見えないのがなんだ!

キノコの、バケモノ。


……いやいや! そんなまさか!



「ま、またシツジが何かイタズラしてるんじゃないかなぁ……?」


そうであって欲しい、そうにちがいない、って願いをこめて、オレは無理矢理笑った。

だけどアキちゃんは静かに首を横に振る。

その目はこっちを向いてくれない。

クスノキの方をじっと見つめたままだ。


「白いののイタズラなんかじゃないよ。だって、ずっとアンタの側に居るのよ? 白いの。今日、アンタと会った時からずーっとくっついてるんだから、こんな所でイタズラしかけるヒマなんて無いよ」


アキちゃんはそう言うと、また一歩、ゆっくりと前に進み出る。

そして振り返らずにこう言ったんだ。


「ここはいったん引き返して、おばさま達が帰ってくるのを待とう。あんな大きなバケモノ、私だけじゃ大変だもん。……この山には、あそこまで大きいのなんていないと思ってたのに」

「そ、そんなに大きいの?」

「うん。そうね、白いのの十倍以上はあると思う」

「じゅっ、十倍以上ぉっ!?」


予想もしてなかった大きさだと教えられ、オレは思わず悲鳴みたいな大声を上げる。

アキちゃんが「バカっ、声が大きいっ」と言った時にはもう手遅れだった……みたい。


「しまった、こっちに気付いた! リョウ、逃げるよ!」


アキちゃんがそう叫んだと同時、あたりの木が何十本も、いっせいに揺れ始める。

そのことにビックリしたオレは一瞬だけ足が動かず、走り出すタイミングが遅れちゃった。

……や、やばい!


「何してんの! 早く!」


せっかく先に走り出していたアキちゃんは、わざわざ引き返して来てオレの手をつかむ。

そして、今度こそいっしょに走りだした時……。


「──────ッ!?」


ほんの一瞬だけど、強い風が吹き付けてきた。

そのすぐ後、アキちゃんとつないでた手から、なんだか変な感じがする。

一体何なんだろうと見てみたら……ヒジから手首のあたりに、すーっと、赤い線が浮かんでた。


な、なんだこれ? まるでボールペンで描いたみたいに細くて……とっても熱くて……あっ、痛い!?

……こ、これ、切れてるじゃないか!


赤い線に見えてるのって、オレの血なんだ!


「うわっ!」

「どうしたの……って、ケガしたの!?」


オレがヘンな悲鳴をあげちゃったことに気付いたアキちゃんは、走るのを止めて、オレの腕をのぞきこむ。

そしてオレの腕のケガに気付くと、何かをガマンしてる時みたいに、顔をぐにゃりとしかめた。

うう……ヘンなもの見せちゃってゴメンね。


「びっくりはしたけど、思ったより痛くないから大丈夫だよ」

「キズは……血は出てるけど、かすりキズで、ひどくはないみたいね」


少し安心したように言ったアキちゃんは、オレをかばうようにして立つと、ぐっ、と上の方をにらみ付ける。

たぶん、そこにバケモノがいるんだろう。


「あんなに大笑いしてるってことは、あのバケモノがやったにちがいないわ。超ムカつく!」


それを聞いたオレは、頭の中が一気にゴチャゴチャになった。

だって、てっきり、飛んで来た木の枝か何かで出来た、引っかきキズだと思ってたんだもん。

でもアキちゃんは今、あのバケモノがやったって言ったよね……?


「な、なんで? オレ、今、バケモノは見えてないのに……見えてないなら、オバケもさわれないハズじゃないの?」

「落ち着きなさい。たぶんこいつ、シツジみたいな低級オバケじゃないわ」


オレはアキちゃんに返事も出来ないまま、ただ、ゴクリとツバを飲み込む。

その音がすごく大きく聞こえて、自分でもおどろいた。


「強いバケモノは、見えない人にもケガをさせたりすることがあるの。今、アンタにケガさせたみたいにね。そういのをやっつけるのが、眠田の人達の本当の仕事なんだけど……でもなんで、そんなバケモノが、フツーにこの山をウロついてるわけ?」


