少女、戦いの後に

 リリィが気が付くとそこは骨董品屋アメリースの自分のベッドの上だった。


「あれ?私どうしたんだっけ?」


 リリィは記憶辿ってみる。


(確か・・・黒狼と戦って・・・私が気を抜いた時に危なくなっって・・・それでっ!!)


「あ・・・あ・・・・アビーさん!!!」


 リリィは慌ててベッドから抜け出そうとする。しかし、身体の力が入らなかったのか


「むぎゅ」


 ベッドから転がり落ちるように変な声を出してしまう。


「な・・・なんで?力が・・・・」


 リリィは一人で立ち上がることが出来なかった。だが、アビーの無事かどうかが心配で身体を這ってでも動こうとする。


 ガチャ


 その時、扉が開いた。そこには


「お?目が覚めたか?」


 アビーがいつもようにリリィの方を見て声を掛けて来た。


「あ、アビーさん?無事でっ・・・無事・・・うえぇーーーん!!!」

「お、おい!どこか頭でも打ったのか!?」


 突然泣き出したリリィを見て、アビーは慌ててリリィを起こそうと手を出す。


「アビーさん!!」

「うお!!」


 そしたらリリィはアビーに飛び付くように抱き付いて、アビーの胸の中で泣き出してしまう。アビーはリリィの勢いを受け止めきれずに尻餅をついてしまう。だが、アビーはそのまま抱きしめるようにして、リリィの背中を撫でる。


「よかった・・・生きてた」

「ああ、お前さんのお陰でな」


 アビーはリリィが落ち着くまで背中を撫で続けた。



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「ふぅ」


 アビーは泣き疲れて再び寝てしまったリリィをベッドで寝かせて、下の階へと下りて来た。


「リリィは大丈夫そうかい?」


 下の階、店の中で待っていたロイスが声を掛けて来た・


「ああ、あれだけ泣ければ大丈夫だろ」

「そうですか。本当によかった・・・」


 そして、それを聞いて安心するもう一つの声があった。セレナだ。


「でもそれを言うなら3人とも無事で本当に良かったですよ」


 セレナは街周辺の魔物の討伐を終えてから、リリィ達が走っていった方向へと数名の隊員を連れて向かっていたのだ。


「光の柱が突然落ちたと思って慌てて向かったら、3人共息絶え絶えで倒れていたんですよ」

「はははは・・・・」

「それについては申し訳なかった」


 アビーとロイスは気まずそうな顔をした。


「それに隊長もアビー殿も大した怪我をしていなかったからまだよかったですが、リリィちゃんはお腹の部分が抉れていたんですからね。心臓が止まると思いましたよ」


 セレナがリリィ達を発見した時は黒狼の姿は既に無く、ロイスは傷こそ負っていたが気絶をしていただけだった。アビーとリリィはアビーがリリィの下敷きになっていてリリィから出たと思われる血に濡れていたので、怪我をしているか分からない状態だった。


 確認するとアビーの服は胴体の部分が破れて辺りも血だらけだったが怪我はなかった。なのに服が破れていないリリィの腹部の一部が無くなっていたのだ。そこから血が流れてきていたとセレナは判断した。


 幸いにもリリィが自分で使っただろう治癒魔法が働いていたのか、少しずつではあるが修復が始まっていた。

 セレナはこの光景を他の者に見せない方がいいと判断して、リリィは同じ同性である自らの手で運ぶと言って、このアメリースに運んできたのだ。


「でも食われたのは俺だったはずなんだけどな」

「確かにアビー殿の服は何かに食いちぎられたように見えましたが、怪我はなかったですよ」


 アビーは首を傾げる。確かに自分がリリィを庇って死にそうになったのは覚えている。怪我が治ったのはリリィの魔法とは考えているのだが、何故リリィが自分と同じような傷を負ったのかが分からなかった。


