オバケシツジと夏休み

「おぉ! 涼のくせに、生意気に女の子と一緒かよ!」


大きめのスポーツバックを持ち、時々メガネをかけ直してるコイツこそが、眠田麗一郎。

オレのたった一人の……バカ兄ちゃんだ。

数日ぶりに会った弟に言うことが、それ?


「に、兄ちゃんこそ、なんでこんな所にいるのさ……」


オレたちの家からジィちゃんちのあるこの町に着くまでには、バスと電車を乗り継いで、早くても四時間はかかる。

……ってことは、バケモノに襲われてる最中に電話した時は、もうこっちに向かってたって事だよね?


「オレ? あぁ、バァちゃんからオレも呼ばれてたの、うっかり母ちゃんにバレてさぁ。とっととお前も行けって家を追い出されたんだ。それとバァちゃん、ぎっくり腰が悪化したんだって? 母ちゃんがそう言ってたけど」

「えっ?」


兄ちゃんの問いかけに、思わずアキちゃんを顔を見合わせる。

悪化どころか、日に日に良くなってる気がするんだけど。

……ははぁ、バァちゃんが兄ちゃんを呼び寄せるため、ウソついたんだな。


「え、ええと、腰に腹巻きみたいなベルト巻いてるよ。それがないと、つらいってさ」


ウソは言ってないぞ。うん、ウソは言ってない。

今日行った病院で、お医者さんから、まだ外しちゃダメって言われたみたいだし。

……ただ、「だいぶ良くなりましたね」って言われたそうだけどねっ。


「そうかそうか。なら、あんまり動けないだろうな。多少のことじゃ、追いかけられたりもしないってワケだ。ヒヒヒ」


何を企んでいるのか、兄ちゃんはニヤリ……いや、ニタリと笑う。

後からひどい目にあっちゃえばいいのに。


「それより兄ちゃん! 昼にスマホから電話した時は、こっちに来てるなんて一言も言ってなかったじゃん!」

「だって聞かなかったじゃん。それにあの時はちょうど駅にいてさ。電車が来ちゃったんで電話切ったけど……キノコがどうとか言ってたのはどうしたんだ? 負けて逃げ帰ってきたか?」

「負けてない! ちゃんとやっつけたよ!」

「お前が? 一人でぇ?」


大声をだして、兄ちゃんはわざとらしく驚いてみせる。

そして頭をボリボリかきながら、「しまったなぁ」とつぶやいたのを、オレは聞き逃さなかった。

兄ちゃんがこういう時に言う「しまった」は、たいていロクなことじゃないんだ。


「……しまった、って、何が?」

「いや、どうせお前のことだから、まだ解決できてねーだろうなと思ってたんだ。だから、このお兄様がさっそうと登場して、お年玉と引き替えに解決してやろうと思ってたんだけど……うーん、お年玉、うばいそこねたなぁ」


兄ちゃんがそう答えた直後……無意識に、グーパンチが出てた。

自分でもびっくりだ。

だけど、せっかくの無意識パンチも、兄ちゃんはさっとよけてしまう。

あんまり運動神経ないくせに! オレもだけど!


「おっとぉ、涼の分際でオレを攻撃しようたってそうはいくか。十年早い」


兄ちゃんがニヤニヤっと笑いながらそう言うと、それまで静かにしてたアキちゃんが、突然、オレと兄ちゃんの間にわって入ってきた。

アキちゃんは兄ちゃんと身長が同じくらいだから、二人の顔は真正面で向き合ってる。


一体何をするつもりなんだろうと、ハラハラしつつアキちゃんを見守ってると、アキちゃんは、目を真ん丸にしておどろいてる兄ちゃんに向かって、ニコリと笑いかけたんだ……!


……うそ。

オレと初めて会った時にはツーンってしてたのに。

兄ちゃんには、そんなに愛想よくするの?

眠田の、能力が高いヤツだから!?


「初めまして、眠田麗一郎……さん?」

「は、初めましてそうです眠田です麗一郎です。そ、そうだ。お、おい涼、この女の子は……?」


兄ちゃんは女の子に弱いから、顔が半分だけデレっとなってる。

だらしのなくなった兄ちゃんが、アキちゃんごしにオレの方を見た瞬間……アキちゃんは、兄ちゃんの左ほほに、強烈なビンタをくりだした……って、なんで!?


