少女、予想外の刺客

 リリィは採取をしていた時、アビーと共に行動をしていたからなのか、視線も感じることなく、襲われることもなかった。


 だから、アビーと行動していれば大丈夫。心の中でそう思っていて油断をしていたのかもしれない。


 あれから数日経ち、夕日が差し込むオレンジ色に染まった部屋。目の前でアビーがつらそうな顔をしてベッドに横たわる姿を見て、リリィは何度も罪悪の念を抱いていた。


「・・・・・アビーさん」


 リリィは治癒魔法を使える。しかし、今アビーが負っている傷は癒すことが出来なかった。


「なんであの人が・・・・」


 リリィは目の前に横たわるアビーを見ながら、そのことをずっと考えていた。



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「アビーさん、今日採取に付き合ってくれませんか?」


 在庫の一部が少なくなってきたということもあり、リリィはアビーにお願いをする。


「ん、いいぞ。そんなら準備すっか」


 朝食を食べ終えてのんびりしていたアビーは、身体を起こして準備を始める。


「・・・・ふふ」


 そんなアビーを見て、リリィは笑みが溢れてしまう。アビーとは店で一緒にいることは多いが、共に出掛けるとなると、遺跡にしか行かなかった。遺跡に入らずに地上で採取するのは、遺跡の中みたいに緊張することがあまりない。要するにのんびりと出来るのだ。


 リリィはこれをデートみたいと考えていた。アビーのことは好きだ。一緒にいて楽しいし、少しエッチな部分も・・・いや、結構エッチな部分もあるが、命賭けで助けてくれる。リリィはそんなアビーにどんどん惹かれていっていた。


「よし、こっちは準備出来たぞってどうした?」


 アビーはリリィがじっと見ていたので、何かあったのかと思い尋ねた。


「う、ううん!何でもない」


 リリィはアビーを見て色々と考えていたことを悟られないように、急いで自分の準備を始めた。



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「今日はどこに行くんだ?」


 前回は湖に行き、薬の材料となる草花を中心に採取をしていた。今回は鉱物中心に採取する予定だ。


「今日は地上にある遺跡に行きます」

「遺物でも集めるのか?」

「いえ、鉱物中心ですね。たまに遺物はありますけど」


 地上にある遺跡の遺物は取り尽くされているが、遺跡の壁に埋め込まれている鉱石には気が付く人は少ない。中には今ではあまり取れない純度の高い鉱石も混じっていることがある。


「鉱石って・・・俺の手伝いはいらなそうだな」


 アビーは鉱石を見分けることが出来ない。いや、普通の人には出来ないと言った方がいいかもしれない。


「いえ、出来れば私一人で出来なかったことを手伝ってほしいんですが」

「でも俺は鉱石なんてわからないぜ」

「あ、大丈夫です。そこには期待していません」

「・・・そうか」


 真正面から人に言われると心に響く何かがあった。


「アビーさんにはこうゆうの持ち上げてほしいんです」


 リリィが指差したのは大きな岩だ。確かにリリィの力では持ち上げることは難しい。


「魔法でぶっ飛ばすとかしないのか?」

「その・・・大きな魔法の制御なら出来るけど・・・こういった細かい制御は苦手で」

「あ~・・・じゃなかったら暴発なんてしないもんな」


 リリィの魔力量は計り知れない。大きな魔法なら魔力の供給上限を気にしないで放てるのだが、下位魔法のような魔法だと、威力や数が増えてしまう。それは戦いにおいてはいいことなのだが、今の状況で使用すると、壊さなくていい物まで壊してしまうのだ。