「まぁ、皆無事だったから良しとしようじゃないか」

「・・・そうだな。そうだよな」

「ですね。リリィちゃんも目を覚まして良かったです」


 3人はそのまま談笑を始めた。



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「・・・・・・・・はぁ」

「目を覚ましたか?」


 リリィは布団に入りながら、深く息を吐いた。リリィの息遣いでアーシーはリリィが起きたと判断して、声を掛けた。


「うん」

「目を覚まされて何よりだ。自分が何をしたか覚えているか?」


 アーシーは確認の意味も込めてリリィに聞く。


「・・・・アビーさんが庇ってくれたところは覚える。その後、ロイスさんもやられて・・・。その先はぼんやりとしか覚えてない」

「そうか・・・。それならそのままの方がいい」

「どうして?」

「あれは・・・いや、今は身体を休めて普段通りに動けるようになるまで安静にするように」

「・・・わかった」


 リリィはそう言うと目を閉じた。暫くすると静かな寝息が聞こえてくる。


「リリィ。あの魔法は使わない方がお前のためだ。あれを使い続けたらお前は・・・」


 あの時、アビーを助けるために使った魔法は代償の魔法。昔、禁術と言われる魔法の一種だ。本来は自分の負った傷を他人に押し付ける魔法。だが、リリィはこれを逆に使った。アビーの傷を自分に移したのだ。治癒魔法は他人を癒すより、治癒魔法と同じ魔力を持っている自分の方が効力は高い。リリィは無意識にそれを感じ取り、傷をアビーから自分に移した後、気絶しながらも無意識で治癒魔法を掛け続けていたのだ。


