気付いたら、あの子んち

残念なことに何の解決にもならなかった電話のあとは、いつも通りに宿題をしたり、課題の本を読んだりしてみた。

でも、どうにも長く続かない。

そこでオレは思い切って、散歩に行ってみることにした。気分テンカンってやつだね。

家の近くだったら遊びに行ってもいいよ、ってジィちゃんとバァちゃんが言ってくれてたんだ。


「シツジ、ちょっと散歩に行ってくるからな」


シツジが側にいるかどうかわからないけど、一応、そう声をかけてみる。

もしかしたら付いてくるかもしれないけど……見えないから確認しようがない。


野球帽をしっかりかぶり、預かってたカギできっちりと戸締まりしたら、いざ出発。

行き先は……決めてなかったや。

テキトーに歩けば、どこかに着くよね。


まずは田んぼ沿いの道をひたすら歩いて、駅の方まで行ってみることにした。

途中にある自動販売機でジュースを買って、お客さんを待っているというタクシーの運転手さん(ジィちゃん達のことを知ってた!)と少しおしゃべりした後、ジュース飲み飲み、散歩を続ける。

こんなとこバァちゃんに見付かったら、「ぎょうぎが悪い!」って怒られそうだけど、暑いから見逃してください。


そうして気が付いたら、オレは周りが田んぼだらけの道を歩いてた。

ここってどこだっけ……そうだ、確か、アキちゃんの家の近くじゃなかったかな?


このまま真っ直ぐ行っても行き止まりだってことを思い出し、道を引き返すため、くるりと回れ右をする。

次に前へ進めと足をふみ出そうとした時、背中の方から「リョウ」と名前を呼ばれた。

だ、誰だ!?

びっくりして振り返ると、早田さんちの門の前にアキちゃんが立ってる。

アキちゃんはオレをくいくい手まねきすると、「こっちにおいで」って……命令、ですよね。やっぱり。


本当はそのまま家に戻りたかったけど、アキちゃんを無視出来るはずもない。

結局、オレはトボトボと呼ばれる方へと歩いて行った。


「アンタ、今日はやけに好き勝手させてるね」


どこかに出掛けようとしてたのかな。

麦わら帽子をかぶり、シャツとスカートが一つになったみたいな服を着たアキちゃんは、ちょっとあきれたようにそう言った。


「え? 何のこと?」

「何って……その白いの、アンタの顔にへばりついてるじゃない。そんなんで歩きにくくないの? 前が見えないんじゃない?」

「え! シツジ、今、オレにくっついてるの!?」


一緒に来てるかもしれないとは思ったけど……シツジのこと、すっかり忘れてた!

オレがすごくビックリしてしまったからか、アキちゃんはまるでジィちゃんがそうしたみたいに、なんだか難しい顔をする。

そして「まさか」と口をあけると、オレの手を引っ張って、ズンズンと歩き出しちゃった。


「えっ、なになに、アキちゃんどうしたの!」


アキちゃんは何も答えないまま、自分の家の縁側へとオレを連れて行き、ぎゅうぎゅうと、おさえ込むように座らせる。

そして自分もオレの横に腰を下ろすと、「話してごらん」って言った。

……うわぁ、アキちゃんには何でもお見通しなんだ。


そこで、オレはアキちゃんに事情を話してみることにした。

朝起きたら……いや、もしかしたら、昨日の夜からシツジが見えなくなったかもしれない、ってことを。

アキちゃんは相変わらず無表情だったけど、それでも、最後までちゃんと話を聞いてくれた。

こういうところ、兄ちゃんと大違いだよね。


「つまりは、シツジが……オバケが見えなくなってるみたいなんだ。また元に戻ったって言うのかなぁ」


話し終わったあと、アキちゃんはしばらく空を見上げる。何か考え込んでるみたいに。

でも、すぐに顔を真っ直ぐに戻すと、こっちの方は見ないまま、少し大きな声で話し出した。


「切れかけてる電灯みたいなものね」

「へ? で、電灯?」

「そう。ついたり消えたりするみたいに、見えたり見えなかったりするものなのよ。オバケって」

「アキちゃんもそんな時、あるの?」


そう、おそるおそる質問してみると、アキちゃんは素早くオレの方を見て、うなずいた。


「そりゃあ、あるわよ。そんなしょっちゅうオバケが見えてたら、疲れるし。勉強とか、家の手伝いで忙しい時なんか、見えなくなちゃうわね。……たぶん、心の奥の方で『今は見たくない』って思ってるからだって、死んだおばぁちゃんがよく言ってた」