「だから、お願いします」

「あいよ。そういうこった仕方がねぇな」


 アビーはこの日、リリィの強化魔法を掛けてもらい、岩や瓦礫の撤去作業をするのであった。



 暫くして、流石のアビーを疲れたということで、適当な岩に腰を下ろして休憩することになった二人。


「これだけ動くとやっぱ疲れんな~」

「でも、いつもは探せない場所を探すことが出来ました。はい、アビーさん」

「お、あんがと」


 アビーはリリィからお茶を受け取り、乾いた喉を潤す。


「んで、数はそれなりに集まったのか?」

「はい、おかげさまで。これで暫くの間は大丈夫なはずです」


 今回、アビーに手伝ってもらうことで、いつも探せなかった場所が探せたおかげで、狭い範囲でもそれなりの鉱石が取れたのだ。


「なら今日は引き上げるか?」

「それなら少し遠回りして帰ってもいいですか?」

「ああ、時間もまだあるし大丈夫だろ」

「ありがとうございます」


 リリィとアビーは来た道ではなく、少し遠回りして道中も採取をして帰路に着くのだった。



 そして、骨董品屋アメリースが遠くに見えてきた辺りで一人の知人と出会った。


「アビーさん、あれってセレナさんですよね?」

「だな。あの青髪は目立つからな」


 今から通る道の木にに寄り掛かるようにして佇むセレナを発見した。


「でもいつもと様子が違いませんか?」

「・・・確かにな。それになんでローブを着こんでんだ?まだこんなに暑いのに」


 今は夏の季節に当たる。それなのにいつもの恰好ではなく腕も足も隠ようにローブを着こんでいるのだ。


「あ、こっちに気付きましたよ」


 セレナがこちらを向いた。


「だな、ほら、行こうぜ。ここにいるってことは、何か俺らに用事があるんだろ」

「はい・・・あれ?」


 アビーはリリィの先を歩いて行く。だが、リリィは何か違和感を覚えて立ち止まってしまう。


(何か呟いてる?・・・・・・・っ!)


「アビーさん!避けて!」

「は?」


 リリィはセレナの周りに魔力が渦巻くのを感じ取り、アビーに注意喚起をする。


 次の瞬間、セレナからアクアショットと思われる魔法がアビーに向かって放たれた。アビーは咄嗟に避けようとするも左肩に一発当たってしまう。


「くそ!何しやがる!」


 いきなり魔法を撃ってきたセレナに抗議の声を上げるアビー。しかし、セレナは聞く耳持たずに再びアクアショットを放ってくる。


「水よ・敵を・打ち抜け・アクアショット!」


 リリィはアビーの後ろからアクアショットをアビーを避けるように放つ。それはセレナから放たれたアクアショットを全て迎撃した。


「サンキュな!リリィ!」


 アビーは右腕だけで剣を取り出して構える。


「・・・リリィ、あいつどうしちまったんだ?あれ本気で殺しに来てるぞ」

「わかりません。とりあえず今はセレナさんを抑えないと」


 二人はセレナを警戒しながら観察をする。セレナは同じ場所から動いていない。魔法を撃つ素振りもなく、ただリリィとアビーを見つめていた。


「・・・・・なんで動かなくなった」

「では今のうちに・・・。水よ・敵を・捕らえろ・アクアリング!」


 なぜか動かなくなったセレナ。その隙にリリィは水属性の捕縛魔法を放つ。リリィから水のリングが複数飛び出す。それはセレナに命中し、身体を締め上げるようにして動きを封じる。そして、バランスを崩したのかその場に倒れてしまう。


