キノコ?のバケモノ
ベタベタとさわってみた相手は、間違いなくシツジだった。
白くて、でっかい米粒みたいな形で、ベラベラしゃべる、変なオバケ。
「シ、シツジ!?」
「わーお! ご主人、ボクが見えるようになったんです!?」
「そ、そうみたいだけど……そんなことは後でいいや!」
「ひどい!」
何だかよくわからないけど、シツジが見えるようになったってことは……キノコのバケモノも見えるってことじゃない?
オレがそのことに気付いた直後、左手側に生えてる木が、バリバリバリっと音を立て始める。
そして今度は、いくつもの木がおかしな音をならし始めたもんだから、オレはとっさにそっちの方を見て……体がゾワゾワゾワってなった。
自分でもびっくりするぐらい、鳥ハダだらけだ。
「これが……キノコの……バケモノ?」
そこにいたのは、間違いなくキノコのバケモノだった。
エリンギみたいな体をした、でも、頭にはボコボコして気持ちの悪い赤色のカサをかぶったキノコが、木にしがみつくようにしてこっちを見てる。
……いや、バケモノに目は無いから「見てる」っていうのはヘンだけど、先のとがった歯がびっしり生えた、まるい口がこっちを向いてるから、たぶん、あのあたりが顔なんじゃないかな?
でも、気持ち悪いのはそれだけじゃない。
そのキノコの根もとからは……虫みたいな節のある足が、ウジャウジャと生えてるんだ。
たぶん三十本以上はある!
しかもよく見たら、胴体(?)から、小さな人の腕みたいなのが二本、生えてた。
「こいつが前に言ってたキノコのバケモノで、間違いないの?」
「もちろんろん! 岩の下で眠ってたのはコイツですよ! ボクも見たのはハジメマシテですけど、生えてたキノコと同じ感じがするからわかりますぅ!」
「コイツ……虫かキノコか、どっちなんだよ! う、腕まであるし! ……人間じゃあ、無いよね?」
「ね! キノコのバケモノ本当にいたでしょ? キモチワルイでしょ! ……って、ご主人が言ってたぞ! ボクじゃないぞぉ!」
「気持ち悪いって言ったのお前だろ! 人のせいにすんな!」
相変わらずのシツジに文句を言ってると、アキちゃんが追い付いて来てしまった。
こっちに来ちゃダメだって言ったのになぁ……。
「アンタまさか、あれが見えるようになったのっ?」
近寄って来るなり、アキちゃんはすごい勢いでオレにそう確認する。
「う、うん。また見えるようになっちゃったみたい……って、そんなことより! アキちゃんは早く逃げてってば!」
のんびりおしゃべりしてる場合じゃない。
改めて、オレはアキちゃんに向かって叫んでた。
「逃げるのはアンタよ! 何言ってんの!」
「オレよりアキちゃんの方が足早いでしょ! それにこのバケモノ、オレの方を追いかけてくるみたいだから早く行って! お願いだから!」
思いっきり早口でそうお願いすると、アキちゃんは大きなため息をつく。
そして、オレの頬を両手でギューっとはさみながら言った。
「いい? もしもの時は、その白いのをオトリにして、逃げるんだよ?」
「……えっ? お、オトリ? は、はいっ」
「ひどい! なんてひどいムスメだ! ご主人も『はい』って言っちゃダメです!」
シツジが悲鳴をあげるけど、アキちゃんはそれを気にすることもない。
「それと、お社の側だったら少しは神様が守ってくれるかもしれない。坂道を引き返してお社まで逃げて! ……絶対、すぐにもどってくるからね!」
そう言うと、アキちゃんは猛ダッシュで駆け出し、みるみるうちに見えなくなってしまった。
下り坂ってこともあるけど、やっぱり足早いや……。
一方、バケモノは不気味なうなり声をあげながら、アキちゃんの逃げた方を見ていたけど、すぐに興味をなくしちゃったのか、ゆらりと、こっちへと向きを変えた。
こうなったら、アキちゃんが言ってた通り、お社まで後退するしかない。
ジリ、ジリと後ろに下がっていると、ふと、周りでぷかぷかしているシツジが目に入った。
「なぁシツジ……もしオレがやられそうになったら、お前、オトリになってくれる?」
アキちゃんが言っていたことを思い出し、オレはシツジにそうたずねてみる。
「えーっ!? イヤに決まってますよぅ!」
「大体、バケモノが眠ってた岩にいたずらしてたのはお前だろ。だから、お前をバケモノに差し出せば、おとなしくなってくれないかなって思うんだけどさ」
「ごごごご、ご主人、ひどい! オニ! アクマ!」
さすがにオレの言った意味がわかったんだろう。
シツジはオレのまわりをすごい速さでグルグル回りながら、わぁわぁと叫びだす。
そんな白い米粒オバケを両手でつかまえたオレは、ラグビーボールみたいに抱え込むと……一目散に、お社の方へと駆け出した。
ちょっと前にテレビで見た、ラグビーの試合のことを思い出しながら。
「ウソだよ。そんなことしないって!」
シツジは家族じゃないし、友達でもない。
バァちゃんに頼めば、すぐに消してもらえちゃうていどの、弱いオバケだ。
……でも、だからって絶対に見捨てたりなんかするもんか。
だってそれじゃ、転んだ男の子を笑った時のシツジと同じになっちゃうじゃないか。
友達じゃなくても、家族じゃなくても……人間じゃなくっても、助けたいって思ったって、いいはずだ!