そんなアキちゃんの話を聞いていると、兄ちゃんが電話で言ってたことを思い出した。


「でも、オレの兄ちゃんはね、ずっと見えたまんまだから『見えない』っていうのがわからない、って言ってた」

「あぁ……聞いたことあるわ。すごく力が強いんだってね、あんたの兄ちゃん」

「うん。レイイチロウって名前なんだけど、生まれ付き力が強いのがわかったから、バァちゃんがレイの字を、幽霊の『霊』って字にしようとしたぐらいなんだって。でも、お母さんがすごく反対して今の漢字になったみたい」

「へぇ!」


その話が気に入ったのか、アキちゃんは少し笑顔になると、オレに顔を近付けてくる。

わわわ、ちょっと、近すぎてドキっとしたぞ!


「どんな人なの? アンタの兄ちゃん」

「えっ……うん、すごく……」

「すごく?」

「……ヤなやつ」


小さな声でそう答えると、アキちゃんは少しだけびっくりした顔をする。

でもすぐに「ふーん」といつもの調子に戻っちゃった。

なんだか、がっかりしちゃったみたい。

……悪いことしちゃったかな。

兄ちゃんにじゃなく、アキちゃんに。


「ねぇねぇアキちゃん、今、シツジなにしてるの?」


なんとなく気まずい空気になっちゃったので、どうにか話題をそらそうと、オレはシツジのことを聞いてみた。

アキちゃんがいるからイタズラの心配はしてないけど、こうも長いこと見えないと、ちょっと気になってきちゃう。


「アンタの顔にまだしがみついてる。『ご主人、なんでボクをムシするんですかー!』だってさ。……ウソ泣きしてるわ、コイツ」


アキちゃんは、かん高い声を出して、シツジのモノマネをしながらそう教えてくれた。

顔にしがみついてるってことは……この辺かなぁ。

オレは顔の前に手をかざすと、よしよし、と、なでるように動かしてみた。


「あ、なんか手足をジタバタさせてる。嬉しいみたい」


オレにはシツジをさわってる感じなんてしないけど、シツジはさわられてるって分かるのかな?

しばらくの間、そうやって手を動かしていたけれど、アキちゃんが「もう頭の上に登っちゃった」と教えてくれたので、ヒザの上に手を戻した。


「その調子なら、じきに、また見えるようになるんじゃない?」


アキちゃんはそう言ってくれたけど……オレは、それが嬉しいことかどうか、よくわかんない。

この先、また見えるようになりたいのか、元の通り、見えないままがいいのか、自分でも、どっちつかずなんだ。


「あのね、アキちゃん。ホントはオレ……シツジが見えなくなった理由が、なんとなくわかるんだ。なんとなく、なんだけど」

「そうなの?」

「うん。アキちゃんが一昨日、うちに来てくれたとき、オバケはオバケだって言ってたよね?」

「言ったけど……それがどうかした?」


アキちゃんにそう聞き返され、オレは急に、言葉が続けられなくなった。

こんな話をアキちゃんにしてもいいのか、迷っちゃったんだ。


「あのね……一度言いかけたんだから、最後までハッキリ言いなさい!」

「ヒェっ! い、言います、言います!」


オレがいつまでも、まごまごしてたからだろう。

アキちゃんはまるで学校の先生みたいに……いや、うちのバァちゃんみたいに、厳しい声で叫ぶ。

それにびっくりしたオレは、背中に棒を差し込まれたみたいに背すじをピンとのばすと、真正面を向いたまま、口を開いてしまった。


「じ……実はね」

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