 捕縛したことを確認してリリィとアビーはセレナの前に歩いて行く。


「おい!何でいきなり攻撃しっ!」

「アビーさん!!」


 セレナに近付いたアビーはいきなり生えて来た3本目のセレナの手に握られていた黒いナイフに突かれてしまう。


 リリィの気が緩んだ瞬間、アクアリングはセレナに破られてしまう。


「ぐっ・・・くそ」

「動いちゃダメ!血が!」


 アビーは腹に刺さったままのナイフを抜き、血が出るのをお構いなしに剣を構えようとする。


「・・・・・・・」


 セレナは光の宿っていない瞳をリリィに向けていた。


「・・・・・あなたはセレナさん・・・なの?」

「・・・・・・・・・」


 リリィの問いには答えない。ただ、光の無い瞳で見られるだけだった。


 セレナの3本目の腕はどうやら背中から出ているらしく、まるで別人のようにその腕だけが蠢いていた。


「・・・・水よ・・・・仇名す者を・・・飲み込む」

「セレナさん!!」


 突然詠唱を始めたセレナ。リリィは叫ぶがその詠唱が止まることはない。


「渦となれ・・・アクっ」


 だが、横から突然入ってきた人影によって詠唱は中断される。


「間に合ったか!」

「ロイスさん!?」


 目の前に立つ人物はロイスだった。セレナは後ろに跳躍してロイスの剣を躱したようだ。


「リリィ!こいつはセレナではない!」


 ロイスはそう叫ぶや否や再びセレナに斬りかかる。


「ロイスさん!上!」


 リリィは上から襲って来る大きな影に気が付き叫んだ。


「こいつは!」


 ロイスも咄嗟に上から襲ってきた大きな黒い鳥の攻撃を躱す。鳥は空中で旋回してロイスに襲い掛かろうとしてくる。


「来るなら迎い撃つまでだ!」


 ロイスは剣を構えて迎撃の耐性を作る。しかし、鳥は途中で軌道を変えて何処かへと飛んで行ってしまう。


「・・・何だったんだ」


 ロイスはセレナがいた方を見るとすでに姿は無く、ただ戦いの後が残っているだけだった。


「アビーさん!アビーさん!」

「はぁ・・・・はぁ・・・」

「今治しますから!清き水よ・我が手に・癒しの光を・ヒーリング!」


 リリィの手から優しい光が溢れてくる。


「なんで・・・何で治らないの!!」


 魔法は発動している。いつものように光も出ている。しかし、アビーの傷は治る気配がなかった。


「リリィ、これで止血するからどいてくれ」


 ロイスは服を破り、アビーの腹部の傷から血が出ないように止血する。この時、アビーは殆ど意識が無い状態だった。


「アビーさん・・・」

「取り敢えずここから運ぼう」


 ロイスはアビーをできる限り丁寧に持ち上げ、アメリースまで運び出した。リリィはそれについて行き、扉を開けたりと運ぶ手伝いをする。


「リリィ、お前の気持ちはわかる。僕はこれ以上傷が悪化しないように薬を取ってくるから、アビーの様子を見ていてくれ」

「・・・わかりました」


 窓から差し込むオレンジ色の光は虚しくアビーを照らしていた。



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「リリィ、待たせた。協会の方から良い薬を持ってきた」


 ロイスはそう言って、アビーの治療をしていく。


「・・・ロイスさん、そう言えば助けてくれた時、あれはセレナさんじゃないって言ってましたよね?」

「ああ」

「あれってどういうことですか?」


 顔はどこからどう見てもセレナだった。確かに3本目の腕は気持ち悪かったけど、顔はいつも可愛いと言ってくれるセレナだったのだ。


「・・・セレナは今協会の方で意識不明で倒れているんだ。ここにいるはずがない」

「・・・・・・え?」


 ロイスの言葉を聞き、リリィは唖然とする。


「セレナはアリアと一緒に警邏中に何者かの襲撃に遭い負傷した。アリアは大事ないが、アリアに運ばれてきたセレナは意識が無い状態で今も眠り続けている」

「そんな・・・」


 リリィは顔を歪めて泣きそうになる。自分の大切な人が同時に重症を負ってしまったのだ。


「実を言うと、僕はセレナをリリィに診てほしくてここに来たんだ」

「・・・そうだったんですか?」

「ああ、だが、店にいなかったから帰ろうとした時に、戦いの音に気付いてね」


 ロイスはセレナの様態が良くならないのを何とかしようと、治癒魔法が使えるリリィを訪ねて来たのだ。アメリースはやっておらず、店の中にも人の気配が無かったため、一度戻ろうとした時にリリィとアビーが何者かと戦っているのに気が付いた。しかも


「戦っている相手が倒れているはずのセレナだったから偽物だとすぐにわかった」

「そう・・・だったんですね」


 リリィはロイスがここにいた訳を理解して頷く。


「だが、リリィの魔法でもアビーの傷は治せないのか」

「はい、こんなこと初めてでどうしたらいいか・・・・・・え?」


 ロイスはリリィの泣きそうな顔を見て、つい頭を撫でてしまった。


「いきなり撫でてすまない。でも、リリィ。今は考えてくれ。何故傷が治せないのか。何故セレナの偽物がいたのか。この街に何が起こっているのか」

「・・・・・・・・・・・はい」


 ロイスの言葉にリリィは決意を宿した瞳で頷き返した。


「まず、僕の知っていることを話そう。まず、セレナとアリアを襲った連中は占い師とその客だそうだ」

「え?占い師?お客さん?」

「セレナは占い師に占いを進められて近付いたところ、何かの魔法を使われたのか意識を刈り取られてしまったらしい」

「魔法・・・ですか」

「アリアの話だと詠唱は聞こえなかったから定かではない。だが、いきなり意識を刈り取るとなるとそう考えるのがしっくりくる」

「あれ?でもそれだけなんですか?」

「アリアの話ではな。それで慌てたアリアはやばいと感じたらしく、セレナを担いで逃げようとしたらしい。だが、それを周りにいたお客が取り囲むように襲ってきた」

「占い師とお客さんは繋がっていたということでしょうか?」

「そう考えるのが妥当だな。アリアはその場から傷付きながらなんとか逃げ出せて、近くの建物に身を隠した。それから、期を見て協会まで帰ってきたそうだ」


 リリィは話を聞き終わり、暫く考える。


「その占い師がいた場所ってお店か何かなんですか?」

「ああ、それなんだが・・・アリアから教えてもらった場所にそんな占い師の館なんて無いし、店も無かった。にも拘わらず、アリアがセレナと共に最初に見た時は人気店のような人でごった返したらしい」

