五日目 7月31日 その2
異変発生!
タマネギがたくさん入った袋を二さげと、缶ジュースが五本に、ソーメンの箱。
アキちゃんのジィちゃんがくれたおみやげを持って、オレはアキちゃんと横に並んで歩いてた。
もし一人で持って帰ろうとしたら、かなり大変だったかも。
ちなみにオレはジュースとタマネギを持ってる。
アキちゃんはソーメンの箱だけ。
……正直、タマネギが予想以上に重い。
でも、さっきアキちゃんに「よゆうで持てる」って言っちゃったから、今さら半分持ってだなんて、かっこ悪いこと言えるわけないです。はい。
「一緒に帰って良かったでしょ?」
「うん。こんなに色々もらえるなんて思わなかった。ありがとアキちゃん」
「お礼はまた爺ちゃんに言ってあげて。なんかアンタのこと気に入ったみたい」
「えっ? なんで? ちょっとしか話してないのに」
「たぶんアンタが男の子だから。うち、女ばっかりなの。爺ちゃんの子供も孫も、みーんな、女」
「なるほどなぁ」
そう言えば、うちのジィちゃんも、男の子の孫が二人もいて嬉しい、って前に言ってたっけ。
お母さんは一人っ子だから、ジィちゃん達は、オレと兄ちゃんのほかには孫がいないんだ。
お父さんがお母さんと結婚して眠田におムコに来た時も、息子が出来たって大騒ぎして、バァちゃんにえらく怒られたって言ってた。
その話をアキちゃんにも聞かせようと思って、オレはとなりを歩くアキちゃんの方を見る。
ところが、となりにアキちゃんはいなかった。
あ、あれ? どこ行っちゃったの?
びっくりして辺りを見回すと、アキちゃんは1メートルほど後ろの方で立ち止まり、なんだか真剣な顔をしてた。
……どうしたんだろ。もしかしてソーメン重かったのかな?
「アキちゃんどうしたの? ソーメンが重……」
「しーっ。……何か……音がしない?」
そう言うなり、アキちゃんは今度は早足で歩き出す。
あっと言う間にオレを追い抜いて、数メートル先に見え始めてた、ジィちゃんちの門へと一人で入って行ってしまった。
「ちょ、アキちゃん待って…………えっ!?」
あわてて追い掛けようとしたけど……オレも、思わず足を止めちゃう。
確かに、少し遠くの方からだけど、わっさわっさと、もの凄い音が聞こえてきた。
何かを、乱暴な力でゆさぶっているような音が。
「リョウ、早く!」
アキちゃんに声だけでそう急かされ、オレもバタバタと門へと入ってく。
門から入ってすぐの所で、アキちゃんは耳をすましてるみたい。
オレもアキちゃんと同じように、耳をすませてみると……音は、家の裏の方から聞こえてるらしいことがわかった。
もしかして、ジィちゃん達がもう帰って来てて、裏庭で何かしてるのかなぁとも思ったけど、庭のすみっこにある車庫は空っぽだ。
つまりは、まだ帰って来てないってことになる。
その間にも、乱暴な音はなり続ける。それどころか、余計にひどくなってるみたいだ。
こうなったら家の裏側に回って確かめてみよう。
そう決心したオレが、もらったおみやげをその場にそっと下ろすと、アキちゃんも同じことを考えてたんだろう、同じタイミングでソーメンの箱を地面に……放りだした。
ア、アキちゃんってこういうところは荒っぽいんだな。
ソーメン折れてたら、ジィちゃんが悲しむかも。
ついついソーメンの箱を見つめていたオレの手を強く引っ張り、アキちゃんはバタバタと駆け出す。
アキちゃんって走るのが速いもんだから、いっしょに走るというよりは、ひきずられる感じになっちゃってるのが悲しい。
そんな風にして、二人で家の裏庭に行ってみると、音の出所がやっとわかった。
音は、裏庭から聞こえてたんじゃなかった。
裏山の木が、ものすごい勢いでゆれてたんだ。まるで嵐が来た時みたいに。
「うわぁ……山の上のほう、そんなに風が強いのかなぁ?」
「そうじゃないみたいよ。ほら、よく見て。あの辺りの木だけ揺れてる」
アキちゃんが指さしたほうをじっくり見てみると、裏山の中腹あたりに生えてる木が、一カ所だけ、バッサバサと揺さぶられているのがわかった。
