少女、状況の変化

 リリィが大きな鳥と不審な女性達に襲われた日の翌日、ハンター協会のセレナとアリアが骨董品屋アメリースにやってきていた。


「そう、無事で本当によかったわ」

「今朝になって、この店辺りに大きな鳥が出たって報告に上がって、心配だったんだよ」


 どうやら、昨日の一件は誰かが見ていたらしく、ハンター協会に報告が入ったようだ。


「それならなんで昨日来なかったんだ?」

「大きな鳥だけでは私達以外の人間には、この事件と関連性があると知りませんからね」

「まぁ、情報が曖昧だってこともあって、緊急性としては下げられていたんだ。それで、ウチへの報告が遅くなったってわけ」

「なるほどな。組織ってのは色々と面倒だな」


 これはアビーがハンター協会から抜けた理由の1つでもある。


「それと、この事件の一応の対策として女性ハンターは一人で行動しないよう呼び掛けています」

「リリィちゃんも一人で出掛けないようにね」

「はい、わかりました」


 リリィが頷くとセレナとアリアは真面目な顔をした。


「それとアビー殿、貴方は例の女性を見てどう思いました?」

「リリィちゃんも何か気付いたら教えてね」


 二人は実際に襲われて無事だったリリィとアビーから情報がほしいそうだ。今までの被害者の女性ハンターは奇襲されたので、相手が女性っぽい身体付きをしていたということしか、わかっていないのだ。


