ距離はあったがリリィの魔力で威力増大していたエアロハンマーは地面にあった砂や小石などを巻き上げながら、風が反発して下からリリィを押し上げるように跳ね返ってきた。
「っこれを!」
リリィは跳ね返ってきた風に対して魔力を制御して障壁を張る。ただ、いつもと違い、風を受け止めるように障壁を張った。
結果として、リリィの落下速度がかなり緩くなる。しかし、その効果は一時的。すぐに本来の速度になろうとするが、その前にリリィは障壁から地面に落下する。
「うぅ・・・痛い」
流石に全ての勢いを殺し切れずにリリィはその場にうつ伏せで倒れて、痛みに耐えていた。
「・・・・清き水よ・我が手に・癒しの光を・ヒーリング」
リリィは最初に自分の怪我を治すことにした。幸い治癒魔法は自分にも掛けられる。
「・・・・どうしよう」
リリィは自分が落ちて来たであろう場所を見上げる。太陽の明かりが僅かに差し込んできている場所はかなり高い。周りを見ても登れるような場所はどこにも無さそうだった。
「えっと・・・あ、これは無事みたい」
リリィは一緒に落ちて来た荷物からランタンを出して火の魔石を入れて明かりを灯す。
「結構広い・・・。遺跡の中だよね?」
明かりを灯してみて分かったことだが、建造物のような物が壊れた状態でこの広い空間に点在していた。
「街・・・ってことはないか。でも誰かここに住んでいたのかな」
リリィはあまりの広さからそういう感想が口から出てきた。
「でもどうやって帰ろうかな」
アビーも上で心配しているかもしれない。というか絶対に心配している。だって、目の前で消えるように落ちたのだから。
「でも、どうやって知らせよう」
生きていることを伝える手段がない。
「・・・・・あ、そうだ!でも何か書くものは」
リリィは一つだけ伝える方法を思いついたが、それには文字が書ける物が必要だった。
「・・・・しょうがないか」
リリィは意を決して上着を脱いだ。上半身裸だが、誰もいないので隠す必要もない。
「・・・・風よ」
リリィが脱いだ服に指を当てて風の魔力を線のように細くして呟く。それだけで、リリィの指先に極小の風の刃が発生し、服の一部を切り取った。
「これだけ大きければ気が付くよね」
リリィは先に服を着直した。リリィが服を切った部分は上着の胸の下部分から下側だ。結果としてリリィはへそ出しの恰好になってしまった。
「お腹が冷えそう。でも、魔力で温めればいいよね!」
リリィは魔力の制御に慣れているため、意識すれば体の一部に魔力を集中して温めることもできる。
「と、とりあえずこれに土で無事だって書いて・・・」
リリィは自分が無事であることを土を使って服の切れ端に書いた。
「よし」
そして、リリィは指輪のオーパーツ、ゲートリングに魔力を流し込んで、服の切れ端を店の倉庫に送った。
「これをアビーさんが見つけてくれれば」
アビーにはこれで伝えることが出来る。後は
「救助される方はじっとしてろってアビーさん言ってたけど・・・」
リリィは改めて上を見てみる。
「・・・・・・この高さは流石に難しいんじゃ」
リリィは暫くその場所で考え込んでいると
「っ!?」
(魔物!?しかも大きい!!)
リリィは魔物の持っている魔力を察知する。リリィは急いで隠れられそうな瓦礫の隙間に身を寄せてランタンの火を消した。
そして次第に、魔物の足音が近付いて来た。
(熊の魔物・・・。こんなところにもいるんだ)
暗闇でも、地上の遠い光のお陰でうっすらと影は見える。その魔物は影から熊だとリリィは判断した。
その場でじっと隠れているリリィ。さきほどから魔物の鼻息が荒い。まるで何かの匂いを嗅いでいるように思える。
(・・・・匂い?)