「それっておかしい・・・ですよね」

「ああ、一応アリアから教えてもらったその占い師を調べているが、今のところは手掛かりは無い」

「そうですか・・・」


 リリィもその占い師が怪しいと考えた。そして、倒れて意識の無いセレナとそっくりなセレナの偽物に襲われた自分。


「・・・私が戦ったセレナさんの偽物はセレナさんと同じ魔力を感じて、同じような魔法を使ってきていました」

「確かに人によって魔力は違うと言うけれど、そんなものわかるものなのか?」


 ロイスが言ったように普通は魔力の威圧のようなものは感じても、魔力の種類や属性なんてものはわからない。リリィが持っている天性の感覚によるものだ。


「はい、私にはわかります。だからセレナさんだと思ったんですが・・・」

「なるほど・・・。セレナが倒れているのに、セレナの魔力を持つ偽物が動いた。これは明らかにその占い師が犯人とみて問題なさそうだな」

「はい。でも、どうやって偽物にセレナさんの魔力を持たせたのでしょうか?」

「わからない。だが、一つの予想は既に立ててある」

「予想・・・ですか?」

「ああ。以前、リリィが襲われた時があったろ?その時の報告をセレナとアリアから受けた時に一つの可能性を見出した」

「可能性・・・」

「アビーの証言からリリィを襲った女性は人形と考えた。だが、人形を操る魔法は今現在発見されてはいない。それならば可能性として上がるのは」

「オーパーツ・・・ですか?」

「ああ。僕達も同じ意見に達した。で、今日起きたことを考えてみると」


 ロイスの言葉をリリィは頭の中で整理する。そうしたら一つの推論が浮かんできた。


「人の魔力を奪い、その魔力を宿した人形を創り出すオーパーツ。そう考えると・・・・・・まさか」

「リリィはやはり頭の回転は速い方に入るみたいだね。僕もセレナの偽物を見た瞬間にその考えに行き着いたよ」


 リリィとロイスは頷き合いその考えを言葉にした。


「女性ハンターを襲い、髪を奪ったのは手駒となる人形を増やすために行っていたこと」

「そして、その人形で強い人、つまり私やセレナさんの魔力を奪おうとした。私の場合はアビーさんが守ってくれたから奪えなかった」

「多分だけど、リリィの魔力を奪えなかったからセレナを対象にしたんだろう。リリィは常にアビーと行動するようになっていたからね」

「なるほど・・・時系列を考えるとそうなりますね。ってことは私の所為でセレナさんが・・・」


 リリィはそう考えると沈み込んでしまった。


「それは犯人の所為だからリリィは関係ないよ。そして、セレナは恐らく何等かの方法で占い師に魔力を奪われた」

「その魔力を人形として操って、私・・・というより邪魔なアビーさんを消そうとしたってことでしょうか」

「確かにアビーは命を張ってでも君を守るだろうからね。占い師からしても邪魔な存在だったんだろう。ま、消されはしなかったが、動けなくなってしまったがね」


 ベッドで寝ているアビーを見てロイスが呆れたように言った。


「・・・ロイスさん、アビーさんは大丈夫なのでしょうか?」

「わからない。傷は塞いだが、内臓はまだ負傷している。ただ、脈はあるから大丈夫だとは思うが」

「・・・なんで私の魔法が効かないんだろう」


 ロイスが薬等を取ってきている間に何回か治癒魔法を使ったがまったく効く気配が無かった。


「・・・リリィは何か分からないのか」

「えっと・・・何がでしょうか」

「先程自分で言ってたじゃないか。私は魔力の違いがわかるって」

「・・・・・あ」


 リリィはアビーを治すことに必死になり、アビーに何か魔法が掛かっていないかを見るのを忘れていたのだ。


「・・・・・・・・」


 リリィはアビーに近付いて、傷の辺りに手を置いて集中を始めた。


(・・・・・アビーさんの魔力を感じる。でも・・・何?この魔力・・・でもどこかで・・・・)


 ロイスの言う通り、アビーの傷にはアビーの魔力じゃない何かの魔力があった。


「何かわかったかい?」

「・・・はい。アビーさんの魔力じゃない魔力を感じます」

「恐らくはそいつが魔法の阻害をしているんだろうね」


 ロイスは自分の考えがあっていたことに安堵した。


「それで何とかなりそうかい?」

「・・・・・・いえ、その魔力をけそうとしてもすぐにどこからか溢れてくるんです」

「溢れてくるってことは供給源があるってことか」

「そうですね。それを破壊しない限り供給し続けるかと思います」


 原因はわかったが、どうすることも出来ない状況にリリィは絶望しそうになる。


「・・・・・リリィ。一応セレナの方も診てはくれないか?」

「でも、アビーさんを置いて行くわけには」

「それなら、この後信頼出来る奴を連れてくる。そいつにアビーは任せよう」

「・・・わかりました」


 リリィはこの後やって来たロイスの部下にアビーを任せ、陽が暮れて暗くなった道をハンター協会に向けて、ロイスと共に歩いて行った。

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