「本当ですかご主人、ぜったいですねご主人、ウソついたらずーっとたたってやりますよご主人!」
「やっぱりっ、置いてっ、いこうかな!」
シツジの口もとをぐにゅ、とつかみながらも、オレは全力で走る。
息は苦しいし、後ろからは凄い勢いで木の葉や枝が飛んで来てるし、おっかないったらないんだけど、不思議とこわくないのは、もう目の前にお社が見えてるからかも。
(ひとまずお社の後ろに隠れて、アキちゃんが戻ってくるまでの作戦をねろう)
そう決心して、お社の前に立ってる鳥居をくぐった……その時。
バシィってすごい音がしたかと思うと、かかえていたはずのシツジが、ぽーんっと前に飛び出して行っちゃったんだ!
まるで、理科の授業の時に作った空気でっぽうみたいに!
「うひぃあああ!」
ヘンテコな悲鳴をあげながら地面に落ちたシツジは、ボテボテとはねて、お社の台座に当たって止まる。
それをすぐに抱え上げたのはいいんだけど、おかげで、お社の裏に回り込むはずが、お社の台座の表側に背中をくっつけて、座り込む形になっちゃった。
「何してんだよシツジ!」
「バケモノからおシリをたたかれたぁ! ご主人がやらせたんでしょお!」
「なんでオレがそんなことするんだよ! ……って、ちょっと待て。お前が叩かれたってことは」
……シツジが叩かれたってことは、すぐ後ろまでバケモノが来てるってことだろ!?
いいいいいい、今どこにいるんだ、あのバケモノ…………って、あれ?
「近付いて、来てない?」
お社の台座を支えにしてあたりを見回すと、お社のナナメ上の方、鳥居よりも高い所をビュンビュンと飛び回ってるバケモノが見える。
でも、そのあたりでひたすら飛び回るだけで、こっちに近寄って来ようとはしない。
時々、「ヒギエエエエエ」なんて、なんだかうらめしそうな悲鳴をあげるだけなんだ。
「そうか、あいつはバケモノだから、神様のお社の周りに近付くことも出来ないんだ!」
アキちゃんの言った通りだ!
「やーいやーい、ボク達がこわいのかー! べろべろべー!」
シツジはすっかり調子にのって、バケモノに向かってヘンな顔をしてみせてる。
「おとなしくしてろって、シツジ。とりあえず今は助かったけど……いつまでもこうしてられるかは、わかんないぞ」
「えー、たよりないですねぇご主人」
「なら、お前がどうにかしろよ! お前のイタズラで出て来ちゃったオバケだろ、あいつ!」
「そうやってすぐボクのせいにするー。若いころのあやまちを、今、あれこれ言われてもこまりますぅー!」
「あやまちって……じゃあやっぱりお前のせいだったのかよ」
本当のところは、シツジのせいで封印がとけたかどうかなんてわかんない。
それに、今、問題なのは誰がどうやってバケモノを起こしちゃったか、じゃなくって、どうやって、また眠らせるかってことなんだよな。
「シツジ、お前、あのバケモノがどうやったらまた眠るか、知ってる?」
「さぁ? ご主人みたく、夜になったらおフトンに入るんじゃないです?」
「バケモノがふとんに入るわけないだろ」
「そんなのわかんないじゃないですかぁ! よし、じゃあフブキ様に聞いてみましょうよ! バケモノがおフトンで寝るかどうか! ご主人の持ってるヘンな板でお話できるんでしょ?」
「ヘンな板? ……もしかしてスマホのこと?」
なるほど、そういう手もあるか!
……でもでも、バァちゃんは携帯電話持ってないし、ジィちゃんも病院にいる時や、車を運転してる時は、電話に出られないはずだし……他に力になってくれそうな人は……。
……そうだ、一人だけいた!
あんまりあてにならないけど!
オレはズボンのポケットからスマホを取り出すと、少しだけガクガクする手で、電話をかける。
大丈夫、アンテナはちゃんと立ってる。
相手は───眠田麗一郎。
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