恐らくこの場には人間は滅多に来ない。そして、リリィがいた場所で鼻息を荒くしている魔物。
『グガアァァァァァ!!!!』
「やっぱりーーー!!!!」
リリィの隠れている方向に向かって熊の魔物が突進してきた。それに驚いたリリィは反対側の魔物がいない方の瓦礫の隙間から叫びながら抜け出した。
リリィが隠れていた瓦礫は見事に吹き飛び、無残な姿になった。
「っく」
リリィは戦闘態勢を取る。暗くて見づらいが、魔物の気配はよくわかる。魔力を高めて魔物に威圧を与えようと試みる。
『グルルル・・・・』
それが功を成したか、魔物はリリィを襲うのに躊躇っているように見える。
(この距離じゃ詠唱に移った瞬間にやられる。なんとか距離を離さないと・・・)
リリィは命の危険だというのに、いつもより思考が冷静だった。
(・・・・・・アーシー・・・答えてくれるかな)
リリィはゲートリングではない、もう一つの指輪を見る。そこには黄色い宝石が一つだけ嵌められていた。リリィの心の声が聞こえたのか、黄色い宝石が少しだけ点滅する。
(うん、答えてくれる)
リリィはアーシーが答えてくれると確信した。
「アーシー!お願い!」
「任された」
リリィの声に反応するように黄色い宝石から黄色い光が現れ、地面の中へと消える。次の瞬間、熊の魔物の周りの地面が槍の様にして魔物を撃ち抜こうと、飛び出してきた。熊の魔物はその攻撃を下がることで躱していた。
「炎よ・仇名す者を・貫く・槍となれ・ファイアランス!」
その瞬間を見逃さずに、リリィが追撃するように火属性中位魔法のファイアランスを放つ。
その炎の槍は見事に下がった熊の魔物の胴を貫いた。
そして、大きな音を発てて、魔物はその場に崩れ落ちた。
「た、助かったー」
リリィもその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
「リリィ、無事か?」
「うん、アーシー。助けてくれてありがとね」
「主人を助けるのは当たり前だ」
アーシーは以前の戦いの後、リリィを新たに使える主人として付き従うと決めていたのだ。
「だが、申し訳ないことがある」
「ん、何?」
「今ので魔力を殆ど使い切った」
「それじゃあ・・・」
「暫くはこの中で休ませてもらうことになりそうだ」
アーシーはそう言い残して、宝石の中へと戻っていった。
アーシーは以前の戦いの時に、リリィに魔力の大半を与えてしまったのだ。その代償で暫く回復に専念する必要があった。そして、今回はその少し回復した魔力でリリィを助けたというわけだ。
「アーシー、ありがとう」
リリィはそんな状態のアーシーに再度、お礼の言葉を言うのだった。
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アビーはリリィが落ちた後、その場から降りようと試みていたが
「くそ!こんなロープじゃ届かねぇ!!」
アビーが持ってきた荷物の中にはロープもあったが、リリィが落ちた場所の高さには到底届かなかった。
「あいつなら大丈夫だ。大丈夫なはずだ!」
アビーは心の中でそう叫び続ける。実際に声にも出して、気持ちを落ち着かせようとする。そうでもしないと心が壊れてしまいそうなのだ。
「さっきもリリィの詠唱が僅かに聞こえた。何かやったに違いねぇ」
落ちている時のエアロハンマーの詠唱がアビーはわずかに聞こえていたのだ。
「ここにいても何も出来ねぇ・・・。とりあえずロイスに助けを」
アビーがそう考えた時には身体はすでに走り始めていた。
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「火よ!水よ!大地よ!風よ!我が手に光を!カルテット・エレメンツリング」
リリィの魔法で両腕に四色の光のリングが現れる。
リリィは考えた末、移動することに決めた。だが、リリィは近距離での戦闘は出来ない。鉢合わせでさっきみたいに魔物が出て来たらやられてしまう。アーシーも魔力を使い切っていて、助けてはくれない。
それならば、リリィの魔法の一つ、カルテット・エレメンツリングで、詠唱無しで下位魔法を発動出来るようにしておけばいい。
「これならすぐ魔法は使える。でも」
これは魔力を属性ごとにリングに圧縮して留めて置く魔法だ。
「相手にも魔力察知されるよね・・・。でも、何も出来ないよりかはいいかな」
魔力を常に出している状態なので、魔力に反応を示す魔物には見つかりやすくなるというデメリットがあった。
そして、準備が終わったリリィは、ランタンの明かりを頼りにゆっくりと移動を始めた。
広い空間の外壁の方には何本か通路があった。中には崩れている通路もある。
「・・・・・崩れなさそうな場所、上に繋がっていそうな通路・・・」
リリィは不安な気持ちを抑え込みながら、ぶつぶつと呟きながら歩き続ける。
「・・・・・・・あ」
そして、1つの通路は平坦ではなく、階段になっており、上の方へと続いていた。
「よし」
リリィはその道に決めて一歩踏み出した。
バサバサバサバサバサバサ!!
