カチカンとオバケ心
「実は、昨日の昼間ね……」
アキちゃんの、バァちゃんそっくりな迫力に負けてしまったオレは、思い切って、昨日のことを話してみることにした。
転んじゃった男の子を助けたこと。
シツジが男の子にとてもひどい事を言ったこと。
そしてもちろん、それに腹を立てちゃったってことも。
「その時、オレ、思っちゃったんだ。アキちゃんが言った通り、オバケはオバケなんだな、って。小さい子にも、ひどいこと平気で言っちゃうんだ。そんなヤツはヤダな、って思ったから……」
だから、見えなくなっちゃったんだ。きっと。
だいたいのことを話し終わっても、アキちゃんは何か考えこんでるみたいで、何もしゃべらない。
そうだよね。
こんなこと言われても、アキちゃんだってきっと困るよね。
「ごめんなシツジ。今、お前のことが見えてないんだよ、オレ」
今はどこにいるんだろう。たぶんまだ近くにいる(と思う)シツジにそう声をかける。
するとアキちゃんは静かに立ち上がると、縁側をトストス歩き、オレの真後ろに座りなおした。
な、なんだなんだ?
「『本当ですか! やったー! やりたい放題だ!』だって。……うりゃ」
そう言いながら、オレの頭の上の方へと腕を伸ばしたアキちゃんは、何かを両手ではさむような動きをする。
たぶん、そこにシツジがいるんだろう。
どうしてだろう、ぜんぜん見えてないのに、シツジがアキちゃんの手から逃げようと暴れている様子が、思い浮かんじゃうんだ。
「とりあえずコイツはいつも通りだから大丈夫よ……って、コラ、おとなしくしなさい!」
ジタバタとあばれてる(たぶん)シツジにそう声をかけたアキちゃんは、そのまま縁側から庭へとおりる。
そしてオレの真正面に立つと、「アドバイスを一つ」と、左手の人さし指をピっ、と立てた。
右手が変な形で開いているのは、たぶんシツジをつかんでるからだ。
「こいつらオバケはね、もともと、他の人を心配するとか、思いやるとか、そういうのがない、とっても気まぐれなヤツらなのよ。たまーに人間の味方をしてくれるようなのもいるけど、そういうのは特別の特別の特別」
いつも以上にマジメな顔をしたアキちゃんの話を聞くうち、オレは、昨日のジィちゃんの話を思い出した。
「そう言えば、ジィちゃんもそんなこと言ってた。オバケには正しいも悪いもないんだって」
「その通り。そしてアンタも、この白いのも、まだまだミジュク者。価値観のちがいが受け入れられないうちは、また同じようなことで腹を立てることになるわ」
「……カチカン?」
「ええとね、例えば……同じものを見た時とか、食べた時とかに、キレイだなぁ、とか、おいしいなぁ、って同じように思ったりすること。……アンタ、キライな食べ物ある?」
「え、ええと、ウメボシかなぁ?」
「じゃあ、もし、アンタの大事な友達が、大のウメボシ好きだったら、友達やめちゃったりする?」
「す、するわけないよ、そのぐらいのことで!」
好き嫌いぐらいでケンカしてたら、誰とも友達になれないじゃないか!
「でしょ? 小さいことだけど、それが、価値観の違いを受け入れるってこと。……で、逆にそれが受け入れられないと」
「腹が立って絶交しちゃうかも、ってこと? ……でも、それって」
アキちゃんには悪いけど、納得いかない。
あの時、シツジが転んだ子をバカにしたのと、食べ物の好き嫌いとじゃ、大違いだと思うんだけど。
オレのそんな気持ちが伝わっちゃったのか、アキちゃんは少し不機嫌な顔になっちゃった。
「だから食べ物の話は例えだってば。……私が言いたいのは、オバケと人間の価値観はもともと大きくちがうんだから、それを理解して受け入れられないかぎりは、ずっといっしょにいるのはムリってこと!」
あ、今度はなんだか納得できた。
カチカンのちがいってのは、なんとなくわかった様な気がするけど……まだ、不思議なことがある。
オバケが気まぐれだって言うんなら……シツジはどうして、オレ達の言うことを聞くのかな?