「代償の魔法をまた見ることになるとは」


 まだ幼い顔立ちのリリィをアーシーは黄色い光の球となって見下ろす。


「・・・・・・・リュミエル様。どうかこの子を見守っていてください。私もできる限り尽力を尽くします」


 アーシーは指輪の宝石に戻り、リリィの部屋に静寂が訪れた。



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「よいしょっと」


 翌朝、リリィは身体を起こして立ち上がってみた。


「ととっ・・・うん。何とか歩けるかな」


 少しバランスを崩したが、何とか立ち上がり歩くことが出来た。いつもの服に着替えるためにネグリジェを脱いだ。


「あれ?パンツは・・・」


 パンツを履いていないことに気付いたリリィは、とりあえずタンスから下着も含め服を着始める。


「あれ?着替えさせてくれたのって・・・・」


 そこで重要なことに気が付いたリリィ。


「・・・・・見られた?」


 裸で寝間着を着させたということはそういうことになる。それにあれからどれぐらいの時間が経っているのかリリィは知らないのだ。



「リリィちゃん、入るわよ」

「あ、セレナさん」


 そこに部屋にセレナが入ってきた。


「これ洗濯しておいたから」


 セレナはそう言ってリリィの服や下着を出してきた。


「あ、ありがとうございます」

「それよりリリィちゃん、起きて大丈夫なの?3日は寝てたけど」

「3日も寝てたんですか!?」


 リリィは驚いて声を上げてしまう。


「それだけ声が出せれば大丈夫そうね。今水持ってきてあげるから」

「あ、セレナさん」

「ん、何?」

「あの・・・私の着替えって・・・」

「あ、大丈夫よ。全部私がやったから」

「そうですか」


 リリィは心の底からほっとした。


「パンツを履いてなかったから心配したんでしょ?」

「ええ・・・まぁ」


 リリィは顔を赤くして頷く。


「うんうん。その顔が見たかったのよ!」

「それだけの理由ですか!?」


 セレナはリリィの顔を見て嬉しそうに頷く。


「冗談よ。ほら・・・」

「ん?どうしたんですか」


 セレナはリリィの胴体が無くなっていたから負荷が掛からないように下着を穿かせなかったのだが、説明するには空気が重くなりそうな気がして、言葉に詰まってしまった。


「リリィちゃんの身体の全てを拝みやすくするためよ」

「さっきよりひどい理由です!?」


 セレナは冗談で誤魔化すことにした。リリィは衝撃の理由で固まってしまった。


「ふふ、とりあえず水持ってくるわね。それまでに服着ちゃってね」


 セレナの言葉でいまだに下着姿だったことを思い出し、そそくさと服を着始めるのだった。



 --------------------------



「おはようございます」

「リリィ、おはよう」

「はい、リリィちゃん。水よ」


 そこには椅子に腰掛けたロイスと水を用意してくれたセレナの姿しかなかった。


「あれ?アビーさんは?」


 本来いるはずの人物がいないことに気が付き辺りを見渡す。


「アビーならまだ寝てるよ」

「ええ、一度起こしたけど反応無かったですから」

「はぁ・・・そうなんですね」


 リリィはいつも通りかと思い、深くは考えなかった。


「でも、しょうがないわよ」

「そうだね。ほとんど寝ていなかったみたいだし」

「え?どういうことですか?」


 いつもぐーたらして、昼寝もよくするアビーが寝ていないというのとに驚くリリィ。


「リリィちゃんの着替えとかは私がやったけど、他のほとんどの時間、例え夜中であってもリリィちゃんの看病していたからね」

「お陰様で僕達もアビーが心配でここに居座っているというわけさ」


 二人は少し呆れ顔でリリィが眠っている時のアビーについて語る。


「そうだったんですね」


 リリィは感謝をしながら、二階にあるアビーの部屋のある方を見上げた。


「そうだ。リリィにも一応報告しておこう」

「報告?」

「ああ、僕達3人はあの黒い狼と戦った後、倒れてしまっただろう?だから、セレナ達が僕達を街まで運んだ後、あの周辺を確認してくれたんだ」


 ロイスが報告の資料を伝えるように目線でセレナに促した。


「はい、地上の遺跡については大半が破壊されていました」

「あぅ・・・ごめんなさい」


 リリィは自分が原因だと思うと聞くのが怖くなり謝ってしまった。


「リリィ、あの魔法を使っていなかったら、今頃このルインの街は無かったかもしれないんだ。だから、謝らないで欲しい」

「そうですよ、リリィちゃん。隊長から聞いた話ではリリィちゃんがいなかったら、数で押されていたことは目に見えてます。むしろ私達が感謝したいぐらいです。ありがとう、リリィちゃん」


 ロイスとセレナは感謝を込めてお礼を言ってきた。セレナはお礼を言いながら、リリィの頭を撫でていた。


「・・・はい」


 リリィは少し照れながら頷いた。


「それと、報告の続きですが、一つだけ地面に巨大な穴が空いているのを発見しました」

「巨大な穴・・・それって」

「リリィ、恐らくあの闇の柱だ。位置を確認したが、間違いないだろう」


 黒狼が出てくる前に昇った闇の柱。そこには何があったのかリリィは気になった。


「隊長の意見を聞き、私達はその巨大な穴に入ってみました」

「な、何かあったんですか?」


 リリィは恐る恐るセレナに聞く。


「中には数体の魔物がいましたが、遺跡の残骸が広がっているだけでした」

「そう・・・ですか」


 リリィは何かわかるのではと考えていたので、少しがっかりする。


「ですが、何かが入っていたと思われる巨体な卵のような器は発見しました」

「あ!それって」

「そう。僕達が戦った奴が入っていたと考えられる」


 リリィの言葉にロイスが肯定する。


「でも、見つかったのはそれだけ。後は殆どが瓦礫でしたね」


 セレナは肩を落として言った。


「あの、何か書いてあったりとかしませんでした?」

「確か・・・、こんな何かの文字みたいのがその卵みたいのに書いてありましたよ」


 セレナは書類の中からその文字の写しを見せてくれた。


「それはまだ解析中で意味がわかってないのよ」


 セレナがその文字について説明をしてくる。


(・・・やみ・・せいた・・いへいき・・。ふ・・ういん・・・。かな?)


 セレナの説明の最中にリリィはなんとなくでその文字を読み取った。


「それと、これも少し離れた場所に書いてあった物です」


 リリィの目の前にもう一枚の紙が置かれる。リリィはそれを手に取り、読んでみる。


(・・・・ふう・・いん。やみよ・・・みこ・・。・・・やみよのみこ?そういえば、アーシーが私の事を光輝の巫女っていっていたような)