アキちゃんはオレに説明してくれながらも、キノコのバケモノがここで暴れてる理由が解らないみたい。

それはそうだろう、キノコのバケモノが眠ってただなんて、アキちゃんは知らなかったんだから。

……オレも、そろそろ覚悟を決めなきゃいけないよね。


「シツジが教えてくれたんだ。この山には、キノコのバケモノが眠ってるって」


オレがボソリと言うと、アキちゃんはびっくりして、こっちを振り返る。

でもまた、バケモノの方へと顔を向けると「どういうこと?」と、たずねてきた。


「お社の奥に、キノコのバケモノが眠ってるっていう岩があったんだ。オレ、シツジに案内してもらって、実際に見に行ったんだよ」

「眠ってるって……まさかアンタ、封印を解いたんじゃないでしょうね!」

「ちがうよ! 何もしてない! すごく……ものすごくイヤな感じがしたから、その時はすぐに逃げたんだよ」


自分が知ってるだけのことを、ひたすらに話すと、アキちゃんはしばらく黙りこんでしまう。

でも、十秒ぐらいが過ぎた頃に、やっと話しかけてきてくれた。


「その話、あんたのお爺ちゃんとお婆ちゃんには……?」

「し、してないんだ……。雑木林の中に入っちゃったことがバレたら怒られるし、岩の所でも何もしなかったから、まさかバケモノが出て来るとは思わなくて」

「……確認するけど、本当に、封印には何もしてないのね?」

「してないよ! ……ただ、シツジが言ってたんだけど、それまでは取っても取ってもすぐに生えてきてたキノコが、途中から、全然生えなくなったんだって」


オレの話を聞き終えたアキちゃんは、また、黙りこんじゃう。

今度はガックリと肩まで下げちゃった……。


「悪いけど、キノコの話は私も意味わかんない。……わかるのは、その、眠りから覚めちゃったバケモノが、たぶんあいつだって事ぐらいね。それも、封印されてなきゃいけなかったぐらい、危ないやつよ!」


アキちゃんはそう叫んだあと、自分のほっぺたを、ベシベシと強くたたく。

そして、すばやくオレの方を振り返った。


「アンタ、今、スマホ持って来てる?」

「う、うん!」

「だったら、今すぐ安全な所まで逃げて。それで、眠田のおじぃちゃん達に連絡して、助けを呼んで」

「アキちゃんも一緒に逃げようよ!」

「ダメよ。二人共逃げたら、追いかけてきたあいつが山から下りちゃうじゃない。そんなことになったら、他にもケガしちゃう人が出て来るわ。私は多少は心得があるから、少しの時間だったらどうとでもなるよ」

「でも、一人じゃ危ないって!」

「どのみち、見えてない今のアンタと一緒にいたってどうしようもないでしょ! ゴチャゴチャ言ってないで、とっとと逃げなさいってば! そうじゃなきゃ、二人共やられちゃうわよ! それでもいいの!?」


……二人共、やられちゃう?


それで───いいわけない!


「くっそぉおおおおお!」


オレは思いっきりさけびながら、坂道を走り出す。

アキちゃん一人に押し付けて逃げるなんて、悔しい、悔しい、悔しい!

こうなったら、一分一秒でも早く、ジィちゃんたちに助けてもらわなきゃ!

坂を駆け下りながら、ズボンのポケットに手をつっこみ、スマホを取り出そうとした、その時。


辺りに生えてた木が、まるでデタラメな方向に揺れ始める。

そして、木の葉や枝が、バラバラバキバキといっせいに地面に落ちて来て、坂道に散らばっちゃった。

まるで、オレが逃げるのを邪魔するみたいに。

……こんなの、誰のしわざかなんて、わかりきってるぞ。

どうやらバケモノは、アキちゃんを無視し、オレを追いかけることにしたらしい。


後ろの方でアキちゃんの叫び声が聞こえるけど、何て言ってるかまではわかんない。

アキちゃんならバケモノの場所が見えるから、また合流したほうがいいんだろうけど……そんな事したら、いよいよアキちゃんまで危ない目にあっちゃう!


「私がそっちに行くから、アンタはそのまま逃げて!」


こっちに来てるんだろう、アキちゃんの声がどんどん近付いてくる。

でも……でも───イヤだ!

アキちゃんはオレが守らなきゃ!


「アキちゃんはそこから動かないで! こっちに来るな!」


だって、アキちゃんをを置いて逃げるなんて出来ないし、したくないぞ、オレ!

友達に……それも女の子にバケモノを押し付けて逃げるだなんて、そんな恥ずかしいこと出来るか!


「何言ってんのよ! アンタ、バケモノがどこにいるかわかってんの!? 見えてないクセに!」

「見えないのがなんだってんだ!」



そうだよ。

見えないのが、一体なんだって言うんだ!

これだけ木をバサバサいわせてるんだから、オレの周りをぐるぐる飛び回ってるってことぐらいは、分かるんだからな!


そして、気付いたらオレは叫んでた。



「見えないのがなんだ───っ!」

「そーだそーだ! 見えないのがなんだぁ! ……って、でも見えないってやばくないです? ご主人」



──────へ?


真横からなにか聞こえてきた気がして……オレは、その音の方を、ぺたぺたべたべたとさわってしまう。


そこにいたのは、もちろん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る