その辺りはちょうど、木がまばらに生えているところで……たぶんだけど、オレは心当たりがあった。
「あそこってたぶん、お社がある辺りだ」
「お社? 裏山の、『眠田の社』?」
「えっ、そんな呼び方されてるの!? ……と、とにかくあそこにはお社があって、そこまで登ってく山道の周りは、あんまり木が生えてないんだ。……オレ、ちょっと行ってみるね」
裏山を見上げながらそう言うと、アキちゃんはあわててオレの腕をつかんだ。
「ダメよ、あぶないって! おかしなオバケのしわざだったりしたらどうすんの! 眠田の社がある山って言ったら、この辺じゃ有名なオバケ出現場所なんだからっ」
「でも、今ならオレ、『見えない』し。見えないなら、オバケはこわくないってバァちゃん達が言ってたよ?」
「オバケならそれでいいけど……もし、熊とかだったら? 戦えるの、アンタ」
「く、熊ぁ!? この辺、熊が出るの!?」
「……それは聞いた事無いけど。でも、イノシシなら出るわよ。イノシシだって危ないんだよ?」
オレを止めようと必死になってるアキちゃんから目をそらし、オレはもう一回、揺れ続ける木を見上げる。
イノシシが、何本もある木を、あんなに一度に揺らせるもんかなぁ?
どうやってアキちゃんを説得しようか悩んでいると、そんなオレの考えなんてやっぱりお見通しなのか、アキちゃんはオレの前に回り込むと、腰に手を当てて仁王立ちしちゃった。
「どうしても行くっていうんなら……」
「私を倒して行きなさい、って言うの!?」
「そんなワケあるか! 私もいっしょに行く、って言ってるのよ!」
「あぁ良かった……って、アキちゃんこそ危ないよ。見えるんだし!」
「アンタと一緒にしないで。それに二人なら、何かあっても、片方が助けを呼びに行けるでしょ? ……ほら、そうと決まればさっさと行くよ!」
まだ返事もしてないのに、アキちゃんはオレの手をつかむと、何故か怒ったように歩き出す。
アキちゃんが言うには、シツジも一緒に来てるみたいで、「やめといたほうがいいのにー」って、さっきからしつこいんだって。
あんまりしつこいもんだから、アキちゃんはとうとう「じゃあ、あんたが様子見てきてよ」って空中に向かって叫んじゃった。
「シツジ、何て返事したの?」
「……『やなこった』だってさ」
そのあと、アキちゃんを通じてオレからも頼んでみたけど、シツジは絶対に「うん」って言わない。
コイツがここまで嫌がってるってことは、やっぱり木を揺らしてるのは……いや、考えすぎはよくないか。
そんなこんなで、なんとかしてシツジを偵察に行かせようと頑張ってる間にも、気付けば、オレたちはずいぶんと山を登って来てしまってた。
あと1分も歩かないうちに、木が揺れてた辺りに着くんじゃないかな……と、思ったその時。
オレより少しだけ先の方を歩いてたアキちゃんが、ぴたりと立ち止まる。
どうしたの、と声を掛けながら駆けよると、アキちゃんは「何……あれ」と、ぼそりと呟いた。
「えっ、何? オバケでも出た?」
アキちゃんがぐっとにらみ付けてる方向を見てみたけど、やっぱりオレには何も見えない。
ただ、風も何も無いのにバサリバサリと上下左右に揺れてる、大きなクスノキがあるだけだ。
青々としげった夏の葉っぱが落ちちゃうほどの力で揺れてて、このままだと、細い枝なら折れちゃいそうだ。
「オバケなんてかわいいものじゃないわ。……あれは、バケモノよ」
「ば、ばけっ?」
「バケモノ。キノコみたいな形したバケモノが、木をめちゃくちゃに揺らしてる……」
「キノコの形のバケモノ…………キノコのバケモノ……キノコ?」
───キノコ、で思い出した。
社の奥にあった、寒気のする岩のことを。
下にキノコの化け物が眠ってるって、シツジが言ってたいた、あの……。
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