どうしちゃったのアキちゃん!

兄ちゃんは、まだアキちゃんには意地悪してないよっ?


「いってええええええ!? な、なにすんだ、こいつ!」

「アンタがムカつくからよ」

「なんだとぉっ! お前の家、ムカついたら初対面の人間をたたいて良いってルールでもあんのか!」

「あるわよ」

「ウソつけ!」

「眠田の家の人は尊敬してるけど、アンタだけはムリだわ。サイアク」

「なぁにがサイアクだ! なんで初対面の女にそこまで言われねぇといけねぇんだよ!」


そう叫びながらも、兄ちゃんは完全に涙目になっちゃってる。

口はめちゃくちゃ悪いけど、冗談でも女の子に暴力をふるったりはしないヤツだから、アキちゃんにやり返したりはしないだろうけど……このままだとアキちゃんから追加ダメージくらいそう。


ここは弟として、止めに入らなきゃマズいよね?


「アキちゃん止めてあげて。うちの兄ちゃん、性格は悪いけど、ケンカはものすごく弱いんだ。たぶんアキちゃんには勝てないよ」

「誰がケンカが弱いだってええ? お前に言われたくねぇぞ、涼!」

「ならもう一回、ぶったたいてやりましょうか?」

「ちょっとアキちゃんも落ち着いて!」


こんな感じで、三人でギャアギャア騒いでいたからだろう。

もう一匹、面倒なヤツが混ざってきてしまった。


「おいコラ、ご主人をいじめるなー! ご主人はびっくりするほどコシヌケだけど、ボクのご主人なんだぞー!」


すごくオレに失礼なことを言ったのは、この際、聞かなかったことにしておいてやろう。

シツジは兄ちゃんのまわりを上下に飛び回りながら、ボクシングみたいに手をブンブンさせてる。

でも、さすがにオバケなれしてる兄ちゃんは、特に驚くこともなく、ジロリとシツジを見上げた。


「なんだぁ、この不格好なヤツは。……ははぁ、こいつが涼の召使いってやつか。ずいぶん弱そうなのつかまえたんだな」

「なんだとぉ! 弱くなんかないぞ!」


はっきりとブジョクされたことがわかったんだろう。

シツジは今まで以上に両手をぶんぶん振り回し始めた。

これは……やる気だ!


「ちょっと、アンタは止めときなさいって、白いの」


シツジの様子を見ていたアキちゃんが慌てて止めに入ったけど、シツジはよゆうの表情だ。


「大丈夫ですよ! ボク聞いてました。こいつケンカ弱いんでしょ? ちょちょいのちょいですよ!」

「お、やるのかコラ。……先手必勝!」


そう言うなり、兄ちゃんは何の予告もなく、いつもの2倍になってるシツジの頭を右手でつかむ。

そして、バァちゃんやアキちゃんがいつもやるみたいに、シツジの体を地面にぽこんと投げ……なかった。

なぜなら、兄ちゃんの手はシツジの頭をつかめなかったんだ。

……ただし、シツジが兄ちゃんの手をよけたというわけでもなかった。


「ギャ─────────!」


兄ちゃんがシツジの頭にふれるなり、ジューッっと、燃えてる炭に水をかけたような音がする。

それと同時に、シツジの悲鳴があたりにとどろき……オレとアキちゃんが見たものは、兄ちゃんの指の形どおりにへっこんじゃった、シツジの頭だった。

なにこれ、なにこれ!

かわいそうだけど、ちょっと面白い!


「強い霊能者はね、こんな風に、さわっただけで低級霊を消しちゃうんだよ」


だから止めたんだけどなぁ、と、ため息をついたのはアキちゃんだ。

オレは兄ちゃんの力なんて初めて見たから、ただただびっくりする。

びっくりしすぎて、しゃっくりが出そう……って、そんな場合じゃなかった!

シツジ、目が真っ白になって、地面に落ちて気を失っちゃってる!