 リリィはアーシーとの会話を思い出しながら考え始めた。


「もしかしてリリィちゃんってその文字読めるの?」

「・・・・へ?」


 リリィが説明しても反応が無いのでセレナが疑問に思って聞いてきた。


「そ、それは・・・」


 く~~~~


 リリィは言うかどうか迷っていると、リリィのお腹から可愛らしい音が響く。リリィは顔を真っ赤に染めて固まってしまった。


「そういえばリリィちゃん、三日はご飯食べていなかったですね」

「そうだな。報告前にまず食事にした方が良かったか」

「す、すみません」

「気にしないで。台所と食料使わせてもらってもいいかしら?もうお昼時だから、私が皆の分も腕を振るって作るわ」


 セレナが腕まくりをして料理を作ると宣言してきた。


「セレナ、変なこだわりとかしないで料理してくれよ」

「もう、リリィちゃんに食べさせるんだから普通の料理ですよ」


 セレナはそう言って台所に入っていった。


「セレナさんの料理って変なのですか?」

「いや、あいつは普通に作れば美味しい物が出て来る」

「普通以外って何かあるのです?」

「ああ、セレナは変に独創性を出そうとするときがあるんだ。それが・・・」

「・・・・・・」


 ロイスはその時を思い出したのか青褪めた顔をして黙り込んでしまった。リリィはロイスがここまでなるのかと思い、言葉が出なくなる。


「あ、私アビーさんを起こしてきますね」

「・・・ああ」


 リリィがアビーを起こしに行こうと席を立っても、ロイスの顔を青褪めたままだった。



 --------------------------



「アビーさん、入りますよ」


 リリィは日と声かけてからアビーの部屋に入った。アビーは布団を掛けずに腹を出して幸せそうに眠っていた。


「・・・・アビーさん、もうすぐご飯が出来ますよ」

「ん・・・・ごはん」


 アビーはご飯という単語に反応して少し寝返りを打った。


「アビーさん、アビーさん!」


 リリィは何度か名前を呼ぶがなかなか目を覚ましてくれなかった。


(いつもならご飯って単語や匂いですぐ起きるのになぁ)


 リリィはそう考えながら別の考えも出て来る。


(そういえばあの時、本当に命を懸けて私を守ってくれたんだよね・・・)


 リリィは黒狼が自分に向かって牙を突き立てようとした光景を思い出す。その時は何も出来なくただ目を閉じただけだった。


(この人は自分が死ぬかもしれないのに私を・・・)


 リリィは何度もその時の光景が頭の中を巡った。


(・・・・・寝顔は可愛いんだなぁ)


 リリィは気付くとアビーのことを愛おしく思い始めてしまう。気が付くとリリィはアビーの顔に引きつけられるように近付けていく。


「アビーさん・・・」


 リリィは目を閉じ、アビーの顔に自らの顔を近付ける。そして、唇が完全に触れる前に一度目を開くと


「・・・リリィ?何やってんだ」

「・・・・・・っ!!」


 アビーは目を開き何をやっているのかと聞いてきた。リリィは慌ててアビーから距離を取った。


「ち!違うの!こ、これは!えっと・・・・そう!熱!熱を測ろうと!」


 リリィは顔を真っ赤にして自分が何をしていたかを思い出しつつ、言い訳を言い始める。


「・・・そうか、熱か」

「そうそう!」


 アビーは寝起きだから頭がはっきりと回っていない。リリィはそう思い、必死に誤魔化そうとする。


「じゃあ、リリィの熱を測るときはおでこではなく、唇で測ったほうがいいのか?」

「~~~~っっっ!!!!」


 リリィは今までで一番顔を真っ赤にする。


「もう!!アビーさんのいじわる!!!」


 リリィはそう言ってアビーにのしかかってポコポコと叩きだす。


「ちょっ!おまっ!乗って来るなんてずりぃぞ!!」


 アビーはリリィを無理やりどかして怪我をさせるのは悪いと思い、口とは裏腹にリリィの制裁を受け続ける。


「うわぁーーーん!!」


 アビーの部屋にリリィの声が木霊するのだった。



 --------------------------



「・・・・・騒がしいわね」

「・・・・・またアビーが何かしたんだろ」


 下の階ではロイスとセレナが席に着き、リリィとアビーが下りてくるのを待っていた。


「・・・呼びに行こうかしら」

「だな。料理が冷めてしまう」


 二人は一緒になってアビーの部屋に二人を呼びに行った。


 そして、アビーの部屋で二人がべったりとくっ付いていたのを見たセレナが、ずるいと言ってその輪に加わり、その場はカオスな状態へと変わっていった。


「・・・・・先に食べてるぞ」


 ロイスは呆れて先に食べると言って、下へと下りていった。


 3人が食事を始めたのは、ロイスが食べ終わった後だった。

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