「私は大きな鳥しか見てなくて・・・。アビーさんが突き飛ばした人は女性らしい髪の長さをしてたのと、ナイフを持っていたぐらいしか」

「そうですか。でも、相手がナイフを武器として使っているという情報は一つの手掛かりです」


 セレナはメモ帳のような物に情報を書き足す。


「アビー殿は何かありますか?」

「・・・・・・・・・・」

「アビー殿!」

「ん?ああ、すまん。ちと考え事をな」

「今日はこの後、雨降るかもしれません」

「リリィ、それはどういうことだ」

「・・・・気にしないでください」

「あのなぁ」


 アビーが考え事なんて珍しいから、リリィはつい言ってしまったのだ。


「それで?アビー殿の考え事は例の女性についてですか?」

「まぁな、突き飛ばした時に違和感みたいのがあってな」

「違和感?」


 セレナを始め、アリアとリリィも首を傾げる。


「ちと確かめてみっか・・・。リリィ、そこへ立ってくれ」

「えっと、ここでいいですか?」

「ああ。それで腕をこうやって上げてみてくれ」

「こう?」


 リリィはアビーの要求通りの格好に動いた。


「これって」

「ナイフで切りかかろうとしている感じかな」


 リリィは片手を大きく振り上げた体勢になっていた。


「そこへ俺がこの辺りに当たって突き飛ばしたんだが」

「ひゃわ!」


 アビーは片方の肩を前に出して、リリィの横から脇腹辺りに軽くぶつかる。


「うん、やっぱりこの辺りに頭は当たるよな」


 アビーはリリィの横乳辺りに顔が来ることを確認していた。


「うん、柔らかい」

「いつまでそこにいるんですか!!」

「ぐほっ!!」


 アビーはリリィの肘を上から落とされ、床に叩きつけられた。


「で、アビー殿は何の確認をしたのですか?」


 セレナは冷たい眼差しでアビーを見下ろしていた。


「いや、感触がだな」

「感触?」

「ああ、奴に体当たりした時、脇腹辺りと胸の辺りに当たったと思うんだが」

「サイテーですね」

「サイテーだね」

「サイテーです」


 女性陣3人は続いてアビーを責める。


「仕方ねぇだろ!すでにナイフを振りかぶっていたんだから!」

「で、感触がどうしたんですか?」

「いや、女性でも脇腹と胸って柔らかさ違うよな?」

「それはまぁ、鍛え方とかによるかもしれませんが」

「いや、鍛えていないリリィですら違ったんだ。だが、体当たりした時に当たった感触だと胸はそこまで柔らかくないし、脇腹の辺りも同じような感じだったんだ」

「鎧みたいの着けてたとかは?」


 アリアは鎧ならば硬いと考えたが


「いや、あいつローブの下は服着ていなかったぞ。一瞬だったが、それは確認した」

「確かにそれだと妙ですね。服を着ていないこともそうですが、脇腹と胸は柔らかさは違う筈です」


 セレナは自分の脇腹と胸を触り感触を確かめている。


「だから、俺はあれが人間だとは思えない。突き飛ばして転倒はしたが、痛がるような素振りも見せなかったしな」


 アビーが結論を言う。


「なるほど。アビー殿はあれが人間でないなら何だと思うのですか?」

「さぁな。魔物にしては自我がないように思えるし、守護者ガーディアンの類だとしても、それはそれで何か違う気がする。結局はわからねぇってことなんだがな」


 この日はアビーの情報があったぐらいでその場は解散することになった。




「あいつらも大変だな。この後もいろんな場所に注意喚起を言い回っていくんだろ?」

「そうみたいですね。それよりアビーさん」

「ん?」

「いちいち私の身体を触ろうとしないでくださいよ。セレナさんとアリアさんもいるんですから」


 リリィはアビーの堂々としたセクハラに対して抗議する。


「それならセレナを相手にやっても良かったか?俺も自分がどういう風にぶつかったか確認したかっただけなんだが」

「セレナさんは余計に駄目です。私より胸あるんですから」

「それならリリィしかいないじゃないのか?」

「アリアさんは・・・」

「・・・・・あいつじゃあな」

「・・・・・確認できないですね」


 アビーがどの辺りに当たったかの確認なのに、女性らしい身体をしていない、お子様体型のアリアでは意味がないとリリィも考えた。


「それにこういうことはリリィにしか頼まねぇし」

「・・・何でですか?」


 リリィは少し頬を赤らめながら聞き返す。


「俺がもしセレナとか他の女相手にやったらセクハラじゃねえか」

「私に対してやってもセクハラですよ!?」

「え?」

「え?じゃないです!セクハラっていうのは不快な思いをさせたらセクハラに当たるんです!」


 リリィはセクハラの意味をアビーに説明する。


「リリィは俺に触られたり、見られたりするのは嫌なのか?」

「っ!・・・・・嫌に決まってます!」


 アビーに真剣な眼差しで顔を近付けられて一瞬動揺するが、すぐに嫌と言い切る。


「今の間はなんだ?」

「えっと・・・その・・・」


 リリィは羞恥で顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「嫌だけど・・・嫌じゃないです」

「ならセクハラじゃないよな?」


 アビーはリリィから顔を離して、再度問いかける。


「うん。・・・・・って、それもなんか違う気がするんですけど!」


 リリィは言い包められた感じがして、アビーに対して反論しようとする。しかし、アビーはそんな反論に耳を貸さずにどこかへ行こうとする。



「そうだ、リリィ。しばらくは採取は一人で行くな。俺も一緒に行く」

「でもお店は」

「商品がなきゃ商売にならないからな。休みにして行くしかねぇだろ」

「わかりました」


 今後しばらくの間、外出する時は二人で行動することになった。



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「あの男邪魔ね」


 暗い部屋の中、一人の妙齢な女性が不思議な水晶玉を手にして呟いていた。


「でも、あの娘の力は欲しいわね」


 水晶には店の中で働く少女の姿が映っている。


「普通のハンターの力では厳しいか・・・。それならもっと強いハンターを狙わなければ」


 今の手駒では厳しいと判断して、更なる強化を図ろうとする。


「・・・このオーパーツがあれば私の夢も現実になる日は近い」


 女性の後ろには複数のローブを着た女性が身動きせずに数十人並んでいた。


「先にあそこに仕掛けてみるか」


 妙齢の女性は次の行動へ移すことに決めた。


「・・・・・同調リンク


 水晶に移る風景がガラリと変わる。水晶に移る映像はまるで空を飛んでいるように感じる映像だった。


「ふふふふ・・・。次はこの女にしようかしら」


 水晶に映し出されたのは腕に白いスカーフを巻いた青髪の女性の姿だった。



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「そうか。アビーがそんなことを」


 ロイスはハンター協会の部屋の一つでセレナとアリアから今日の報告を受けていた。


「隊長はアビー殿が言うことについてどう考えますか?」

「そうだな・・・。その女性が人間でも魔物でも守護者ガーディアンでもないのだとするのであれば・・・人形とかはどうかな」

「人形・・・」

「ああ、世界には人間にそっくりな人形を作る人もいるって聞いたことがある」


 それはセレナも実際に見たことはないが、聞いたことはある。


「確かに人形であれば感触が同じと感じても不思議はありません」

「でも私、人形が動くなんて聞いたことないですよ?鎧人形の守護者ガーディアンなら見たことは何回もありますけど」


 守護者ガーディアンの中には鎧だけでなく岩や土で出来たのもいる。守護者ガーディアンは遺跡の番人で魔物に近い物と考えられているが、それは魔法か何かの力で動く人形とも言い換えることも出来る。