「でも、気まぐれって言ってもさ、シツジって、ジィちゃんやバァちゃんの言う事はよく聞くよね。アキちゃんの言うことだって、なんのかんの言って、聞いてると思うんだけど……」
「それは、私達が能力でおさえてるからね。特にアンタのおじぃちゃんおばぁちゃんなら、簡単にコイツを消せちゃうでしょ。私もまぁ、たぶん出来ると思うし」
「……つまりは、暴力にうったえて言うこと聞かせてるってことなのかぁ」
「暴力と能力をいっしょにしないでよ、失礼なヤツね。それに、それがオバケを使う時の基本、普通なの!」
そんなのが基本ってのはちょっとやだなぁ、なんて事を考えていたら、その考えが顔に出ちゃってたのか、目の前のアキちゃんの目がすーっと細くなる。
あ、バァちゃんもよくこんな顔するな。
……キゲンが悪くなった時とかに。
これがバァちゃんなら、この次はものすごいカミナリが落ちるはず。
そう思い、こっそりと身構えていると……アキちゃんは、予想もしないことを言い出した。
「それに、アンタの言うことだったら、能力使わなくってもちゃんと聞いてるじゃない、白いの」
「……え? あぁ、それはバァちゃんが、オレをご主人だと思うようにしつけたって言ってたからだと思うよ」
「それはもちろんそうだけど。それ以上に、白いのが、あんたの事を気に入ってるからだと思うんだけど」
「オレを!? シツジが!? ……そうは見えないけどなぁ? 変なことばっかり言うし」
「何言ってんだか。そうじゃなきゃ、いくら主人とはいえ、ずっと『見えてない』人間相手に、いつまでもくっ付いてみたり、『無視するな』ってわんわん泣いたりしなわよ。それこそ、気まぐれなオバケなんだから」
アキちゃんは腰に手を当てると、あきれたようにそう言った。
そ……そう言われてみれば、そうかも。
「私にはオバケ心なんてわかんないけどさ。白いのが、これだけアンタから離れないんだもん。アンタがまた見たいって思ったら、見えるようになるんじゃない?」
オバケゴコロって一体なんなんだ、って思うけど、アキちゃんがはげましてくれてるんだなってことはわかる。
だって、気持ちが少し軽くなったし、モヤモヤがどっかに行っちゃった感じがしたからだ。
「アキちゃんがオレの姉ちゃんだったら良かったなぁ。強いし優し……いや、すごく強いし」
「なんで優しいって言わないのよ。……私はアンタみたいな弟、イヤだけどねぇ」
「そっかぁ」
なんでだろう。
イヤ、ってはっきり言われたのに、あんまり悔しくなかった。
「ありがとアキちゃん。話してみたら、すごくスッキリしたよ」
「そう、それは良かったわね」
いつものようにニコリともせず、アキちゃんは軽くうなずく。
……と、その時、アキちゃんちの時計が鳴った。
一回、二回、三回と続き、十一回で終わる。
「おわ! もうそんな時間なんだ! オレ、そろそろ帰るね。今日はまだ宿題やってないし、もうすぐジィちゃん達が帰ってくるかも」
出来るだけお昼前には帰ってくるよ、とバァちゃんが言っていたのを思い出し、オレは縁側から地面に飛び降りた。
どうせなら、家で出迎えた方がいいもんね。
オレがもう一度アキちゃんにお礼を言うと、アキちゃんは「何回も言わなくていいの」とそっけなく言う。
それに苦笑いしていると、アキちゃんちの前の道を、車が通っていく音が聞こえた。
あれ、前の道は行き止まりのはずじゃあ……って考えてる間にも、車の音はだんだんと近付いてきて、やがては、アキちゃんちの門をくぐって入ってくる、銀色の軽トラックが見えた。
「あれ、うちの爺ちゃんよ」
そのまま車庫へと入って行くトラックを見送っていると、アキちゃんがそう教えてくれる。
そういえば、アキちゃんちの大人の人と会うのって、初めてじゃないっけ?
やっぱりアキちゃんみたく、ちょっと厳しい感じの人なのかな、とキンチョーしていると、車庫の方から、
「お、なんだアキ、彼氏か彼氏!」
……なーんて大声が聞こえて来たじゃないか。
………………か、彼氏って……彼氏って!
オレのこと!? オレのことなんですか!?
「何言ってんの爺ちゃん。この間話した、眠田さんのところのお孫さんよ。まだ小学生なんだから」
アキちゃんは特に慌てもしないでそう答える。
すると、アキちゃんのジィちゃんは「そうかそうか」と笑いながらトラックからおり、まっすぐにこっちへと近付いてきた。
アキちゃんのジィちゃんは、うちのジィちゃんとは違って、なんだか豪快な感じの人だ。
うちのジィちゃんが細長いなら、アキちゃんのジィちゃんは丸い。
よその土地から早田の家におムコさんで来た人なので、オバケは見えてないって、前にバァちゃんが言ってたっけ。
よく見たら、アキちゃんのジィちゃんも、うちのジィちゃんが田んぼに出る時と同じような格好をしてた。
黒い長靴が泥まみれなのもそっくりだ。
顔や手が日に焼けてるのが、なんだか男らしくてかっこいい。
「は、はじめまして! 眠田涼といいます! おじゃましてます!」
「おぅ、あいさつ出来てえらいじゃねぇか! この間はスイカありがとうな! 坊やが持って来てくれたんだって?」
「は、はいっ」
アキちゃんとはふんいきが全然ちがうことにおどろきながらも、背すじをのばして返事をすると、アキちゃんのジィちゃんは手袋を外し、オレの頭をグリグリとしてくれる。
うちのジィちゃんもよくグリグリするけど……こっちのが、数倍、痛い。
「どうだ。一緒に昼メシ食べるか? ん?」
「い、いいえ。あの、もうすぐバァちゃん達が病院から帰ってくるから、家に帰っとかないといけなくて……」
「そうだったなぁ、フブキのバァさん腰悪くしてるんだったな! よっしゃよっしゃ、だったら爺さんがイイお土産あげような。ちょっと待ってろ」
アキちゃんの爺ちゃんは、よいしょ、と縁側に腰掛けると、長靴と靴下をあっと言う間に脱ぐ。
そして家へと上がりこむと、ドスドスと奥に引っ込んじゃった。
かと思えば、奥の方から「アキ、家まで送って行ってやんな!」と声がする。
アキちゃんはそれに「はーい」って返事をし……えっ、ちょ、ちょっと待って!
「送ってくれなくても大丈夫だよ。そんなに遠くないし! まだ真っ昼間だし! 小さな子じゃあるまいし!」
「いいから。爺ちゃんがこんな風に言う時は、たぶん、一人じゃ持ちきれないぐらい、お土産くれるよ?」
オレが一人慌てていると、アキちゃんが耳のそばで、そっとささやいたのだった。
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