「兄ちゃん待って! シツジは消しちゃダメだよ! バァちゃんが召使いにって、オレのためにしつけてくれたんだ!」

「べつに消したりはしねぇよ。お前らはカンタンに消す消す言うけど、こいつらを消すのって相当つかれるし、ハラも減るのよ? ……それはそうと、涼」


アキちゃんにビンタされたほほをさすりながらも、兄ちゃんは急に真面目な顔をする。

兄ちゃんのマジメな顔なんて、何年振りだろう。

確か、学校のテストで悪い点を取っちゃって、どうやってお母さんたちにバレないようにしようかと、必死に考えてた時以来だから……あ、それ、先月の話だった。


「な、何だよ兄ちゃん。お年玉だったらやらないからな」

「ちがうっての。……いいか、『見える』ようになったってこと、母ちゃんにはぜったい言うんじゃないぞ」

「え……なんで? ……悲しませちゃうから?」


お母さんには全然見えないオバケが、兄ちゃんに加え、オレにまで見えるようになったら……やっぱりお母さん、つらい思いをしちゃうのかな?

考えてみれば、自分の子供が、ワケのわからないオバケやバケモノを見てしまうっていうのは、世の中のお母さんとしては悲しいことなんだろうか。

家に帰ったら、真っ先にお母さんに報告しようと思っていたから、オレは少しだけ残念な気分になった……けど。


「ちがうちがう。お前が見えるようになったって知ったら、絶対『リョウちゃんが見えるようになったお祝いのパーティーやろうよぉ!』って言い出すからに決まってんだろ」


兄ちゃんが言った理由は、予想外すぎた。

そしてお母さんの口マネも、かなり似てた。


「えー……そんな理由で?」

「お前だって知ってるだろ。母ちゃんのパーティー好き! 何かにつけて、理由見付けてやりたがるじゃないか。おいしいけど、バカみたいな量の料理とデザート作って。……夏休みに入る前なんて、オレが数学のテストで十九点とったのにパーティーしたの覚えてるだろ。『麗一郎はマジメに頑張ろうパーティ』って、意味わからん!」


そう言えばそうだった。

お父さんは兄ちゃんにお説教する気満々だったのに、お母さんがパーティーの準備始めたもんだから、怒るタイミングがなくなった、って言ってたっけ。

横ではアキちゃんも、それは確かに意味わからないわね、って呟いてる。やっぱりか。


「だからいいか? お前の力のことを母ちゃんに言うのは、ジィちゃん達に任せて…………って、あ」


兄ちゃんは、妙なところで話すのを止めてしまう。

あ、って何なんだよ、気になるじゃないか、と、聞き返そうとしたその時。


「なんだいあんたら、まだこんな所にいたの。……おや、麗一郎まで」


突然、後ろから声がしてふりかえってみると、バァちゃんがすぐ後ろに立ってた。


「やけに騒々しく話してると思ったら……麗一郎が来てたのかい。どうりでねぇ」


後ろからやって来たバァちゃんは、なんとなく疲れた様子でそう言った。

ど、どうしてここまで来たんだろう。

まだ腰が完全に治ったわけでもないのに、一人で出歩くなんて。


「バァちゃん、一人でどうしたの? 家で何かあった?」

「いいや。あんたが帰り道は一人になるからって言って、ジィさんがうるさいもんだから。途中まで迎えに出てきたんだよ」

「えーっ! まだムリしちゃダメだよ! ジィちゃんはどうしたの?」

「ジィさんは明日の準備で忙しくしててね。それに、ここの曲がり角までのつもりだったんだ。そろそろアキを送り届けて、引き返して来る頃だと思ったら……まーだこんな所に居るじゃないか」