「アリアの懸念も最もだが、守護者ガーディアンとは別の魔法で動く人形と考えれば納得がいく」

「しかし、そんな魔法は聞いたことがありません」


 セレナは結構物知りな方なのだが、人形を操る魔法なんて聞いたことがなかった。


「それなら一つだけあるじゃないか」

「・・・・・・あ」

「もしかして」


 セレナとアリアも思いついたようだ。


「僕達に再現出来ない魔法が宿った過去の遺物」

「「オーパーツ」」


 ロイス達はその可能性が高いと結論付けた。



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「・・・・・・・」

「あ!これは確か・・・」


 アビーはリリィの後ろにくっつくように歩いていた。目の前を歩くリリィは、時折そこらへんに落ちている石を見つけてはゲートリングで店の倉庫へと送っていた。


「なぁ、リリィ」

「ん、なんですか?」


 アビーの声に反応しながらも、リリィは物を拾い続ける。


「お前、いつもそんなことをしていたのか?」

「そうだけど・・・あ!あの草は!」


 目の前を歩くリリィはいつもより輝いて見えた。


「にしてもよくそんな一目見ただけで判断つくな」

「慣れれば誰でも出来ると思うけど」

「いや、普通出来ねぇから」


 リリィの観察眼にはアビーもいつも驚かされていたが、まさかこんなにすごいとは考えてもいなかった。


 普通に歩いていて、道に落ちている石を見て、それを鉱石だと一瞬で判断なんて出来やしない。草を見て知っている草だったら可能かもしれないが、石でそれが出来るものなのかとアビーは考えてしまう。