「きゃーーー!!!」
リリィの足音が狭い通路に響き、奥からコウモリが大量に出て来た。リリィは思わずしゃがみ込んでしまう。コウモリはそのまま何処かへと飛んで行った。
「うぅ・・・・ぐす。怖いよぅ」
今の不意討ちでリリィは心が折れそうだった。
「・・・・・行こう」
リリィは涙を拭い、恐怖を感じながらも前を見て進み出した。
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「アビー!それは本当か!!」
「ぜぇぜぇ・・・こんなことで嘘なんか言うかっての」
アビーは全力でロイスがいるハンター協会の第一部隊の部屋に飛び込んだ。途中、周りからは何事だと見られていたが、そんなことを気にする暇はなかった。
「わりぃが手を貸してくれ」
「人命が懸かってるんだ。もちろん手伝おう。セレナ」
「はい、話は聞いてました。例の場所に向かいます」
セレナはアビーが説明している時から、準備を始めていた。そして、数名の隊員と共に駆け出していった。
「隊長、今回は私も行くよ」
声を掛けて来たのは赤毛のポニーテールのアリアだ。セレナと比べるとかなり小柄で、子供と言われても納得出来る容姿だ。
「ああ、アリアか。そうだな、よろしく頼む」
「はーい」
アリアは物凄い速度で部屋を駆け抜けて、セレナを追いかけて行った。
「・・・なぁ、あのガキは大丈夫なのか?」
「アリアはリリィより年上だぞ。まぁ、性格は子供っぽいが実力は確かだ」
「そうか・・・」
アビーはアリアに対して少し不安を持った。
「アビー、僕の方でも長いロープを探しておこう。繋げれば届くかもしれない」
「そうだな。その間あいつらには他の入り口を探してもらうか」
「それと第2部隊の方にも連絡は入れておこう。彼らは遺跡内での救助部隊でもあるからな」
「助かる。俺は店の方にロープが他にないか見てから現地に向かうな」
「了解した。他所への連絡後、僕もロープを見つけ次第現地に向かうとしよう」
二人はそれぞれのやるべき場所へと向かって行った。
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「こんなことならもう少し自分で整理しときゃよかったな」
アメリースに戻ったアビーはすぐさま地下の倉庫へと向かった。棚は整理されており、よく売れる魔石等は地下室の入り口辺りに集中している。リリィの日ごろの配慮が窺えた。
「ロープはどこだ?・・・・・ん?なんだこの布」
アビーは普段、ゲートリングから送られてくる場所に布切れが落ちているのを発見する。
「これって・・・リリィの服か!」
アビーはリリィに何かあり、誤ってこれだけが送られて来たと思い、叫んでしまう。
「って、文字か?これ」
布切れを拡げると、変な形の汚れが付いていた。よく見るとそれが文字だということが分かった。
「・・・・・・・リリィ、無事なんだな」
アビーはその場で膝を付いて心底安心した。リリィが生きている。この布に書いてあるメッセージがその証拠だ。
「なら早いとこ見つけないとな」
アビーはやる気を出し、ロープを探し始めた。
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暗い通路をリリィが持っているランタンの灯りが照らしている。登っていた階段はもう終わり、今は狭い通路が続いているだけだった。
「うぅ、結構狭い通路だよ・・・」
これだけ狭いといつか圧し潰されてしまうのではと、不安を抱きながら歩き続けていた。
「ひゃ!」
突然、頭に何か冷たい物が落ちて来た。
「う~~・・・なにこれ?べっとりしてる」
リリィは落ちて来た天井を見てみる。
「・・・・・・・・・ひっ!」
そこには粘着質な謎の動く物体が蔓延っていた。
リリィは慌ててその場から走り去ろうとする。
(あれってスライム!?なんであんな大きいのがいるの!?)
リリィが思考して走っている時、後ろからねちゃねちゃと音を立てながらスライムが迫って来るのが分かった。
「っ!」
後ろを一瞬振り返ると、狭い通路が埋まるぐらいの大きなゼリーような物が迫ってきていた。
「こっち来ないでよ!ファイアボール!!」
リリィはカルテット・エレメンツリングの赤いリングを解放して無詠唱でファイアボールを放った。
リリィの威力が増強されたファイアボールはスライムと同じく通路を塞ぐほどの大きさがあった。それが狭い通路で正面衝突をする。
スライムは身体の大半が水分で出来ているため、高温の炎に当たり、水蒸気爆発を起こす。
「きゃぁーーー!!」
狭い通路を水蒸気爆発による波動でリリィは前方に吹き飛ばされてしまった。
「うぅ~~・・・いひゃい」
思いっきり顔面から地面に突っ込んだリリィは鼻を抑えて起き上がる。
「っ!スライムは!?」
リリィは慌てて後ろを振り返る。そこには粉々に砕けたスライムの残骸が広がっていた。
「・・・倒せたの?」
リリィはランタンを拾い上げて状況を確認する。残骸はピクリとも動かないので、スライムは死んだようだ。
「もっと警戒して進まないと」
リリィは再び歩き始める。
そして数分歩くと狭い通路は終わり、今度は少し広い空間に出た。
「さっきの場所?じゃないよね。広さも違うし」
広い場所に出たため、最初の場所に戻ってしまったと思った。だが、遺跡の建造物の種類が違うことに気付き、すぐにその思考を否定した。
「行き止まりとかじゃ・・・ないよね?」
せっかくここまで歩いて来たのに、ここで行き止まりだったらあまりにも悲惨過ぎる。リリィは外壁に沿って道を探し始める。
「うぅ・・・どこにも道が無い」
外壁を一周したが、最初に入ってきた通路だけしか道が無かったのだ。
「一応中も見てみようかな」
ダメ元でリリィは建造物が並ぶ場所に入っていく。建造物はまだ形を残しているものが多くある。そのため、余計に気を張らなくてはならなかった。
(・・・少しだけど魔物の魔力を感じる。絶対何処かに隠れているよね)
リリィは警戒しながら更に中を進んでいく。
(あれ?この建物・・・上に階段が続いてる?)
一つの建物に階段が付いているのを発見する。造りがしっかりしているのか、足を乗っけても崩れる気配はない。リリィはその階段をゆっくりと上がっていく。
「あ・・・道が続いてる」
そこには横穴の様に壁に穴が空き、通路となっていたのだ。
(魔物は追って来る気配はないかな?それなら先に行こう)
リリィは何処かに隠れている魔物に警戒しながらその通路に入っていった。
後ろで動く赤い目をした何かに気が付かないまま。
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