そうは言っても、やっぱりしんどいんだろう。

バァちゃんが腰をぽんぽん、と叩きながらそう言うと、いつの間に目を覚ましてたのか、シツジがバァちゃんの前へとすっ飛んできた。

頭の形が明らかにおかしいもんだから、さすがのバァちゃんも目をパチクリさせて驚いちゃってる。


「米粒……あんたはまた面白い形の頭になったねぇ。今度は何やらかしたんだい」

「あの弱虫バカメガネにやられたんですー! フブキ様、ボク、一生、頭へっこんだままなんですか? まだ長くなったのも、治ってないのにぃ!」

「弱虫バカメガネって誰のことだ! 消し飛ばすぞ!」


ヘンなあだ名を付けられた兄ちゃんが怒るのもかまわず、シツジはバァちゃんに泣き付く。

一応、シツジに顔を作ってあげたのはバァちゃんだから、バァちゃんなら頭を戻せると思ってるんだろう。

……でも。


「心配しなくたって、そのうち戻るさ。それに、その程度で済んで良かったと思いな。その麗一郎が本気でかかると、アンタなんて一瞬で消えちゃうんだからね。バカだけど、そういう力だけは本物なんだよ」


それを聞くなり、シツジは「バカに消されるのなんてイヤですー!」と、甲高い悲鳴をあげながらオレの頭にしがみついてくる。

すると今度は、シツジと入れ替わるように、兄ちゃんがバァちゃんへと駆け寄った。

……アキちゃんを指差しながら。


「それよりバァちゃん! オレ、この女にビンタされたんだけど!」

「そうかい、どっちを殴られたんだい?」

「左……って、バァちゃん、なんでグーの手してんの?」

「いやぁ、右もなぐればバランスがとれて、ちょうど良いんじゃないかと思ってねぇ」

「何それ! 暴力反対!」


そう叫んだ兄ちゃんは、バタバタとジィちゃんちに向かって駆けて行く。

持ってた荷物、放り出しちゃってるけど……オレ、知ーらないっ。

一方、兄ちゃんに逃げられたバァちゃんは、すぐにそれを追いかけて……って、バァちゃん!? まだ走ったらダメじゃない!?


「お待ち! 今日という今日はその曲がった性根をたたき直してやるからね!」

「バァちゃんぎっくり腰悪化したんじゃなかったのかよ! なんで走ってるんだ!」

「おかげさまで、アンタの顔を見たら治ったよ! ありがとうね!」

「涼、てめぇ、オレをだましたな! 後で覚えてろよ!」


そんな言い合いをしながら、二人はドタバタと門の中へと消えて行く。

それをぼーっと見送りながらも、オレは、お社の神様が兄ちゃんに天罰をくれたんだと思うことにした。

裏山の方角へとそっと手を合わせ、頭を下げる。

ありがとうございます、神様。


「……お待たせアキちゃん。行こっか」


兄ちゃんから足止めを食ったせいで、夕焼け空はとっくの昔に終わっちゃってる。

所々に街灯はあるけれど、それだけじゃちょっと心細いよね。

オレが歩きながら懐中電灯をつけると、アキちゃんは、はーっ、と、ため息をもらした。


「え、どうしたの? ため息なんかついて」

「眠田の人達って凄いけど……ほんと、騒々しいのね」

「ご、ごめんね! 特に兄ちゃんとバァちゃんはいつもあんな感じなんだよ……」

「何、ひとごとみたいに言ってんのよ。アンタも眠田でしょ」

「えっ、もしかして……それってオレも入ってるの? うるさいってこと?」


さすがに兄ちゃんといっしょにされるのはイヤだな!

そう思いつつ、アキちゃんから半歩おくれて歩き出す。

……でもこれで、またゆっくりアキちゃんと話が……


「うわーんご主人、ボクの頭、まだ元に戻らないですぅううう!」

「うおっ! 頭の上で暴れるなって言ってるだろ! 顔はもっとダメだって!」


せっかく落ち着いてアキちゃんと話が出来ると思ったら、今度はお前か!

だから、顔の前にくっつくなって言ってるだろ!


「でも……あんたたちみたく騒々しいのって、そんなにキライじゃないかもね」


視界がシツジで完全にふさがれてる中、そう言いながら遠ざかって行くアキちゃんの声と足音を聞き、オレはあわてて駆け出した。

顔の前には、やっぱり、シツジがぺっとりとはり付いたままだったけど。



明日からは、もう8月。

でも、オレと……ついでにシツジの夏休みは、まだまだ何かが起こりそうです。




【おわり】

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オバケがシツジの夏休み 田原答 @kotae_tahara

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