「なぁ、これは何の石だ?」

「へ?普通の石だけど」

「じゃあ、こっちは?」


 アビーは適当にそこらへんに落ちている石を拾い、リリィに見せる。


「これは鉄鉱石が混じってますね」

「・・・・・・わからん」


 アビーは二つの石を見比べても違いがいまいちわからなかった。


「鉄鉱石が混じってる方が重くない?」

「そう言われてみると・・・ってお前は持ってすらいねぇのになんでわかる」


 アビーの疑問をリリィにぶつける。


「えっと、質感っていうか・・・直感?」

「直感って」

「後、判断するとすればそこに混じっている魔力かな」

「魔力?」

「うん。私には魔力が何となく見ただけでわかるから・・・そう、例えば、この石には地の魔力が濃いとか分かるの」


 リリィは実際に落ちている鉱石を拾い、アビーに見せる。


「・・・・・普通、そういうのって鍛冶師が打つ時じゃないとわからないんじゃないのか?」


 アビーが言う通り、鉱石に宿る魔力というのは、鍛冶師が鍛錬して初めて鉱石に魔力が宿っているのかわかるのだ。


「でもわかっちゃうんだもん」

「・・・ある意味お前は採取の天才だよ」


 アビーは感嘆としながら、その後もリリィの後を付いて行く。




「そういえば、今は平気なのか?」

「平気って?」


 リリィは辺りを見回しながら聞き返す。


「ほら、この辺りだろ?」


 今、リリィ達は店の前から流れている川の下流にある湖に来ている。


 アビーはこの辺りで例の視線を感じたと、リリィから聞いていたので、大丈夫かと尋ねた。


「今はまだ(汚れたりして)ないから(水浴びをしなくても)大丈夫」


 リリィは採取に夢中になっているので、言葉を省略して答える。ここは汚れたときに、リリィが水浴びする場所でもあるのだ。


「そっか、ならいいんだが」

「って、何でアビーさんはそんなこと知っているの?」


 リリィがこの場所で水浴びをしていることは誰にも言ったことがない。それなのに知っている素振りを見せたアビーに不信を抱いた。


「いや、前に教えてもらったろ。ここで見られたって」

「見られたって・・・誰かに見られてたの!?」


 リリィは水浴びが誰かに覗かれていたものだと思い、顔を真っ赤にし、驚いて大声を出してしまう。


「そうじゃなかったのか?場所はてっきりここだと」

「えっと・・・・アビーさんも見たことがあるの?」


 リリィは半ば混乱しながらアビーに尋ねる。


「ん?見たことがあるっていうか、一緒に見たろ」


 アビーは店の前でリリィが襲われたとき、犯人を見たという意味で返す。


「一緒にって・・・。ダメ!流石に恥ずかしいよ!」

「ん?恥ずかしい?」


 半ば混乱中のリリィは、一緒に裸で水浴びをしようという意味に捉えてしまう。


 アビーはリリィの言葉に違和感を覚え始めた。


「でも、その・・・・水着は今ないから・・・下着までなら」


 リリィは採取を止めて、服を脱ぎ始める。


「って、なんで脱いでるんだ!?」


 アビーは訳もわからずに叫ぶ。


「うぅ・・・だって、服は濡れたら帰りはどうするの。下着なら我慢すればいいし」


 既にリリィは服を脱ぎ終わり、上は薄手のワンピース、下は白のパンツだけの姿になっている。リリィはワンピースの裾を引っ張り、パンツを隠そうとしている。そのせいで、胸が胸元からはみ出そうになる。


「なぁ、さっきから何か勘違いしてないか?」

「・・・・勘違い?」


 アビーは出来るだけリリィを見ないようにしながら、話を始める。


「ああ、俺が最初に平気なのかって聞いたのは、例の視線を感じないのかって意味だ」

「視線・・・・・・・・っ!?」


 そこまで言われて、自分が勘違いをして話していたことに気が付いた。


「お前は何と勘違いしてたんだ?」

「えっと・・・・何でもないから!」


 リリィは恥ずかしくなり、草陰に隠れようと駆け出した。


「きゃあ!!」


 リリィの叫び声と共に水の音がしてきた。


「・・・・・何やってんだ?お前は」


 アビーはリリィが駆け出した方へ行く。そこには湖に落ちて、びしょ濡れになったリリィの姿があった。幸いにも深くはなかったので、尻餅を付いていただけだった。


「うぅ・・・冷たい」


 ワンピースやパンツが濡れて、リリィの身体に貼り付いていた。元々薄い生地なので、所々肌色が浮かび上がっている。


「ほら、大丈夫か」


 アビーは手を差し伸ばして、リリィを湖から引き上げようとする。


「ありがとう」


 リリィはその手を握り、湖から出た。アビーの目の前に立つリリィは胸の先端まで透けて見えていた。アビーは視線を外そうとするが、どうしてもそこに視線が引き込まれてしまう。


「ほ、ほら!これ使え」

「う、うん」


 リリィはアビーからタオルを受け取り、身体を拭き始める。


「・・・・・・・見た?」


 身体を拭き始めて、服が透けているのに気が付いたリリィ。


「・・・・・・」


 アビーはだんまりをするが、それは肯定だと示しているようなものだった。


「こ、今回は私の早とちりだから怒らないよ」

「そ、そうか」


 リリィは急いで服を着ようとする。


「じー・・・」

「あの、アビーさん。怒らないとは言ったけど、凝視するのはどうかと思うんだけど」

「・・・ダメか?」

「ダメです!」


 リリィはアビーを反対に向かせて、服を着るのだった。



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「ねぇ、セレ姉」

「何?アリア」


 二人はルインの街中の見回りをしていた。またいつどこで女性ハンターが狙われるかわからない。そのため、ハンター協会では、見回りの回数を多くしたり、範囲も広げたりと対処をしていた。


「隊長との話が本当だとして、そしたらさ、街の中に犯人がいる可能性もあるよね?」

「そうね。だけど、あの人数を隠せる建物だとするのであれば、それなりの広さを必要とするはず」

「・・・・・・・」

「どうしたの?アリア」


 話していたアリアが突然足を止めて、ある方向を見ていた。


「あれって何かな?」

「あんなところにお店なんてあったかしら?」


 アリアの視線の先には人だかりが出来ていた。そこから喜んで出てくる女性とがっくりと肩を落とす女性の二色に分かれていた。


「これは・・・」

「占い・・・でしょうか」


 店の中を人々の間から見ると、色っぽい黒い服を着た妙齢な女性が水晶玉を見て、目の前の女性を占っていた。


「見えます。貴方の運命の人は近くにいます。近い内に出会うことになります」

「ほんとですか!?」


 占いの結果を知った女性は嬉しそうにして、お礼を言って店を出ていった。


「貴女も占ってみましょうか?」

「「・・・え?」」


 薄暗い中から突然話し掛けられたセレナとアリアはきょとんとしてしまう。


「ようこそ。ミリヤムの占いの館へ」


 妙齢の女性、ミリヤムはセレナを見て、小さく笑うのだった。

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